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月に抱かれ太陽は輝く~悲しみの果てに①~

 

 第3章~悲しみの果てに~




 ~静寂~



 夜も明けきらぬ暁に急転直下で動き出した事態は、オルディリア皇国の日常に見えない緊張感をもたらしていった。

 ヴィンスロットは隣国ダリオンの王太子リュカの一団と合流するために、月の騎士団から騎士団長シリウス他数名、そして太陽の騎士団からロイド他数名で編成された一団を率いて国境を目指し出立。ライオッドは、王宮で太陽の騎士団団長グレンフォードと事務次官のヴァルモアと共に、国の守備体制の整備を急いだ。そして、早朝に皇帝の部屋を来襲したゼフィールは、各国の結界術担当部署との連携を取る命を受けたジュリアス神官長とともに、月の神殿へと戻ってきていた。

 月の神殿に着くと、ジュリアスはゼフィールに今は部屋にいるよう告げると、皇帝の命を遂行すべく執務室へと向かった。そしてゼフィールのそばにいた白夜姫も、半身である煌牙輝とともに国の守護幻獣としての務めを果たすべく、ゼフィールが部屋に入るのを見届けると姿を消した。

 静まり返った室内で一人過ごすうちに、否が応でも高ぶっていたゼフィールの感情は徐々に鎮まってきた。すると今度は、何故か不安だけが胸の奥から湧き上がってきて、ゼフィールの心を小さく揺さぶってくる。

(…ヴィー兄様、リュカ様と会うまで何事もないといいけど…。)

 ヴィンスロットが向かった国境沿いは、ザルア樹海に接している場所だ。『闇魔王』が動き出した今、いつ樹海から瘴気が溢れ出し、危険な状況に陥ってもおかしくはないのだ。そんな場所に兄が赴いたのだという現実が、今さらながらゼフィールにわずかな恐れを抱かせた。

 今朝父王の部屋で指摘された通り、自分はつい最近まで異界で暮らしていて、そこでは生死の掛かった戦などとは無縁の生活を送ってきた。そんな自分が、父たちが言う“戦い”がどのようなものなのか、本当にわかっているとは正直言えないだろう。それなのに、何もわからない自分が勢いだけで乗り込んでしまったがために、もしかしたらみんなを危険に晒すことになったのではないだろうか?

 そんな悶々とした考えを巡らせるゼフィールの耳に、扉をノックする音が聞こえてきた。

「失礼いたします、ゼフィール様。お茶をお持ちしました。」

 そう言って部屋に入ってきたのは、女官長のリュドミラだった。

 リュドミラはワゴンに乗せてきたティーセットをテーブルに置き、カップにお茶を注ぎ始める。と同時に部屋に広がった優しく甘い香りは、まさしくゼフィールが街へお忍びで出かけた時に出会った、ラアナの妹ミオナの家で供されたロウダのお茶の香りだった。

「さぁどうぞ、こちらに来てお召し上がりください。このような時はまず、落ち着かれることが肝心ですよ。」

 優しくリュドミラに促されるまま、ゼフィールは椅子に座り温かいカップから一口お茶を口に含んだ。しかし、その優しい味が喉を通して体に注がれても、いつものように穏やかさは戻ってこず、ゼフィールの心は重苦しさに沈んだままだった。そんなゼフィールの様子を見て取ったリュドミラが、こう静かに問いかけた。

「ゼフィール様。ゼフィール様は、皇帝陛下やヴィンスロット様をお信じになっていますか?」

 女官長のあまりに唐突で意外な質問に、ゼフィールは驚きながらも即答する。

「も、勿論だよ!父様や兄様を信じないなんて…そんなことあるわけない!」

「ならば、そのように沈んだお顔をなさっていてはいけません。」

 リュドミラはゼフィールの答えに、そうきっぱりと言い切った。

「ゼフィール様と同じように皇帝陛下方も、ゼフィール様のことを信じているからこそ、行動することができるのですよ。ですからゼフィール様が今なさるべきことは、陛下方のその信頼に応えられるよう、これまで学んだことを見返し、ゼフィール様が動くべき時の準備を整えることのはず。そのように暗いお顔をなさっている暇は、御有りにならないはずですよ。」

 まるで母親が我が子を窘める様なリュドミラの言葉に、ゼフィールはハッとした。

 そうだ、リュドミラの言う通り、答えの出ないことを考えて落ち込んでいても、それこそ何の役にも立てない。一緒に戦わせてくれと、自分から願い出たのだ。いざその時が来た時に何もできなかったなんて、そんなことがあっていいはずがない。

「……ありがとうございます、リュドミラさん。そうですよね、僕はここで僕にできることをしなくちゃですよね。」

 先程よりずっと明るくなった表情で、ゼフィールはそうリュドミラに宣言した。そんな皇子の様子に、リュドミラもにっこりと微笑んで

「それでこそ『月の御子』様です。それと…何度も申し上げておりますが、私の事は“リュドミラ”とお呼びください。敬語は必要ありません。」

 とそう釘を刺した。

 実はオルディリアに帰ってきてからずっと、“皇子としての言葉使い”についてリュドミラをはじめシェルラ夫人や色々な人に指摘を受け続けていた。だがそもそも身分制度のないゼフィールが育った異界では、自分より年長の人には敬語で接するのが当然の礼儀だった。白夜姫も、礼儀にはとても厳しい教育をしていたし、それがしっかり身についてしまっている。

「え…でも…リュドミラさんは目上の人だし…。」

「身分的にはゼフィール様の方が私より上の方なのです。ゼフィール様はこの国の皇子。ふさわしい振る舞いも身に着けていただかなければ、リュドミラは皇妃様に顔向けができません。」

 話しがなんだか違う方向にいっている気がしないでもないが、それでもリュドミラが自分の緊張をほぐしてくれようとしているのは伝わってくる。その気持ちは嬉しいが、敬語の件はまだ少し難しいかもしれない。そんなことを思いながらも

「……はい。」

 とゼフィールは返答をした。


 リュドミラがお茶を下げるために退出し、再び部屋に一人となったゼフィールは、早速自分が今できることについて確認してみることにした。勉強でもなんでもそうだが、予習復習は良い結果を生むための基本だ。

(僕の月の力は、癒しや浄化に適しているんだよね…。)

 オルディリアの守護の力“太陽”と“月”には、それぞれに特性がある。“夜”に属する月の力は、負のエネルギーを鎮静化させる特性を持っているため癒しや浄化に適している、とゼフィールに力の使い方を指南しているジュリアス神官長はそう言っていた。

≪月の力による“浄化”を例えるならば、瘴気で澱んでしまった川を透き通った清流に戻す、というイメージになります。夜の闇とは本来、生命に癒しと休息を与えるものです。しかし負のエネルギーが高まり瘴気を放つ濃い闇となると、生命を脅かす真逆の存在になってしまいます。その高まりすぎた負のエネルギーを鎮静化させ、闇を元の安らかな夜へ戻す効力を持つのが、月の力なのですよ。≫

 対して“昼”に属する太陽の力は、生命エネルギーを活性化させる特性があり、瘴気を祓い退ける効力を持っている。そのため、魔獣討伐や結界術などに適していると聞いた。

≪特に太陽の力しか持たない『太陽の御子』であるヴィンスロット様の放つ力は、それこそ太陽光のように激烈です。どんなに太陽の力に秀でた者であっても、太陽そのものである『御子』には到底及びません。剣を持ち魔となった闇に挑む姿は誰をも魅了する輝きに満ちていて、我が甥ながらたまに見惚れてしまうほどです。≫

 少し悪戯っぽく口の端に笑みを浮かべて、ジュリアスはヴィンスロットのことをそう言っていた。きっとその言葉通り、ヴィンスロットの戦う姿は誰よりもかっこいいのだろう。その姿を想像しただけで、ゼフィールの心は高揚感で満たされた。

≪ですから、月の力しか持たぬ『月の御子』であるゼフィール様の力も、きっと我々が知る月の力以上の可能性を持っているのでしょう。ただ月の性質上、闇を惹きつけやすいという特性も持ち合わせていますから、月の力を正しく使うためにも力を制御する術はしっかり学ばなければいけませんよ。≫

 そう言ったジュリアスの指導の下で力の勉強を始めて、今ではだいぶ自分の意志で力を使うことができるようになってきたと思う。ただ実戦で使ったことはないため、どこまで通用するかは正直わからない。けれど、『月の御子』として少しでも役に立ちたいし、せめて足手まといだけにはなりたくない。

(僕も…兄様のように、みんなを守りたい。もう誰も、悲しまなくていいように…。)

 今はまだ、不吉な影は姿を見せておらず空気は静寂を保っている。しかしこれが、嵐の前の静けさであることは、ゼフィールにもよくわかっていた。だからこそ、この時間を無駄にすることはできない。

 ゼフィールはこれまで教わってきたコントロール法を復習するため、瞳を閉じゆっくりと深い呼吸を繰り返しながら、内なる力に気持ちを集中させていった。



 それぞれの決意を胸に、それぞれの行動を開始したあの朝から3日が経とうとしていた。その間、ザルア周辺を含め特に変化はなく、表向きには静寂が保たれたままだった。しかし、嵐の前の静けさというものは、いつでも唐突にそして簡単に打ち破られるものだ。リュカ達ダリオン一行と合流後、拠点とした地方役所の一室で仮眠をとっていたヴィンスロットにも、それは例外ではなかった。

「殿下!ヴィンスロット兄上!月の神殿から遠話連絡が入りました!」

 静寂の終わりを告げたのは、部屋の外から響いた彼の従弟であり太陽の騎士ロイドの尖った声だった。その声に浅い眠りから一瞬で覚醒したヴィンスロットは、その勢いのまま扉を開け部屋を出た。

「兄上。」

「あぁ。行こう。」

 扉の外にいたロイドに短く返答をし、2人は役所の執務室へと急いだ。その途中、

「ヴィンス!」

 と、廊下に姿を現したリュカが声をかけてきた。彼もまたロイドの声に事態が動いたことを察知し、彼にあてがわれた部屋の外へと飛び出してきたのだ。そしてリュカの後ろには、彼の護衛である魔導騎士ゼルノアの姿もあった。

「動いたか。」

「そのようだ。急ぐぞ。」

 そう言葉を交わすと、あとは全員無言で目的の執務室まで走り出した。

 ヴィンスロットたちが執務室へ駆け込むと、今まで月の神殿からの遠話に対応していたシリウス騎士団長が、

「ヴィンスロット殿下。リュードルフ次席神官からです。」

 そういって席を立ち、そこへヴィンスロットを座らせた。

「リュードルフ、何があった。」

<はい、殿下。今朝早く王都オルディア郊外にある農村地帯で、突然魔獣が出現いたしました。瘴気の検知直後、すぐに太陽の騎士団が向かい討伐いたしましたので大きな被害にはなっていませんが、早くに作業に出ていた村民に負傷者が出てしまいました。>

 負傷者が出た、という報告にヴィンスロットは唇を噛んだ。

<魔獣は小型種のガルフォンで、やはり狂暴化していたそうです。その場にいた魔獣はすべて討伐しましたが、念のため村民には一時村を離れてもらい、無事な者はオルディアへ負傷者とその付き添いは月の神殿へと誘導を開始しています。>

「…おい、ガルフォンってほぼ森の縄張りから出ない種じゃないか。ましてや農地なんて、そんな開けたところに…。」

 リュカの言うとおりだった。ガルフォンは本来、鬱蒼とした森を生息域としていて、自分たちよりも小さい獲物を狩って生きる魔獣だ。小型種であるがゆえに、自らも大型種の獲物にされることもあるため、身を隠しやすい森から出ることはまずない。それがなぜ、しかも突然に、身を隠すもののないそんな開けた場所に現れたのか…。

「召喚…されたのかもしれません。」

「…ゾルアドか!」

 魔導騎士であるゼルノアの言葉に、リュカは忌者となった魔導士の名を叫んだ。

<ジュリアス神官長も同意見でした。ヴィンスロット殿下、ジュリアス神官長はこの動きを受けて次の行動へと移られました。おそらく樹海付近でも事態の変化が起きるであろうから、くれぐれも慎重に動かれるようにとのことです。>

「わかっている。……それで、ゼフィールはどうしている?」

 小言のようなジュリアスの伝言に少々ムッとしながらも、ヴィンスロットは一番気がかりなことを尋ねずにはいられなかった。

<ゼフィール殿下は、ハヤテ副団長とフォリア様とともに負傷した村民を迎え入れる準備に当たっています。月の御子として果たすべきことをしたいと、頑張っておいでですよ。>

 リュードルフの返答に、ヴィンスロットは強張りかけた心が少し緩んだ気がした。そばにいない不安は拭い去れるものではないが、濃紺の瞳を輝かせて懸命に務めを果たそうとしているであろう弟の姿を思い浮かべると、さすが我が半身と頼もしく思うとともに、自分も負けてはいられぬと気合が入る。

「そうか…。リュードルフ、それではこちらも行動を開始する。……それとすまないが、皆にゼフィールのことを頼むと伝えてくれ。」

<承知いたしました。それでは。>

 遠話を終えたヴィンスロットに、そばにいたリュカが声をかけた。

「恐ろしいくらい案の定、といったところか。10年前と戦略があまり変わらないとは、『闇魔王』の底が知れるな。」

 まったくその通りだった。『闇魔王』は10年前、神殿から距離のある場所で瘴気騒ぎを起こしそちらに戦力を分散させ、守りが手薄になったその隙に『月の御子』を手に入れようとした。だがそれで失敗に終わったというのに、今回もまた同じような仕掛けをしてくるとは…。

「ですが油断はなりません。アプローチは同じようでも、あの時の状況とはまったく違う。意のままに動く傀儡を得るなど、10年前より『闇魔王』の力が確実に大きくなっているのは確かです。」

 そう言ったのは、あの月の神殿の異変を経験したシリウス騎士団長だった。それ故に、彼の言葉は重みをもって、ヴィンスロットの胸に突き刺さった。王宮で10年前の経験を基に、予測しうる限り『闇魔王』の出方をいくつか想定し準備を進めてきたが、ゾルアドが加わっていることによって魔獣の狂暴化や召喚など、既に予測外のことも確かに起こっている。

(もしかしたら想定していた中で、一番避けたかった状況で『闇魔王』との対決の時を迎えるかもしれない。)

 ヴィンスロットの脳裏に、そんな確信めいた予感が浮かんだその時、執務室の扉が勢いよく開けられた。

「失礼します!たった今、近くで樹海から現れた魔獣が暴れていると連絡が!」

 その報告に、全員が一瞬にして臨戦態勢に入る。

「憂慮することは多いが、今俺たちがしなければならないのは、目の前の事態を収めることだ。それが足止めという奴の罠にはまることだとしても、魔獣から国を守るのは我らの務め。すぐに出るぞ。」

 ヴィンスロットの言葉に、シリウスとロイドは直ちに隊の準備を整えるべく部屋を出ていった。

「リュカ、お前たちにも協力願えないだろうか。」

「もちろんだ。俺たちはそのために来たんだからな。たぶん、ダリオン側でも同じことが起きているかもしれないが、それは父上たちに任せればいい。俺は俺の……逃がしたゾルアドをこの手で摑まえる、その目的を果たす。」

 2人の王子は互いの意思を確認すると、そのまま一緒に魔獣討伐へと向かっていった。



 それよりも少し前、緊張感で張り詰めた空気で満ちた月の神殿・情報集積室では、ジュリアス神官長が討伐に向かった太陽の騎士団から事態の報告を受け、次なる指示を出していた。

「太陽の騎士団は住民の避難誘導を。無事な者はオルディアへ負傷者とその関係者は月の神殿へと向かわせてくれ。アルミラ、医療部へは負傷者の受け入れ準備、そして月の騎士団には魔獣が出現した場所の浄化へ向かうよう伝えろ。」

「はい!」

「リュードルフはこの事態をヴィンスロット殿下へ報告してくれ。こちらで事が起こったとなれば、樹海付近でも必ず何かが起こるはず。くれぐれも無茶はなさらないようにと伝えてくれ。それと、私は()()()()に移ることになる。この場を離れるが、後はしっかり頼むぞ。」

「承知いたしました。」

 指示を受けた2人は、それぞれの任を果たすべくすぐに行動へ移っていった。それを確認したジュリアスも、自身の言った“次の対応”をするために情報集積室を出ていった。



 そしてそれよりもさらに前、ちょうど魔獣が出現した頃。普段ならばまだ夢の世界にいるはずのゼフィールが、何かを感じ取ったようにふと目を覚ました。寝台から上半身を起こし、まだ明けきっていない窓の外へ視線を向ける。

(……なんだろう…嫌な感じがする。)

 得体のしれない不安に眉をひそめたゼフィールに、不意に声がかけられた。

「ゼフィールも感じられましたか。」

 驚いて振り返ると、薄暗い部屋の中に銀色に浮かび上がる一人の女性、月の幻獣・白夜姫の姿があった。

「白夜。」

「『闇魔王』が動き出しました。…準備はよいですか。」

 静かな白夜姫の言葉に、ゼフィールは心臓が一つ跳ねたように感じた。覚悟はできていたとはいえ、『闇魔王』との対決が現実となって目の前に現れた今、やはり不安や緊張は嫌が応もなく襲ってくる。怖くないかと問われれば、それを完全に否定はできない。それでも……今のゼフィールには、それを上回る強い想いがあった。ゆっくりと寝台から起きだし、白夜姫の前に立つと輝く濃紺の瞳を真直ぐに向けながら、はっきりとした口調で

「心配しないで、僕は大丈夫。兄様と一緒に、必ずやり遂げてみせるよ。だから……オルディリアの守護幻獣、月の白夜姫。太陽の煌牙輝とともに、我が国オルディリアを…父様をお願いします。」

 とそう言い切った。そんなゼフィールの力強い言葉に、白夜姫は少し驚いたように光彩のない銀色の瞳を、パチパチと数度瞬かせた。

(…私の小さな月夜…。)

 異界で守り育てた幼子が、凛々しい少年皇子となって今目の前にいる。その誇らしさに、白夜姫の表情はゆっくりと和らいでいった。

「わかりました、我が月の御子。力を尽くしましょう。」

 そう言うと、白夜姫は人型から幻獣の姿に戻り、すうっ…とその姿を消した。

 白夜姫を見送ったゼフィールは、息を一つ吐き出すとギュッと手を握りしめ、再び窓の外へと視線を向けた。白み始めた空は、いつもと変わらない朝の訪れを約束しているかのようだ。でも流れてくる空気は、ゼフィールの肌をずっとヒリヒリと刺し続けている。

(ヴィー兄様…。)

 きっと半身である兄も、今この緊張を同じように感じているだろう。一人じゃない、一緒に戦うんだという確信が、今のゼフィールを支えている。太陽の光が窓から差し込み、薄暗かった部屋を明るくしていく。その眩しさと温かさが、ゼフィールに『太陽の御子』である兄の存在をより近くに感じさせ、未知の戦いに強張りかける心を溶かしていってくれた。

 そうして部屋で一人、心の準備を整えていたゼフィールのもとに、改めて静寂の終結と“始まり”を告げる足音が、もうすぐそこまで近づいてきていた。


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