その②
◇ ◇ ◇
「麻酔薬!」
村の入口、馬車が横倒しになった現場に着いた私はすぐさま叫びました。診察する必要はありません。すぐにでも麻酔をしなければならない患者が眼前にいたのです。
「バートさん早馬を手配して下さい!」
「ソフィーさん! 麻酔薬……っ!」
「調薬ナイフ出して! 切るよ!」
「き、切るって……」
怪我人の状態を目の当たりにした途端、サラちゃんは怖気づいたかのように後退りします。それもそのはず。処置しようとしている患者は意識がなく、左足が馬車の下敷きとなっています。さらに言えば膝下から先が千切れかけ、このままでは助けることが出来ません。
「骨が砕けてほとんど繋がってない状態。このままだと運べない」
「で、でも切るって……」
「早く準備しなさい!」
出来れば生きている人の足を切断などしたくありません。ですが状況から繋げたままセント・ジョーズ・ワートへ運ぶのは不可能です。
「ソフィーちゃん、ほんとにやるのか」
見物人と化した村人の一人が訊ねてきます。私はやるしかないとだけ答え、再度早馬車の手配を頼みました。
「切断後すぐにセント・ジョーズ・ワートへ運びます! 早馬車をお願いします!」
「わ、わかった!」
「なにしてるの! 早く用意しなさい!」
立っているのがやっという感じでしょうか。恐怖から全身の震えが止まらないサラちゃんはなかなか往診かばんから薬を出すことも出来ません。この間にも男性の体力が奪われていきます。
「しっかりしなさい! サラ・オレイン!」
「っ⁉」
「立派な薬師になる為にウチに来たんでしょ!」
この緊急事態に弟子を怒ってる暇などありません。瀕死の患者を前にして後輩を叱るとは先輩薬師失格です。
「薬師ならどんな状態の患者でも目を逸らさない! この人はあなたが処置してくれるのを待ってるのよ!」
「わたしの処置を待ってる……」
「そうよ! この村にいる薬師は私たちだけ。私たちがしなければいけないの!」
――下さい
「サラちゃん?」
「教えて下さい! わたしに処置の仕方を教えて下さい!」
目の色が変わった。そう言っても過言ではありません。覚悟を決めたと言っても良いかもしれません。
「わたしはなにをすれば良いですか!」
「麻酔は私がするから、そのあと傷口を洗って。その間に器具の準備をするから」
「はいっ」
「傷口洗ったらカバンの中の包帯全部出して」
「分かりました!」
その意気だよ。ガーゼに染み込ませた麻酔薬を怪我人に嗅がせながらサラちゃんの様子を覗うけど眼付が明らかに違う。絶対助けるんだって決意を感じるその姿に私は安心して自分の役目に集中できます。
(大丈夫ですからね。もう少し頑張りましょうね)
麻酔を掛け始めて5分。そろそろ効果が出始めたはず。
(ここからが本番だね)
サラちゃんが傷口の洗浄を終えたことを確認して調薬ナイフを握る私。麻酔の効果に自信はあるけど、念の為に周囲にいた村の人たちに怪我人を押さえつけてもらいます。処置中に暴れ出したらそれこそ命に危険が及びます。
「傷口を洗浄していて分かったと思うけど骨は砕けてるよね」
「は、はい」
「この状態じゃ骨接ぎは無理だし、なにより千切れかかってる。切断するしかないよ」
調薬ナイフを片手に傷の状態を分析する私は傷口に刃先を当てます。意識があればこれだけでも叫び声をあげるはず。
(良かった。麻酔はちゃんと効いてるみたい)
自分が作った薬に自信が無い訳じゃないけど、想定通りの効き目に安堵する私は慎重に文字通り、皮一枚で繋がった左足の切除を始めます。




