その②
◇ ◇ ◇
「――それで、話ってなんですか」
書斎へ移動した私は部屋に入るや否やリリアさんに尋ねました。少し不機嫌そうな態度を見せるのはクッキーを全部食べてしまったことへの抗議です。
「相変わらず多いわね。少しは片付けたら?」
「こ、これでも整理したんですっ」
「ふーん。え、なにこれ。こんなのにまで手出してるの⁉」
何気なく手にした本のタイトルに驚くリリアさんは好奇心に抗えずペラペラとページを捲ります。それもそのはず。リリアさんが手にしているのは人体解剖図や四肢の切断術それに縫合法を症例別にまとめた『術式例集』。医学校の教本にもなっている書籍ですが薬師が使うような代物ではありません。
「それ結構高かったんですよ」
「症例集に薬学書……どれも医師向けばかりじゃない」
「はいっ。あとは師匠から受け継いだカルテ集と昔使ってたやつが少しあります」
「あんたは医師にでもなるつもりなの……アリサは知ってたの。この状況」
「ああ……」
「なによ」
「実はリリア殿が持ってるソレ、アタシが買ってきたものなんだ」
どことなく申し訳なさそうな言い方をするアリサさんに「なるほど」と頷き私を見るリリアさんは溜息を吐きます。
「あんたねぇ……」
「だ、だって王都にはなかなか行けないし、セント・ジョーズ・ワートでも手に入る店が無いんですよ」
「だからってアリサを小間使いにしないの。ハンスならセント・ジョーズ・ワートでも医術書が手に入る店を知ってるわ」
薬を送る時にでも聞くと良い。そう教えてくれるリリアさんは手に持っていた医術書を棚に戻すと私の顔を見つめました。ようやく本題と言うべきでしょうか。じっと私を見つめるリリアさんの表情は真剣でした。
「サラから聞いてるけど、本当なの?」
「はい」
「そう。良かったじゃない」
「リリアさん?」
「神様からの贈り物よ」
「――はい」
「けど、あんたの無謀さには呆れてものも言えないわ」
「え?」
優しく抱きしめてくれたかと思えばいつもの口調で小言を言いだすリリアさん。そういえばこの間来た時も体調悪かったわねと前回リリアさんの薬局を訪れた時のことが持ち出されました。
「確か熱っぽいって言ってたわね?」
「そ、そうでしたっけ?」
「あの時の熱って、妊娠の極初期の症状だったんじゃないの? 稀にだけど微熱が出るって言うわ」
うわ。さすがリリアさん。私よりだいぶ長く薬師をしているからその辺の知識も完璧です。下手な誤魔化しは出来ないね。
「あんた、いま誤魔化そうと思ったでしょ。無駄よ。まったく、少しは休むってことを覚えなさい」
「で、でもこの村に薬師は――」
「サラがいるでしょ。だいたい、無理して倒れたら元も子もないでしょ。さっきも言ったけど、チビ助の時に倒れたのを忘れたって言わせないわよ」
リリアさんが言っているのはルークが生まれる少し前。連日遅くまで書斎に籠っていたせいで風邪をひいてしまったのです。しかもその時は運悪く高熱を出して数日間寝込んでしまいました。
「あの時、あたしが訪ねてなかったらチビ助も危なかったのよ。また繰り返すの」
「そ、それは……」
「ソフィー殿。リリア殿の言う通りだ。いまはアタシやサラ殿がいる。少しは身体を労われ」
「ですけど――」
「アリサの言う通りよ。それとも、あたしの店で扱き使われたい?」
それならそれで良いとニヤッと笑うリリアさんを前に首を縦に振る勇気はありません。私は首を横に振り渋々ながら二人に従うことにしました。だって私はこの村の薬師でありサラちゃんの師匠なんです。サボるようなことはしたくありません。




