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-3-

母の死から、何年か経った――


母の教えを根底に抱くも、生きる為に盗みを働くことは、仕方なかった。

それ以外に、術が無かった。


同じような孤児と出会い、結託するようになり、それを知った同じような仲間が増える。


歳が二桁になる頃には、市場の手を焼かすほどの窃盗団の首領格になっていた――



「もっと大きなこと、やりてえな」


ある日、仲間の一人がそんな声を出した。


「ちまちま盗みを働いてたって、先が見えねえ」


最初は、小さな声だった。


しかし、変わり映えのしない現在(いま)を変えようと、やがて賛同する者が増えていった。

しかし、ヴィスカ少年は、頑なにそれを拒んだ――


市場で盗みを働く自分たちは、守られている。


そんな手段でしか生きられない自分たちに、市場の大人達は、あの日の僅かばかりのエンドウを包んだ女の人のように、程度の違いはあれ、施しとしてそれを黙認しているのだ…


貧困街に在る市場。

タマネギ一個を買えば、黙ってもう一つを手渡してくれるような心優しい店主も多かった。

自分たちを、貧しさ故に命を落とした我が子に重ねる者も居る…


そんな僅かばかりの感傷によって、自分たちは生を繋いでいるのだ――


ヴィスカには、それが十分に解っていた。

しかし、理解のできない年下の仲間たちに、それを分からせる術が、どうしたって見つからなかった…



そして、彼は売られた――




「おい、ヴィスカ。憲兵が、お前を探し回ってるぞ!」


ある日の朝、僅かばかりのお金を稼ぐため、荷下ろしの仕事を終えて市場から戻ろうとすると、顔見知りの男が血相を変えて声を掛けてきた。


「え?」

「お前のとこの奴が、盗みに入って捕まったらしい」

「え? 誰が?」

「それは知らん。だけどな、今回はお前らだけじゃなく、他のとこも、何かと理由を付けてやられてるらしい。憲兵の数が違う」


戦が多くなり、孤児が増え、貧困街の治安悪化に伴って、その周辺での窃盗や強盗が増えていくのは、当然の成り行きである。


しかし、根本の原因を正す事は無く、近々、大規模な掃討作戦が行われるだろうという噂は、ヴィスカの耳にも届いていた。


「とにかく、お前は逃げろ」


逃げる?

どこへ?


投げ掛けられた言葉に対して、咄嗟に答えが出てこない。

ヴィスカは、しばしの時間、立ち尽くした。


「あ、居ました。こっちです!」


そこへ、二筋ほど離れた路地の向こうから、貧困街の仲間だった少年がヴィスカを指差して、誰かを呼んだ。


「くっ…」


ヴィスカは本能で、その場から足を離した。


しかし、貧困街の外へ出ても、土地勘は無い。

かといって、貧困街の中を逃げ回っていても、いずれは捕まる。


八方塞がりの中、彼は古びた空き家に飛び込むと、梯子を登って屋根裏へと潜む事にした。


「おい。見つかったか?」

「未だです。リストに上がってる連中のうち、7割は捕まえました」

「まあ、包囲網からは抜け出せん。ゆっくり、探すとするさ」


壁の向こうから、そんな声が聞こえてきた。どうやら、憲兵隊の集合場所が、真裏にあるらしい。却って怪しまれない可能性もある。ヴィスカの頭に、そんな小さな希望が生まれた。



 しかし、何故?――



 ヴィスカは、必死で考えた。


浅知恵を働かせた無謀な計画が立ち上がる度に、必死で止めた。

故に、自分を疎ましく思う若い連中が増えてきたのは、確かに感じていた…


 しかし、それ以外に、仲間と生きる道は無い… 無いのだと、信じ続けた――



ヴィスカには、今の生活から抜け出せる誘いもあったが、慕ってきたあいつらを想って、彼らが自立をするまでは、道標を立てるまではと、躊躇った。


 それなのに…



「憲兵さんや」

「なんだ?」


続いて外から、そんな声が届いた。

その一方は、聞き覚えのある声だった。


「ヴィスカって子は、見逃してやってくれんか。あの子は…そんなに悪い子じゃない」

「なんだと?」

「いや、だから…」

「馬鹿を言うな。そいつが指示を出して、何人殺されてると思ってるんだ」

「そんな…あの子は、今日だってワシの荷下ろしを手伝ってくれたんだ」

「そんな事、知るか。捜査の邪魔だ。どけ!」


会話は、そこで途切れた…


ヴィスカ少年は、母が死んだ、あの日以来の涙を流した――

お読みいただき、ありがとうございました。

ヴィスカの少年時代の物語。次話で完結です。

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