その③
◇ ◇ ◇
「そっか。ルークがそんなこと言ったのか」
ルークとお散歩に出たその日の夜。熟睡中の息子の髪を撫でながらエドが「困ったな」と呟きました。
「おまえみたいな薬師になられるのはちょっと困る」
「なによその言い方」
「おまえは自分のことより患者を優先する。おまえにとっては薬師だから当たり前と思ってるかもしれない。でもおまえが倒れたら患者はどうなる?」
「それは……」
「いまはサラがいるかもしれないけどさ、村の薬師はソフィーだけだろ。なによりおまえが倒れるのは俺が嫌だ」
だから心配掛けさせるなと真面目な顔で私を諭す旦那様。けれどすぐに「まぁ、無理だろうけど」と茶化してきました。
「いまさら大人しくしろって言って聞くような奴じゃないもんな」
「ちょっとそれはあんまりじゃない⁉」
「大声出すルークが起きるぞ」
「うっ……で、でも私だって休む時は休むよ」
「休めって言っても休まないのは誰だよ」
「だからそれは――」
反論したくなりますが眠っているルークが眉間に皺を寄せたので声のトーンを押さえ、いまはちゃんとダメになる前に休んでいると言い返します。
「ルークが生まれて随分マシになったと思うよ?」
「昔に比べたらな。そう言えば流行病で村中病人だらけになった時があったな」
「結婚して最初の冬だね。あの時は大変だったよね」
「三日三晩どころか全員が回復するまで寝ずに薬作ってたな。俺がいくら『寝ろ』って言っても無視して頑張ってくれたよな」
「だって私以外に診れる人がいなかったんだよ。仕方ないよ」
エドと結婚してすぐに村を襲った流行病。熱発疹とは違う高熱が主症状の病気は老若男女構わず村人を襲い、一番ひどい時で村人の半分近くを同時に診ていました。幸いにも死者を出すような惨事にはなりませんでしたが、あの時はさすがの私も身体の限界を感じました。それでも薬師としてみんなを助けることを優先するため休むと言う選択はありませんでした。
「まぁ、あの時に比べたらいまのおまえはマシだよな」
「でしょ? だからそろそろ“現場復帰”しても――」
「リリアさんも言ってるだろ。せめて産むまでは大人しくしろ」
「ちゃんと休憩入れながら患者さんの相手するから。ね?」
「――ったく、仕方ねぇな」
さすが旦那様。村に来て一番付き合いが長いだけあって最後は私の意思を尊重してくれます。それにしてもこれじゃエドが薬師で私は患者みたい。
「それで、決めたのか」
「なにを?」
「名前だよ。王都から戻って来る時に馬車の中で言ってただろ」
「ああ、アレね。うん。候補は決めたよ」
「だったら教えろよ。なににするつもりなんだ」
「えっとね――」
このタイミングで話すつもりはなかったけど、私の中で候補にした名前を伝えるとエドは予想通りの反応を見せてくれました。
「どうかな?」
「どうって、俺の顔見ればわかるだろ」
「だよね。でも良いと思わない?」
「まぁ、そうだな。でも違ったらどうするんだよ」
「その時はまた考えるよ」
もう一つ案を出した方が良いと言う旦那様にそう笑い掛ける私は可愛い息子の寝顔を見つめます。
今日はなんだか久しぶりに家族みんなで過ごした気がします。ルークとはずっと遊べていなかったし、エドとも家族のことで話をしたのは久しぶりな気がします。
仲が悪い訳でも離れ離れで暮らしている訳でもないけど、エドたちが私を仕事から遠ざけてくれたおかげで家族を近くに感じることが出来たそんな一日になりました。




