66話 1年1組の魔の手
ドロールはかなりの太っ腹であった。リュートのインチキを笑って許しただけでなく。約束の履行までした。
本人いわく約束を必ず守ることを信条としているらしい。
受け取った情報は”お金では買えない”と言う前口上に恥じないものだった。正直、手に余る。知らない方が良かったまである。
ーーーまあ、今更、後悔しても遅いし、リークだけしておこう。
リュートはその場で担任の教員に手紙を書きポストへと入れた。
検閲されればそれまでだが、学園にも数人しかいない電脳者を警戒してインターネットを避けたのだから十分であろう。
「ただいまー」
リュートは自身の部屋に帰還する。
そろそろゲームがひと段落ついた頃だろうか。そうならば是非、一緒に楽しみたいものである。
「おっ、おかえりー。何買ってきたんだ?」
「あっ、」
リュートはカイトに言われて気づく。ドロールとの掛け合いで何故外に出かけていたのかをすっかりと忘れていたのだ。かなりの時間部屋を開けていたのにその手には戦利品が無かった。
仕方ないので冷蔵庫から缶ジュースを数本取り出し、その中の一つを
「はい、飲む?」
「ん?見た事ないやつだな…ハンバーグ?」
カイトはラベルを確認し疑問符を浮かべた。
ーーーーー
時間が経ちそれぞれが帰路に着く。
「まだ準備期間終わってないから気おつけてね」
現在は夜遅くであり、“拘束”の対象時間外であるが、ポイント関係なく他クラスを襲うことが出来る。
寮内は原則として戦闘禁止である。しかし、男子寮と女子寮の間に戦闘が可能な地域がある。人通りが多く漁夫の利の危険があるため攻撃を仕掛けられることは少ないが用心する事に越したことは無い。
「わかってる。三人で帰るから心配しないで」
サリアが玄関でスリッパを脱ぎ靴を履く。長い尻尾が邪魔になるのでは無いかと思っていたが、器用に利用して体を支えている。
ただ、彼女にこの場所は狭すぎるのだろう。他の人を先に出して空間を広く取っている。
ところで、勘の良い者は気づいたのではないだろうか”三人”である。
先程に述べた通り寮は男子寮と女子寮が別の建物となっている。サリアとアヤメは女子であり女子寮に向かうのは必然ある。だが、もう一人同行者がいる。
コアである。モンスターの核である彼は体を得た段階で部屋を一つ与えられた。そして、体が女の子の姿であったことから女子寮の部屋を与えられたが、僕とカイトは雄だと思ってる。
ーーーーー
ピンポーン
少し時間が経ち部屋のインターホンが鳴った。
ノートを閉じて玄関に向かう。覗き穴を確認するとそこにはサリアがいた。
「忘れ物?」
「いや、違うんだけど…泊めてくれる?」
彼女は申し訳なさそうに両手の指を合わせてもじもじしとている。
「嫌だけど、理由は教えて」
正直、いや、普通に泊めたくない。めんどくさい。でも理由は気になる。
「兄がね、居るのよ多分…絶対いるわ!だから泊めて!」
「昼はちょっと異常だってけど、後で話してみたらそこまでおかしな人じゃなかったよ」
「え…?話したの…?入っていい?」
サリアの声が急に深刻な声色に変わる。
「話したけど…いいよ」
深刻そうなので取り敢えずサリアを中に入れた。
「いい?兄は普段、身内ですら姿を見せることは無いの。で、いざ現れたら一言で身内にとんでもない厄災を爆撃してくとんでもない奴よ!」
「えっと、そんなに?」
ーーーそんな、災害みたいに…
昼に見た彼のサリアに対する態度を考えると、普通の妹大好きな兄ってだけに思える。それなのにこの嫌われようは可哀想に思えてくる。
「はぁ…何話されたの?私は聞きたくないけど。近いうちに死にかけるから覚悟したほうがいいわ」
「あー…」
そういえば、今さっきとんでもない爆弾を落とされていた。さっきのは撤回する。飛んだ疫病神だ。
「耐えられなくなったら遠慮なく言いなさい。責任は取るから」
「わ、分かった」
その後、彼女はドロールのかなり愚痴を吐き出して、自身の部屋に帰って行った。
兄と出会ってしまう可能性については、
「もう、遅いわよ」
だそうである。災害から逃れる術はもう無いらしい。
ーーーーーー
女子寮に帰るサリア。その前にある人影が立ち塞がった。
道化の仮面をつけて、ローブで全身を覆っている。後方には同じローブを着た人間が二人控えており、なんとも物々しい感じである。
「誰?」
ーーー少なくても兄じゃないわね。やり方が違う
「ミリナリス。一年一組のまとめ役です」
「それは、迂闊じゃない?仮面の意味ないわよ」
敵から目を離さぬように戦闘用のコアをセットする。自然公園の時と同じ構成である。
「いいえ、必要なことです」
「そう、すぅー、さ…」
息を大きく吸ってブレスを放とうとする。しかし、
「黙りなさい」
「…ッ!」
ミリナリスの言葉を皮切りにサリアの口が噤がれる。声を出そうにも口を動かすことができない。
ーーー精神魔法!?何故!?
これは通常あり得ないことである。戦闘において効力の高い精神魔法は使用されない。相手の意思を捻じ曲げるほどの魔法は遥か格下にしか通用しないからである。そして、格下ならば普通に制圧したほうが早い。
「…ッ!」
ブレスによる攻撃を諦めて、『炎魔法』で大剣を形成し襲い掛かる。
「止
パシン!
…い」
サリアは地面に尻尾を叩きつけ、ミリナリスの声を掻き消した。しかし、サリアの体は動きを止めた。
「その場に座りなさい。私の魔法は服従魔法。反射的に命令を受け入れるようになるわ。」
「敵に手の内バラしてもいいの?」
追い詰められたサリアの精一杯の強がりである。ほぼ負けが確定している絶望的な状況であるが諦めない。だが、彼女に出来ることはもう何もなかった。
「これは必要なことよ。このローブも仮面も、この会話でさえも同じ。でも、鬱陶から従順になりなさい。そして、あなたに最も必要なものがコレ」
カチャ
ミリナリスは紫色のコアが嵌められたチョーカーをサリアの首に取り付けた。
「その魔法を常に発動させなさい。そして、あなたに魔法を掛けた主人は私。この顔と声を覚えなさい。私以外の存在からの命令を受け入れることは許可しないわ」
「………」
サリアは話す事なく従順に話を聞いている。そして、座り込んだまま虚な瞳で次の指示を待っていた。
「あなたは自分で考え、切り捨て可能な工作員としてクラスを崩壊に導きなさい。返事は”はい”よ」
「……はい」




