私の師匠
みなさんこんにちは。サラ・オレインです。
ソフィーさんたちが王都へ向かって数日。ソフィーさんから“店主代理”を任されたわたしは特に忙しく働くこともなく、ルーク君の子守をする日々を送っています。
「暇だなぁ~」
お絵描きをするルーク君を見守りながらぼやくわたし。患者さんが現れないのは村の人たちが健康に過ごしている証拠。薬師は暇な方が良いとソフィーさんから聞いたことがあるけど、あまりに暇だと退屈で溜息が出てしまいそうです。。
「たしかに暇なのは良いことかもしれないけど、ちょっと退屈だな」
「なんだかソフィー殿みたいなこと言ってるな」
「アリサさん? あれ、薬草採りに行ってたんじゃ?」
「ん? そこの畑に行ってただけだぞ?」
そっか。裏庭に薬草畑があるんだった。キョトンとするアリサさんは籠一杯の薬草を私に見せながら不吉なことを言うなと注意します。
「変なこと言っていると怪我人が押し寄せるぞ?」
「そ、そうですよね! それに患者さんに来て欲しいなんて薬師が言うことじゃ……アリサさん?」
「いや。サラ殿もソフィー殿に似てきたなと思っただけだ」
「そうですか?」
「ああ。不吉なことを言うところとかそっくりだ」
「そこですかっ⁉」
ちょっと心外です。薬師として腕を上げたと言って欲しかったのにソフィーさんの“悪い癖”が似てきたなんて……
「まぁ、アレだ。弟子は師匠に似るって言うからな」
「そう言えば、ソフィーさんの師匠でどんな人なんですか?」
「ルーク殿のことか?」
「え? リリアさんじゃないんですか。それにルークって……」
思わず床に転がり絵を描くルーク君を見つめます。この子が師匠……な訳ないか。でも同じ名前って?
「? リリア殿からなにも聞いてないのか」
「はい。私はてっきりリリアさんが師匠だと思ってました」
「確かにリリア殿もソフィー殿の師匠だ。だがソフィー殿が薬師を目指すのきっかけを作ったのはルーク殿なんだ」
アリサさんはそう言うと昔を懐かしむように目を細め、わたしが知らないソフィーさんの話を始めてくれました。
ソフィーさんは国の北側にあるジギタリスで生まれ、ご両親が病に倒れた直後に出会った薬師と共に王都へ移ったそうです。その薬師がルーク・ガーバット。ソフィーさんの師匠でこの店の作った人物。薬師の免状を取ったソフィーさんが早く独り立ち出来るようにとわざわざ用意したそうです。
「――つまり、ソフィーさんは免状取ってすぐ店を始めたってことですか」
「まぁ、ルーク殿の店に“雇われた薬師”と言う体を取らざるを得なかったがそういうことだ」
「なんていうか、ルークさんも凄いことしますね」
ソフィーさんの師匠さんは型破りの薬師だったのかな。リリアさんも試作品の薬を平気で味見する変わった人だけど、話を聞いているとルークさんもその比ではなさそうです。
「ルーク殿は指折りの薬師だったそうだ。薬学の知識はもちろん、医術にも長けていたらしい」
「だからソフィーさんも医師みたいな処置が出来るんですね」
「そういうことだ。たしかにソフィー殿自身にも素質があったとは思う。なにせ薬師学校を出ずに薬師のなれたのだからな」
アリサさんの言う通りです。学校を卒業出来ても全員が薬師になれるわけではありません。中には一生に一度の試験に落ちて泣く泣く薬師を諦める人もいるそうです。
「いまさらですけど、ソフィーさんって凄い薬師なんですね」
「たまに子供っぽいところがあるけどな」
「でもそれがソフィーさんですよね」
薬師だからと驕ることなく、村の人たちために全力を尽くすソフィーさん。たまに無茶することもあるし、エドさんとは子供じみた喧嘩をして拗ねることもあります。けれどそんなソフィーさんがみんな大好きです。
(早く帰ってこないかなぁ)
ソフィーさんたちが帰って来るのはもう少し先。それまでこの村の薬師はわたしだけです。
薬師としては頼りないわたしかもしれないけど、店主代理を任されたからにはやり切らないと。そう誓うある日の午後でした。




