夏のある日の誓い
こんにちは。サラ・オレインです。
夏も近付くある日のことです。わたしはソフィーさんの様子がおかしいことに気付いてしまいました。
「ソフィーさん?」
「なに?」
「なにか隠してますよね」
「隠してない……よ?」
「やっぱり……」
ソフィーさんってなんでこんなに嘘が下手なんだろ。わたしから視線を逸らし、顔を引き攣らせる姿には呆れてしまいます。
「それで、ちゃんとエドさんには話しているんですか」
「なにを?」
「わたしには内緒でも良いですけど、エドさんたちにはちゃんと言ってくださいね」
「大丈夫だよ。エドには話してるから」
「やっぱりなにか隠してるじゃないですか」
「え? あっ⁉」
「引っ掛かりましたね」
まさかこんな簡単な引っ掛けに掛かるとは思わなかったけど、そこはソフィーさんらしいです。
「で、なにを隠してるんですか」
「ないしょ」
「え?」
「サラちゃんにはまだ秘密ってことだよ」
どうしても教えたくないらしく、ソフィーさんは頬を膨らませる私を子供っぽいと笑い、なにを思ったのか「そういえば」とわたしの故郷のことを尋ねてきました。
「サラちゃんってコヤックの出身だったよね」
「はい。セント・ジョーズ・ワートの南にあります」
「どんなところなの?」
「どんなって、普通の田舎ですよ? どうしたんですか急に」
「う、うん。サラちゃんの故郷のことって聞いたことなかったなって」
嘘ですね。ソフィーさんと初めて会った時に故郷のことは話しました。いまさら聞いたことないと言われても信じられません。それに気付いたのかソフィーさんはなんとか言い訳を考えますが、ジト目のわたしを前に墓穴を掘らないように取り繕うのが限界のようでした。仕方ないのでおじいちゃんのことを話しましょう。
「前に話したかもですけど、わたしのおじいちゃんはコヤックの村長をしてました」
「たしか協会へ薬師の派遣を陳情してたんだよね」
「はい。でも、小さな村にまで薬師を回せる余裕はないって」
薬師がいない村の為に協会が雇っている薬師が巡回診療する仕組みがあり、おじいちゃんはその制度が利用できるように協会と掛け合いました。それでも薬師が足りないとセント・ジョーズ・ワートの協会支部からは薬師の派遣は出来ないと言われました。それも一度や二度ではありません。だからわたしは薬師になろうと決めたんです。
「ねぇ、サラちゃん?」
「なんですか」
「もし、もしだけど――」
さっきまでの惚けたような顔ではなく、真剣な表情のソフィーさんは言葉を選びながらわたしに思いがけないことを言いました。
「私がコヤックで店を開くって言ったら手伝ってくれる?」
「……コヤックですか?」
ソフィーさんはコヤックに店を出すと言いました。それはつまり村に薬師が来ると言うことです。わたしは高ぶる気持ちを抑え、ソフィーさんの話に耳を傾けます。
「もう少し時間は掛かるけど店を出すつもりなの」
「本当……ですか。本当にコヤックに村を出してくれるんですか」
「うん。その時は一緒に手伝ってくれる?」
「当然です! わたしは村で薬局を開きたいから薬師になったんです! いくらでも手伝います!」
夢が叶った瞬間。そう言っても過言ではありません。ソフィーさんの問い掛けに力強く答えるわたしは涙が出そうでした。まさかソフィーさんがわたしの夢を叶えてくれるとは思ってませんでした。
ソフィーさんはそれから少しだけ昔話をしてくれました。おじいちゃんとソフィーさんが昔、一度だけ会っていたこと。その時にコヤックへ薬局を出すと約束したことも。おじいちゃんが昔話してくれた薬師さんがソフィーさんだったとわかった瞬間、わたしはこの人の弟子になれて良かったと心から思いました。
「ソフィーさん、ありがとうございます」
まだまだ新米のわたしがどれだけに力になれるかわかりません。それでもコヤックに薬局を作ってくれると言うソフィーさんの為にも早く一人前になろうと誓う初夏の午後でした。




