その②
「……シビック」
「え?」
「むかし、コヤックで村長をしているって言う人と会ったことがあるんです。その人の名前です」
「嘘でしょ?」
信じられないという顔のリリアさんは調薬中のサラちゃんに目を向けます。けれど当の本人はそれに気付かず、時折ノートにメモを取りながら薬研で薬草を磨り潰しています。
「新しいレシピでも作ってるの?」
「はい。ウチに来て一年経ちますし、そろそろ良いかなって」
「そう。まぁ、あんたがそう判断したなら良いんじゃない? っていうか、どれだけ神様に好かれてるのよ。あんたは」
「え?」
「シビック――あの子のお爺さんの名前よ。あのバカの弟子だと知った時も驚いたけど、サラのお爺さんと面識があったなんて偶然にも程があるわよ」
「それはそうですけど――」
「そう言えば薬師試験の時もあり得ない奇跡を起こしたんでしょ」
奇跡――実技試験のことかな。たしかに師匠が協会に殴り……抗議に行っていなかったらいまの私は存在しません。リリアさんと出会うこともなかっただろうし、サラちゃんと師弟関係になることもありませんでした。当然、シビックさんと同じ馬車になるなんて一生なかったでしょう。そういう意味では神様に好かれているのかもしれません。
「リリアさん」
「なに?」
「私、シビックさんと約束したんです。いつか村に薬局を作るって」
「あんたまさか……」
私の言いたいことを察したリリアさんは再びサラちゃんを見つめます。幸いサラちゃんに私たちの会話は聞こえてないみたい。真剣な目つきで調薬を続けています。
「あんた本気で言ってるの?」
「私は師匠の弟子ですよ?」
「思い付きにも程があるわ。わかってるでしょ。薬局の経営にどれだけ掛かるか。初期投資もいるのよ」
「師匠はそれだけのこと私にしてくれました」
「だからって……」
さすがにリスクが大きいとリリアさんは止めるべきだと言います。でもこれは譲ることが出来ません。あの時の約束を果たす時が来たのです。それにサラちゃんにはそれだけの投資をして良いと思えるから言っているんです。
「運転資金は私がなんとかします。だからお願いします」
「あんたは2人目を産むんでしょ。あの子の面倒まで見るのは無理よ」
「それでもお願いします」
「あのねぇ……エドと相談しなさい。話はそれからよ」
エドが良いと言わない限りこれ以上の相談は乗らない。リリアさんはそう話を切り上げ、タイミングよく調薬を終えたサラちゃんのもとへ行きます。リリアさんの言っていることは間違ってません。これはただ師匠と同じことをしたいだけの我儘かもしれない。それでもあの時の約束を守りたい私はルークを寝かし付けたあとエドと話し合いをしようと決めました。




