その①
前略
元気にしてる? あれから少しはサラに店を任せるようになった? 不安に思うのはわかるけどあの子にとってはこれも修行だから優しく見守るのよ。
それから、この間手紙に書いてたアレだけど、止めたところで聞かないでしょ。行ってきなさい。ただし、エドと一緒に行くこと。一人はダメだからね。
リリア・ゲーベル
4月の終わり。サラちゃんの修行も2年目に入ろうとしているある日。私は思い切った計画を実行に移していました。
「ほんとに大丈夫なのか」
「はい。いまを逃すとしばらく行けそうにないですから」
「嬢ちゃんがそう言うなら良いんだが」
バートさんはやっぱり心配だと言わんばかりにエドの顔を見ます。けれどエドは「止めたところで聞きませんよ」と私が馬車に乗り込むのを手伝ってくれます。
2人目を授かってから村の外へ出るのを控えていた私はエドと一緒にセント・ジョーズ・ワートを経由して王都へ行くことにしました。
村の人たちからは子が生まれるまで馬車移動はダメ。王都へ行くのは以ての外と言われましたがリリアさんが「まだ大丈夫」とみんなを説得してくれ、エドが同伴することを条件に馬車を出して貰えることになりました。
「それじゃ出るぞ」
今回も御者を買って出てくれたバートさんの合図で馬が歩き出し、馬車も少し遅れてゆっくり動き始めます。私を気遣ってなのか馬車は普段よりもかなりスローペースで動き、出来るだけ衝撃が伝わらないようにスピードは控えめにしてくれています。
「ったく、なんでこのタイミングで行くって言うんだよ」
「だって生まれたらそれこそ行けなくなるよ」
「だからって思い付きにも程があるだろ」
「2人とも喧嘩は程々にしな」
御者台からバートさんが私たちの仲裁に入りますがなんとなく楽しそうに見えます。
「嬢ちゃんたちは昔から変わってないな。それにしてもエドも大変だな」
「そうですね。でも、昔と比べたらコイツもだいぶ大人しくなりましたよ」
「ちょっと! その言い方はないでしょ!」
「事実だから良いだろ」
「もぉ~」
否定すらしてくれない旦那様に頬を膨らませる私。その姿を可笑しそうに笑う彼にさらに頬を膨らませます。
「おまえ、そういうとこ変わってないよな」
「なによ。エドが悪いんでしょ」
「はいはい。悪かった」
これ以上は面倒だと軽く受け流すエドは御者台に向かってセント・ジョーズ・ワートまでの所要日数を尋ねます。いつもなら3日の道のりだけど、歩くスピード変わらないくらいゆっくり走っているのでプラス1日は最低でも見ておく必要があるかな。
「嬢ちゃんが大丈夫なら少しスピードを上げるがどうする?」
「大丈夫ですよ。上げちゃってください」
「は? 良いのか」
「みんな心配し過ぎだよ。気にし過ぎるのは良くないよ」
ルークの時もそうだったけど私が子を授かったと知った途端、村の人たちはとにかく私を休ませようとしました。過保護と言うか「あれはするな」や「これはするな」と普段通りの生活を送る私を大人しくさせようと必死でした。
「おまえは村一人の薬師だからな。心配になるんだよ」
「いまはサラちゃんもいるでしょ?」
「あのなぁ」
呆れ果て溜息も出ないと言った感じのエドだけど、そうは言っても身重の妻を気遣う素振りは見せてくれます。こんな風に私を気遣ってくれる人が側にいるから変に行動をセーブしなくて良いんです。
「ところで、街に行ったらそのまま向かうのか」
「うん。リリアさんにもそう伝えてるし、馬車の手配もしてもらってる」
「そっか。でも急に王都へ行きたいなんてどうしたんだ」
「なんかね、師匠に会いたくなったんだ」
独り言をつぶやくように答える私はきっと遠い目をしていたと思います。
師匠の店を協会に移譲して以来、一度も王都へ行ったことはありません。勝手に繋がりを切っていた弟子を師匠はどう思ってるかな。お墓参りもしない私を天国からどんな風に見ているんだろう。
「あまりにも来ないからきっとルークさんが呼んでるんだろ」
「え?」
「おまえ、たまに手紙を書いては書斎の机に仕舞ってるだろ」
「手紙……知ってたんだ」
「会いたいなら会いに来れば良いのにってルークさんがしびれを切らしたんじゃないか」
手紙の件はちょっと恥ずかしいけど、私の我儘をそう言って受け入れてくれるエドは優しく髪を撫でてくれました。
「おまえってそういうとこ頑固だよな。たまには素直になれよ」
「――うるさい」
昔からエドは卑怯なところがあります。でも嫌な感じはしません。私をちゃんと見てくれてるんだって安心するし、だから少しだけ意固地になれます。
久しく行っていない王都まではまだ距離があります。けれど少しずつ師匠に近づいていく私は少しでも早く師匠に会えることを願い、素敵な旦那様の肩に凭れ掛かり目を瞑りました。




