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「おいラップ、やりすぎるなよ」

「あらかた片付いたし、暇なんだよ」


涙に暮れて、いつの間にか眠っていたヴィスカが、次に耳にしたのは、そんな声だった。


やがて、少し離れたところから女性の甲高い悲痛な叫び声が聞こえてきたかと思うと、もう一人、今度は若い女性と思われる、抵抗を示す同じような声色が届いた。



それが一体、何を意味するか…


貧民街で暮らすヴィスカには、よく分かっていた。その場面に遭遇し、止めさせた事もある。

しかし、今はどうする事もできない。ましてや、相手は憲兵だ。


身を丸め、耳を塞いだヴィスカの心に、絶望という名の(おり)が溜まっていった――



「残りは、明日だとよ」

「お。そうか。じゃあ、明日の為にも、英気を養いますか」

「何の為だって?」

「それを聞くなよ」

「ははは」


クソみたいな会話が聞こえてきて、夕刻を知る。

足音が遠ざかり、注意深く人の気配が消えたのを確認すると、ヴィスカはようやく空き家を抜けだした。



「ねぇ…」


小さく、か細い声が聞こえた。

その声の方に顔を向けると、入り口が破壊された民家の奥、敷き詰められた藁に敷かれた、薄い汚れた毛布の上で、頭をこちらにした女の人が、仰向けになっているのが目に入った。


「水…もら…る?」


夕陽も届かない、暗い影しか無い場所で、小さな願いがヴィスカへ届く。

彼は危険を顧みずに走り出し、人気のない民家で、お椀を手にして水瓶から水をすくうと、女性の元へと足を戻した。


あの日、救えなかった母を想いながら…



「ほら、水だよ…」


大人の女性だと思っていたその人は、自分と同じ歳くらいの女の子だった。裸であった。

痩せた身体に残る生傷が、痛々しかった。

気力も失せ、お椀を手にする力も残っていないようだった…


「飲める?」


ヴィスカは、彼女の軽い両肩を左の腕で支えると、お椀に残った水をゆっくりと、微かに震える乾いた唇へと注いであげた――


「あ…」


ほんの一口、飲めたろうか。

やつれた女の子の掠れた声に、ヴィスカは思わず手を止めた。


「あなた…優し…ね…」


腕の中の女の子は、そう口にすると、微かに開いていた瞼を、別れを惜しむようにゆっくりと閉じていった――



「……」


生気の失せた小さな身体を支えながら、ヴィスカはふと前を見た。

そこには、少女の母親と思われる痩せた女性が、やはり裸のまま、仰向けになって横たわっていた。


「……」


全てを悟った。


あの日、市場ですれ違ったあの少年は、今、腕の中に横たわるこの娘だ…


危険だからと、少年に化けていた…

確証は無い。しかし、記憶に残る微かな二人の面影が、彼女だと告げていた――



「おい、居たぞ。捕まえろ!」



絶望の澱が、ヴィスカを埋めた。


動けなくなった彼の身を、憲兵隊が取り囲み、やがて拘束をした――




――――――


「お前らに、特別な命令が下った」


命が尽きるまで出られない、大国デュヴァールの労役場。

広大な畑の一角に集められた、ヴィスカを含む若い男たちが、看守長の前へと集められた。


「次の戦いに、志願する者を募る事になった。見事武功を上げた者には、恩赦を与える」

「恩赦?」

「出られるのですか? ここから?」


囚人たちの、どよめきが広がる。


「勿論、お前たちが往くのは、最前線だ」


冷静になれと看守長が告げると、一言を加えた。


「即ち、武功も近い」


「行きます!」

「行かせてください!」


労役場にて、農作業と家具作り。

そんな閉塞した塀の中で一生を終えるくらいなら、血気溢れる若い男たちが外を求めるのは当然か。


しかも、自由を得るチャンスがあるというのなら、断る理由は乏しい――




志願したヴィスカは、父が抱いた同じ希望を胸にして、戦場へと向かうのだった――

お読みいただき、ありがとうございました。

少年時代の物語ですので、これで結びたいと思います。

彼のその後は、拙作長編「小さな国だった物語~」 にて掲載しております。

宜しければ読んでみてください(o*。_。)o

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