第4話 共和国の危機
トコトコとやって来る金髪の少年。
背がわたくしよりも低いので、一見子供のように見えた。でも、どこか大人びてもいた。
「遅いじゃないですかぁ~、エドワード様!」
「すまんすまん。ちょっと緊急事態でね、この方と出逢った」
「この方? ん~…って、女神様のような美人! こ、この銀髪のお姉さん……誰?」
目を白黒させる男の子。
少し落ち着きのない所が可愛い。
「アドニス、この方は共和国の聖女様で名をフィセルという。彼女を領地に連れていく」
「フィセル……?」
アドニスという少年は、こちらを観察してくる。
「な、なんでしょう……」
「フィセルって、あのフィセル様!? 共和国の大聖女様じゃないですか!」
「元ですけど、そうです。わたくしの事を御存知なのですね?」
「当たり前じゃないですか! 大聖女様の名は、帝国まで轟いていますよ。それほど有名なんです」
そうだったんだ。
共和国の外には一度も出た事がなかったし、帝国も名前しか知らなかった。わたくしは、ずっと共和国から出られなかったし、あの将軍の束縛も酷かったから。
あの日々を思い出すだけで吐き気がした。……思い出したくない。
「……」
「あの、フィセル様?」
「ご、ごめんなさい。なんでもないんです」
「分かりました。では、まずは名乗りましょう。ボクは『アドニス』といいます。エドワード様に拾われ、辺境伯領のお手伝いをしている“魔法使い”です」
「アドニスくんって魔法使いなんですか! 初めて見ました……」
「いろいろ出来ますよ~。なので、こき使われていますけどねっ」
ジロッっと冗談っぽくアドニスくんは、エドワード様を見た。
「もうそろそろ日が暮れる。領地を目指すぞ、アドニス」
「はぁ~い。では、フィセル様、エドワード様、馬車にお乗り下さいませ~……って、このヤバイ気配……」
急に焦るアドニスくん。
その顔は恐怖で引き攣っていた。
わたくしも微かに邪悪な気配を感じていた。草原の向こうに……たくさんの気配があるような。
「これって、モンスターでは……」
「さすが大聖女なだけあるな、フィセル。君の言う通り、草原の向こうから大量のモンスターが向かって来ている。このままでは我々は巻き込まれるだろう」
「エドワード様も分かるんですか?」
「ああ、分かる。これほどの規模だからね、邪悪すぎて身震いしているよ。アドニス、敵の数が分かるかな」
エドワード様は、アドニスくんに確認する。
「百、二百ではないね。千、二千ってところでしょう」
「そ、そんなに……!?」
そんな数のモンスターが共和国に向かっているとすれば……ひとたまりもない。今まで、わたくしが『力』を使い、守護していた。だから、モンスターから守られていたし、安全だった。でも、今あの国に大聖女は不在。
「フィセルを追い出したと気付いたモンスター達が向かって来ているんだろうね」
「……どうしましょう」
「こうなってしまっては誰にも止められない。共和国はそれなりの防衛力を保持しているようだけど、大聖女であるフィセル様を失っているから、無事じゃ済まないだろう」
あの悪魔の将軍はともかく、市民の方々が少し心配だった。中にはわたくしを慕ってくれた方々もいたし……それを思うと少し辛い。
けれど、外に出てしまっている以上は共和国を守れない。このような場所からでは有効範囲に届かない。守れてもほんの一部。
「わたくし……」
「辛いだろうけど、これは将軍の選択。彼の責任さ。まあ、でもあの将軍がそう簡単にやられるとも思えない。きっと何か策はあるかも」
そうね、きっと将軍の事だから、それも込みでわたくしを追い出したに違いない。民を見捨てるようで心苦しくもあるけれど、将軍がわたくしを追い出した以上、もう戻れない。振り返らない。
……さようなら、プロセルピナ共和国。