その①
雪が降りしきる冬の朝。いつもならまだベッドの中で丸くなっている私ですが今日は早起きをして村の西はずれのとある一軒の家にいました。
「まだちょっと熱がありますね。薬を出しておきますので安静にしていてくださいね」
家の主であるご老人はベッドの上で小さく頷きます。
その家に一人で住んでいるこの人の容態が悪いと知ったのは1週間ほど前でした。偶然、エドが顔を出したら明らかに顔色が悪く発熱の症状もあったのでその日のうちに診察しました。
「ちょっと体力も落ちているようなので滋養効果のあるポーションもお出ししますね。良いですか、必ず飲んでくださいね」
最初は風邪をこじらせただけだと思っていましたが、処方した風邪薬は効果がなく、微熱が続いています。季節的にも体調を壊し易いだけでなく、この人は過去に吐血をしたことがあるので特に心配です。
「それじゃ、私は一度薬局へ戻りますね」
「……ソフィーちゃん」
「? なんですか?」
「ワシは昔大病を患った。ソフィーちゃんは覚えているかい?」
「私が修業期間を終えた年ですよね」
「ワシはあの時に腹を括った」
「…………」
体力が極限まで落ちると人はここまで弱るんだ。生きることを諦めようとしているお爺さんを前に黙り込むしかいない私。本当は励まさなくちゃいけない。それなのに言葉が出てこない。
「……午後にもう一度来ますね」
励ましの言葉はなに一つ言えず、あとでまた来るとだけ言う私は往診かばんを手に薬局へ戻ります。この村に来て悲しいことは何度も経験しました。けれどこれまでで一番堪えたかもしれません。たとえ遠回しだったとしても「死んでも良い」と言わせてしまうなんて薬師失格です。
(絶対、助けるんだから)
お爺さんの家から薬局へ戻る道中、私は自分を鼓舞するように力強く頷きました。お爺さんの症状に効きそうな薬でまだ試していないレシピがあります。きっとそのレシピで調薬すれば治るはず。そう信じて止みそうにない雪の中、急ぎ足で薬局へ戻りました。




