25話 スパイ疑惑
放心状態から覚めたリュートは与えられた部屋へと向かった。
「コア、起きてる?」
リュートは部屋の扉を開いて言った。
(あれ?どうしたのかな?)
返事の無いことを不思議に思いつつ靴を脱ぎコアの元へ向かった。そこには、朝テストに向かった時と同じ状況で思念型コントローラーを繋ぎパソコン向きに置かれたコアの姿があった。
(もしかして、まだ寝てる?)
リュートがコアを持ち上げてコンコンと叩く。
「起きないと砕くよ!」
しかし、返事が無い。
(あれ?)
リュートは部屋を飛び出した。
「おい、それ壊れちまったか?」
部屋を出たばかりのリュートの背後から聴き覚えの無い声がした。
「…ッ!」
リュートはその声の主から敵意を感じ取り反射的に上段蹴りを打った。
ドン!
しかし、それは躱されて扉に当たった。
「ふぅー…オラァ!」
声の主はリュートの背後で拳に息を吹きかけ、頭を思い切り殴った。
ーーーーー
気がつくとリュートは布団で寝かされていた。
「…ッ!」
リュートは飛び上がり周囲を見回すと、ここは取調室のような場所であることがわかった。後方には壁一面の鏡、手前には机か一つ椅子が二つあり、その奥に壁を向いた机と椅子が置かれている。あと、金属と木材で出来た箱と、サラサラとして黒髪で長い触覚のついたポニーテールの髪型をした教員の男が一人手前の椅子に座っている。自分の体や持ち物を調べるがある一点を除いて気絶させられる前と変わっていない。
「そこ座って、そこ」
男は軽い口調で言った。その声は部屋の前で一方的に気絶させられた声の主と同じものだった。リュートが警戒しながらも言われるがまま席に座る。
「カツ丼食うか?カツ丼!」
目を輝かせながら男が言った。
「そんな事より聞きたいことがあるんですが、」
リュートが話を切り出そうとする。
ドン!ガチャ、
「話は、カツ丼食ってからにしろ!」
そう言って男はお椀と箸と箸置きを箱から取り出し、机の上にリュートに向けて並べて置いた。
「……」
どうしてもカツ丼を食べさせたいらしい。
「僕の持っていたコア知りませんか?黒い楕円型の原石(※人の手が加えられていないコアだと言うことを強調する時に使う)です。」
リュートはカツ丼を無視して話を切り出す。
「…あー、あれか、教えてやってもいいが話はカツ丼食ってからだ」
男はすこし考えてから、ハッと気づき机の上で手を組み妙な雰囲気を醸し出しながら言った。
「……」
「毒とか自白剤とか入ってねぇから安心して食えって。」
そう言うと男はお椀の蓋を外して机の上に置いた。部屋中にカツ丼の匂いが広がる。嗅いだだけで美味しいと分かるような匂いだ。卵と汁を吸い込んだカツがしなっとして、できたてなのだろうか肉の切れ目で油がキラキラと輝いている。カツの下には、甘だれが染みて茶色くなった玉ねぎと、その出汁とで煮詰められ半熟の卵は米が見えないほどぎっしりと詰まっている。そして、中央にはかいわれ大根の葉っぱが添えられていた。
「……(玉ねぎがいい仕事してる)」
リュートは玉ねぎの風味の重要さを見にしみて感じていた。
「食え!拒否権ねえぞ!」
なかなか食べないリュートに痺れを切らし、首元に人差し指を突きつけて脅しにかかった。
(は、速い、)
リュートはその動きを目で捉えることが出来なかった。
「僕は何でここに…」
「食え!」
リュートがは話を切り出そうとしたが、それを遮り男がリュートを睨みつけて言った。
「…はい」
リュートは渋々箸を動かした。カツは柔らかく箸で簡単に切れ、キラキラとした肉汁が溢れ出た。切ったカツの上に玉ねぎと卵を乗せて、ご飯ごと箸で掬い取り一口食べて箸を置いた。
「おい待て、それだけか?もっと食えよ!」
男が不服そうに言った。
「人の命かかってるので早くコアの場所言ってください」
リュートは重圧のかかった声で男を睨み言った。
「は?……いや、ちょっと待ってろ」
突拍子のない話と嘘をついている様に見えないリュートの態度に戸惑い、何か思い当たることでもあるのか神妙な趣で部屋を出た。
「これくっ付けろ」
男はほんの数秒でコアを持って戻ってきた。
「はい?」
リュートは突拍子のないことに聞き返す。
男はリュートの肩を掴み真剣な顔で目を合わせて言った。
「いいか?これにはマナの違いを区別する機構がある。つまり、お前以外が使うと向こうに伝わるってことだ。それにコイツはモンスターに近い整体をしているらしい。一定時間マナのを注がないと、こときれるようになってやがる。大丈夫だ俺が救ってやる」
するとリュートにコアを手渡した。
「???」
飛躍して進んだ話に困惑しつつも、取り敢えずコアの『結合魔法』を発動させて始め出会った時と同じように手の甲に乗せた。
(そういえば、コアと会って三日目なんだっけ、時間で言うと一日程度の関わりだけと、キャラ濃すぎてもっと一緒にいた気がする。まぁ、大切な友達だから居なくなられるのは困る)
少し時間が経ちコアの元気の良い声がした。
「おはようなのじゃ!」
「コア、お前死ぬかもしれなかったんだぞ」
リュートが涙を堪えながら言った。自身もコアをここまで大切に思っていたと思っておらず不意を突かれて、涙が溢れそうになる。
「何のことじゃ?それよりもここど…うわぁ!誰じゃお主!」
コアが男を見て驚いた。
ドン!ドン!ドン!
部屋にある鏡から壁を叩くような音がした。
「隣うるさいのじゃが、ん?お?お主、血縁にクオン トウカと言うものおらんか?探しているのじゃ」
コアが男に尋ねた。
「何でお前に話さなきゃいけないんだ?それより、お前は誰だ。」
男が先程よりもピリピリとした雰囲気を纏い言った。
「コアじゃ!そんなことより、そんなピリピリしてどうしたのじゃ?」
コアが聞き返す。
「じゃあ、何故お前が姉貴の事を知って…」
ドン!
男の言葉を遮り壁の扉が勢いよく開いた。
「リオン!ソイツは黒よ!ぶっ殺して!」
いきなり部屋に教員の女性が入って襲いかかって来た。その女はコアの記憶で見たコアが最後に戦った女性だった。
リオンはかなり焦った顔をしたと思うと、いつのまにかリュートは部屋の角で尻餅をついていた。
「どう言うことだ!俺はコイツが黒とは思ってない!そう言うならしっかりとした根拠を話してくれ!」
リオンがリュートを庇い言った。
「そっちじゃないわよ!こっち!」
トウカはコアを指さしで言った。
「それは今、調べてるところだろうが!邪魔してぇのか!お前がドア開けたせいで外と連絡で取れちまうじゃねえか!」
リオンが感情的になって言い返す。
「そんなの心配いらないわ。コイツ諜報員じゃないもの!」
トウカがコアを指さす。
「おう、久しぶりなのじゃ!」
コアがトウカに話しかけた。
「黙れ、」
冷徹な声でトウカが言った。
「何がどうなってる!?ソイツが諜報員じゃないなら根拠を言え!お前はいつもいつも言葉が足らねんだよ!言葉にしなくても分かってもらえると思うな!」
リオンが女を睨みつけて言った。
「弟でしょ!それくらい察しなさい!」
女が男にせり寄っていく。
「分かるわけねーだろ。どれだけ自分がアブノーマルか分かってんのか!?バカが!」
リオンが立つ純な罵倒した。
「はぁ!?学生の時あんたの方がずっと成績悪かったでしょ!」
女が顔を真っ赤ににして言い返す。
「あんなので頭の良し悪しが分かるわけねぇよ!教員の言うこと聞いてる脳死良い子ちゃんなら頭良いのか!?」
リオンが煽るように言った。
「そうよね、遅刻魔、トラブルメーカーの問題児のあなたが妥当な評価されるわけ無いものね。で、遅刻魔、トラブルメーカー、露出覗き教通り魔の豚がバカじゃないと?」
トウカが見下すような目で言った。
「おい!最後に変なの入ったぞ!?てか、露出教はお前だろ、痴女が。」
リオンがツッコミを入れたあと急に冷静になって言った。しかし、最後の言葉で空気が変わった。
「その悪口はダメよ。私も好きでやってるわけじゃないの。恥ずかしいのずっと我慢して戦って来たのよ。訂正しなさい。」
急に顔が真顔になり静かになったトウカだが、リュートの目には人を超越した怪物が一瞬にして戦闘態勢になったように感じた。知らない方がいい事もあるとはこう言う事言うのだろう。この怪物が本気で暴れたら比喩でも何でもなく余波だけで死んでしまうことをリュートが全身で感じ取った。
「い」
ドゴーン!
「やいや…そんな事ないのじゃ?」
コアが言葉を言い終わる頃には床には大きなヒビが円状に広がっており、トウカが頭を叩きつけられて地に伏し、まな板の上の鯛のように伸びていた。




