2-4 家政婦契約の変更について
翌朝。
進士は美味しそうな料理の香りで目が覚めた。
久しぶりの清々しい目覚めだった。
昨日突然訪れた家政婦さんのおかげで、思いがけずまともな食事をして、昨夜はぐっすりと眠れたような気がする。
進士は、顔を洗って思い出した。
「今日は、押しかけ家政婦の美春さんを説得して帰ってもらわないといけないな……」
鏡に映った自分を見つめて決意した。
居間に行くと、家政婦の美春がきらきらとした笑顔で出迎えてくれた。
「おはようございます。朝食の準備ができていますよ」
あらためて明るい朝日の中で見ると、美春はとんでもない美少女であった。
黒目黒髪の純和風少女のなかに、日本人離れした美しさと言う相反する要素が見事に調和していた。
美春は、艶やかな黒髪を一つにまとめて白いエプロンを身に着けている。
先ほど、鏡を見て決意した気持ちがゆらいでくる。
食卓には、ご飯とお味噌汁、お新香、鮭の焼き魚、煮物、温泉たまごなどの品々が並んでいた。
食卓に並んでいるのは、まさに高級旅館の日本の朝食である。
寝起きの頭にはなかなか衝撃的な光景だった。
「これ……全部君が作ったの?」
「そうですけど、何か嫌いなものでもありましたか?」
「いや、ちょっとびっくりしてしまって……ありがとう。いただきます」
はじめに良い香りを漂わせていたお味噌汁を手に取った。
しっとりと熱を伝える木製の椀を慎重に持ち上げると、お味噌の香ばしいかおりの中に若干の魚介系のかおりを感じて、それが食欲を誘った。
白い湯気を発する椀の中には、褐色のお味噌の粒子が漂うスープにお麩とワカメとお豆腐が絶妙な配分で漂っていた。
熱々の味噌汁を口に含むと、お味噌とダシのうま味と塩気が口いっぱいに広がって、それだけでとても幸福な気持ちになれた。
その後、いつも朝食を食べない進士が、朝からごはんを三杯もお代わりした。
出勤後。
今日の進士は、いつもより効率的に仕事を進めることができた。
有能家政婦である美春の美味しい食事とふっくらお布団のおかげである。
「課長が押し付けたあの無理難題をこんなに早く片付けたのか!?」
ノルマを達成し、定時に帰宅する進士に職場の同僚も驚きを隠せない。
なお、進士は美春のことで頭がいっぱいであったため、周囲の反応に気付かなかった。
家政婦の美春は、見た目は女子高校生にも見える幼さだが、勤務態度は真面目で過剰なくらいに甲斐甲斐しく進士のお世話をしてくれる。
そして、美春は清楚な言動をする一方で、とても距離感が近いときがある。
それは長年一緒に暮らした家族や恋人同士の距離感であった。
母親のような包容力と妹のような無防備な笑顔があった。
おそらく、その笑顔は進士を無条件で信頼してくれている証なのだ。
自分のどこに彼女から信頼されるような要素があったのかはわからないが、進士にとっては美春は恋愛感情の無い七つも年齢が離れた未成年の少女で、家事万能の有能な家政婦さんである。
万が一にも何か間違いあったら……と、考えるだけでも死にたくなる。
「やはり未成年女子の住み込みはまずい。むしろ俺の精神が持たない」
会社に出勤して正気に戻った進士は、契約の変更を決意しつつ帰宅した。
帰宅後。
「お帰りなさい進士さん!」
自宅のドアを開けると満面の笑顔で出迎えてくれる、小柄な和風美少女の美春。
今日こそ美春を追い返そうと思っていた進士だったが、胸の奥が少し痛くなった。
「ただいま。美春さん。ちょっと話があるのだけど」
思い切って声をかけると美春が近寄ってきた。
やっぱり、この子距離感近くない?
小柄な美春は無防備な笑顔で進士を見上げている。
進士はそれだけのことで先ほどの決意が揺らいできた。
「お仕事お疲れさまでした進士さん。はじめにご飯ですか?お風呂ですか?それとも わ た し ですか?」
「えっ?」
ここは笑うところだったのだろうか。
進士が返事に困ってじっと見ていると、徐々に美春の頬が赤くなってきた。
美春は、色白なので鈍感な進士でも顔色の変化がすぐにわかるのだ。
「あっ! いえ、その……自爆です」
そして、自分の発言に頬を真っ赤にしてうつむく美春。新妻か!?
その後、甲斐甲斐しくお世話をしてくれる美春に対して契約変更を言い出せずに、美春との同居を継続する進士であった。