その②
◇ ◇ ◇
結局、その日はハチに刺されたと言う人は現れず、私たちの準備は空振りに終わりました。なにも無く一日を終えれたのは喜ばしいことだし、怪我人が出なかっただけで量こそ少ないですが蜂蜜も無事に収穫できたそうです。
「まさか今年は負傷者ゼロで終わるなんてね。さすがに驚いたよ」
「その分、量は少ないけどな。ま、おまえがいつも『いい加減学習して下さいっ!』って言ってるからな。その効果がようやく出たんじゃないか」
「だって毎年この時期は怪我人が増えるんだよ。耳に胼胝が出来るくらい言いたくもなるよ」
「でも患者が減ったら経営は厳しくなるぞ」
「それはそれ。薬師は患者さんの健康を守るのも仕事なの。言うべきことはちゃんと言わなきゃ」
ルークを寝かしつけた後。おすそ分けでもらった蜂蜜を入れた紅茶を飲みながら意見を言い合う私たち。
「ハンスさんのところに薬を卸してるから安心してる訳じゃないよ。でも、村の人たちが怪我や病気をせず毎日を過ごせること――それが私にとって一番なんだよ」
「まぁ、それはそうだよな」
「うん。だからたとえ患者さんが減ることになったとしてもその考えは変えれないかな」
「そっか」
素っ気なくも聞こえるエドの相槌だけどそれは私を信頼してくれている証。お店の経営方針は何時だって私の意見を尊重してくれる彼に微笑み返す私はこれまで何度言ったか分からない謝意を伝えます。
「いつもありがとね」
「なんだよ急に」
「エドがいてくれるから村で薬師を続けられるんだよ。ありがと」
「――ったく。寝るか」
「あ、照れてる」
「うっせー」
席を立つエドはそそくさとリビングを出て行きます。夜も更けてきたから何も言わないけど、あれは間違いなく照れてるね。
(いつものお返しだからね)
ガウンを着ていても寒く感じる晩秋の夜。サラちゃんたちの前では見せない旦那様の照れ顔は妻だけが見れる特権だとほくそ笑む私でした。




