その③
――ソフィー殿!
声が聞こえたのは処置を始めて数分が経った頃です。声の方を振り返るとアリサさんが両手いっぱいに薬瓶や包帯を持ったまま肩で息をしていました。さすがと言うか、処置に必要な薬は一通り持って来てくれてます。
「ソフィー殿、持ってきた……酷いな」
「この状態ではこれしか方法がありません」
「そうか。手伝えることはあるか」
「化膿止めの用意をお願いします。一瓶全部使ってください」
「わかった」
慣れと言うのは怖いです。私もそうだけど、アリサさんもこの程度じゃ驚きはしても動揺することはありません。淡々と薬の準備をしてくれます。
「怖い?」
「え?」
「こんな怪我人を前によく冷静でいられるなって思ってるでしょ」
「それは……」
「慣れって怖いよね。でも感情的になったらダメだよ。自分が苦しむから――よし、切断完了。サラちゃん、化膿止めを塗ったガーゼを傷口に」
時間にして10分少々ってところかな。あまり時間を掛け過ぎても患者さんに負担を掛けるだけなので処置は手早く行うのが鉄則。膝下から先が切断された左足の傷口は生々しく、傷口を保護するためのガーゼを当てるのも躊躇いそうになります。
「処置完了。あとはセント・ジョーズ・ワートへ送るだけ。早馬車はまだですか」
「あの、ソフィーさん」
「なに?」
「セント・ジョーズ・ワートへはわたしが付き添って良いですか。医師に引き継ぐまでお世話したいので」
「サラちゃんはまだ重傷者の扱い方に長けてないよね。道中、この人が急変したらどうする?」
「それは……」
経験を積ませる為ならサラちゃんを同行させた方が彼女の為になります。けれど後輩の勉強の為に患者さんを犠牲には出来ません。サラちゃんには悪いけど今回は留守番をしてもらいます。
「帰ったらちゃんとカルテを見せてあげるから」
「……わかりました」
「しばらく戻って来れないと思うからお店のことお願いね」
「はい」
頷くサラちゃんに後のことを任せ、タイミングよくやって来た馬車へ怪我人を乗せる手伝いをします。左足に巻いた包帯は既に血で染まっています。化膿止めには止血効果もあるけど少し不安を覚えます。
「あの男、大丈夫なのか」
男性を荷台へ乗せ終えたところで独り言のようにバートさんが尋ねてきました。あとは彼の気力次第、そう答える私は御者を買って出てくれた村人の手を借りて荷台に乗り込みます。
「それじゃ、サラちゃん。あとはよろしくね」
一刻を争う状況です。時間を無駄にしたくない私は不安げに馬車を見つめる後輩に留守中を任せ、彼女が力強く頷いたのを合図に私たちを乗せた馬車は出発しました。




