その③
◇ ◇ ◇
「まったく、少しは身体を大事にしなさい。妊娠中なのよ」
「だって医術書って高いんですよ。全部揃えるのは無理なんですよ」
「あのねぇ……」
「リリアさんだっていくつか持ってるじゃないですか」
「そういうことを言ってるんじゃないの。前にも言ったけどチビ助の時を忘れたとは言わせないわよ」
「でも――」
「患者に同じこと言える?」
「……言えません」
思わず言い淀む私にそれなら患者の見本になりなさいと言うリリアさんは肩を竦めます。
「患者の命を預かる仕事してるんだから、少しは自分を大切にすることを覚えなさい」
「……はい」
「それで、サラの方はどうなの?」
「サラちゃんですか?」
「店の方は任せるようにしたんでしょ。出来そう?」
「はい。でもオリジナルレシピはまだ作れないみたいです」
「そう。まぁ、そこはゆっくり考えれば良いんじゃない?」
成長スピードは人それぞれです。それは私も理解しているのでリリアさんの言葉に反対はしません。私だって最初は師匠に教わったレシピしか調薬出来ませんでした。それに基本レシピさえきちんと作れれば最低限の診療には困りません。
「あの子がオリジナルを考案したらあんたが見るの?」
「そうですね。私はサラちゃんの師匠ですから。あ、でもリリアさんみたいに絶対合格点を出さないような意地悪はしませんから」
「なによ。ちゃんと合格点は出してるでしょ」
「確率は凄く低いですけどね」
別に嫌味を言っている訳じゃありません。私が修業中だった頃、オリジナルレシピを考えてもリリアさんはなかなか合格点をくれませんでした。それはいまも変わらず、新レシピの意見を聞くと相変わらず合格ラインへわずかに届かない絶妙な点数を出してきます。
「あたしは上を目指して貰いたいからわざと一発で合格を出さないのよ」
「その割にはアドバイスもくれませんよね」
「あんたも面倒くさくなったわね。まぁ、それはそうとあんたは独り立ちさせようとは思わないの?」
「独り立ちってサラちゃんのことですか」
「ルークがしたように店を出してあの子に任せたりしないの」
「そうですね――」
「なによ。教えなさいよ」
「秘密です」
私の中では決めているけどエドたちにも話していない秘密です。だからリリアさんにもまだ言えないかな。
「とにかく、サラのことで困ったことがあったら言いなさい」
「サラちゃんはそんな子じゃないですよ」
「それでもよ。あの子は誰かと違って聞き分けがいいわ。でも薬師としてはまだまだよ。なにか問題があったら言いなさい」
あれ。いま聞き捨てならいことが聞こえたよね。聞き分け悪いってそこまで性格悪くないと思うんだけどな。
「薬師のことになったら周りが見えなくなるでしょ。自分のことも疎かになるし、そういうところよ」
「それはほら。なんていうか、仕事熱心ていうか?」
「熱心過ぎるのも良くないのよ。そろそろ寝なさい。朝には王都へ向かうんでしょ」
「大丈夫です。普段はまだ寝ないので」
「あんたねぇ。王都までしばらく馬車生活なんでしょ。きちんと休めって言ってるの」
反省していないと呆れ顔のリリアさんは空き部屋を使えるようにしていると私に早く寝るよう促し、ここに来るといつもなら読み放題の薬学書や医術書に触れることも禁じられました。
「たまには薬師のことから離れるのも必要よ。今日は大人しく寝なさい」
「でも……わかりました」
「よろしい。それじゃ、いつもの部屋使いなさい」
明日は日の出前に起こすと言って部屋を出て行くリリアさんは去り際、私の顔を見て「相変わらず手の掛かる子ね」と微笑みます。リリアさんって口が悪いところがあるけど、やっぱり優しくて頼りになる先輩。そう思うとやはり夜更かしは出来そうにありません。
王都へ向かう途中で寄ったセント・ジョーズ・ワート。リリアさんのところに泊まることになったのは予定外だけど、これはこれで良かったのかもしれません。
王都へ向かう馬車の出発は明日の朝。日の出前には起きないといけません。だからという訳じゃないけど、なんだか急に眠たくなってきた私はここに来るといつも使わせてもらっている空き部屋へ向かい、部屋に入ると着替えもせずベッドに入ったのでした。




