56話 シルの策略.1
「起きて、お兄ちゃん!」
見知らぬ少女はリオンを膝枕をしてニコリと笑っている。容姿はかなり幼くまさしく幼女であった。
「は?……あ、テメェかシル!!」
リオンは異様な光景に一瞬思考が止まりかけるが、すぐに冷静さを取り戻す。
彼は目の前の幼女がシルだと言う事を見抜いた。
「ど…ウブッ!」
シルの腹を激痛が襲う。彼女は上に飛ばされて天井らしきものに体をぶつけて落下する。
「何で幼女!?俺にそんな趣味はねぇぞ!」
リオンは飛び起きてシルから距離を取る。
「……おいで」
シルは起き上がると座り直して両手を広げた。そして
胸を差し出し優しく笑う。
「お前、いい加減にしろ、でないと今度は蹴り叩き込むぞ」
リオンはシルに対して嫌悪感と怒りを向ける。
「そう…コレはど…ウベフッ!」
シルは変身の途中にも関わらず顔面を蹴り飛ばされた。今度は壁に叩きつけられ、ばたりと倒れる。
「お前はマゾか!?」
リオンは取り乱しシルに一喝する。
シルの体はトウカと同じものになっていた。その完成度は実の兄弟でも違いが分からないほどである。
「待って、リオン、出会い頭に蹴られるほど私たちって仲悪かった?ポンコツも再現しないとダメ?」
シルは起き上がり上目遣いでリオンを見つめる。
「姉貴の見た目で媚びるな…気持ち悪い」
リオンは冷めた冷たい目つきでシルを見下ろす。
「あっ、それ、お土産に記録していい?(きっとマルクが喜ぶ)」
シルはリオンの解答を聞かず、魔法にてリオンの顔の画像を記録した。
「あのなぁ、シル、いい加減にしないと帰るぞ。何がしたい?」
リオンは呆れ、事を進めようと話を切り出す。
「分かったわ、ちょっと待ちなさい…」
シルの容姿はトウカの姿から始めの男性へと変身した。
「ん?僕は攻撃されないみたいだ。何でだろう」
シルは不思議そうに首を傾げる。
「早く」
リオンはシルを急かした。
「僕を自由にして」
シルは側から見ても真面目な様子で言った。
「断る!」
リオンは食い気味に否定した。
「ほらやっぱり~」
シルは「知ってた」とでも言いたそうな顔でリオンを見つめる。
「お前、いくつの研究所を破壊したか覚えてるか?」
リオンは質問を投げかける。
「32個だが、それが何か?」
男性の姿をしたシルは不思議そうに首を傾げる。
「そう言うとこだぞ、お前、ネットで何を学んでんだ…本当に」
リオンは呆れて物も言えないと言った様子である。
「僕だってバカじゃない、しっかりと情報は得ている。でも…人間の規則は人間にしか適用されないじゃないか」
シルは少し寂しそうに肩を落とす。
「おい待て、お前、起動してすぐ何した?」
リオンはシルの言葉に待ったを掛けた。
「え~と…パパとママを襲ったね。…性的な意味で」
シルは質問に答えた後、小さくボソッと付け足した。
「…で、そのあと駆けつけた教員と一戦やらかした。違うか?」
リオンは一応確認を取る。不穏なワードは聞かなかったことにした。
「そうそう、すごく楽しかった。とにかく派手で爽快だったよ。そういえば、リオンも来てたよね」
シルは楽しかった思い出を語る様に話す。
「はぁ、そう言うとこだぞ」
リオンは深くため息をついて言葉を漏らす。
「…テヘッ」
シルは姿を先程の幼女に変えてあざとく笑った。
「……」
リオンは怒りの表情を露わにして拳を握った。
「待って待って待って!」
シルは短い手足をバタつかせ尻を引き摺りながら後ろに下がる。
「ふぅ、どうやら君はこの姿が好きみたいだね」
シルは距離を取った後、男の姿に形を変えて立ち上がる。
「別に好きでもないが…言いたいことがあるなら早く言え。遺言くらいは聞いてやる」
リオンは最後に質問をする。
同情をしない訳では無い。しかし、シルの様な制御不能で知恵の回るモンスターを人間社会に解き放つわけにはいかないのである。
特別処置も存在するが、彼はあまりにも強大な力を持ってしまっていた。もし、彼の様な存在が人間に牙を剥いてしまったら、その被害は計り知れない。
「分かったよ、パパとママに伝えといて。『君との間に子供が欲しい』って、分かった?二人だよ!二人。パパとママに一回ずつ、計2回言うんだよ!いいね?」
シルは間違いが起こらぬ様に何度も確認を取る。
「少し、いや、かなり気味が悪いが、しっかりと伝えとく…(やけに軽い遺言だな)…ん?」
リオンはシルの言動に違和感を覚えチラリと見る。すると、ニヤリと笑うシルが目に入った。
「…でも、大丈夫。自分で言うから」
シルが得意げに宣言した。




