10-2 銀髪の少年フロイ
進士と下宿屋の三人は、会社の別荘である大きな二階建ての洋館を訪れていた。
この洋館の地下室には、異世界転移のための魔法陣が設置されている。
洋館内の一室では、セレブ感のある若くて美しい女性社長が待っていた。
「ようこそ。私が社長の鬼龍院瑠璃だ」
よく手入れされた髪が赤い光沢を放っていた。
「初めまして。花方雪奈です」「アンネロッテ です」
「ん・・・この人どこかで会ったような」
雪奈は首を傾げたが思い出せなかった。
「社長、転移魔法陣の様子はどうですか」
早速、進士は気になっていたことを聞いてみた。
「予想通り、下宿屋の幽霊と同期して勝手に起動しているようだ」
「目的は、勇者召喚ですか」
「しかも、対象は貴様だろうな」
「進士さんが危険です。転移魔法陣を破壊しましょう」
物騒な美春の発言は珍しい。
「おそらく、ここの魔法陣を破壊したところで召喚は成立するだろう。そうでなければ歴代の勇者召喚の儀式が成り立たないからな」
「そんな・・・」
「まぁ聞け。今日は頼りになる人物を呼んである。紹介しよう、鬼龍院フロイだ」
そこにいたのは、年齢十歳程度の愛らしさ溢れる銀髪の少年だった。
「皆さん、はじめまして」
そう言って、銀髪の少年はちょこんと頭を下げた。
「社長の・・・ご兄弟ですか?」
進士は、お子さんですか?などと聞くようなヘマはしない。
「まぁ、そんなものだ。うちの会社のネットワーク管理者だ」
「えっ、うちのネットワーク管理者はウィザード級だって社内でも有名ですよ?」
「あっ訂正するよ。僕のことはウィザードではなく、大賢者と呼んでほしいな」
銀髪の少年フロイは愛らしく微笑んだ。
一同は、銀髪の少年フロイに案内されて洋館の一室に移動した。
その部屋には電子機器やパソコン関係の機材が大量に設置されていた。
銀髪の少年フロイは語った。
「地下室にある転移魔法陣は、ただのアンテナだ。出力が足りなくて本来の用途では使用できないが異世界からの信号を受信できる」
見た目が十歳の少年が、なにやら専門的な説明を始めたので全員ぽかんとして聞いていた。
「このパソコンで信号を増幅して双方向の通信システムを実現する。召喚者と対話ができれば勇者召喚を中止することができるかもしれない。何か質問は?」
「これは、いつから 利用できるの?」
遠慮がちにアンネロッテが口を開いた
「こんなことあろうかと、すでに完成している!」
まさに大賢者の所業だった。
銀髪の少年フロイは、愛らしくどや顔で微笑んだ。
「早速、通信システムを起動しよう。勇者候補の大湊さんは地下の魔法陣に座っていてくれ。ラジオの周波数を合わせるようなものだ」
進士は大人しく指示に従って、地下室に移動した。
「あとはこのパソコンが勝手にチューニングを開始する。異世界に住む勇者召喚者は、この世界に向けて信号を発しているラジオ局のようなものだ」
パソコン画面に表示されたグラフが100%に到達したときに女性の声が聞こえた。
『・・・勇者さま、世界の破滅が近づいています。人類をお救い下さい・・・』
そして、大型の液晶パネルには、黒目黒髪で仙女のように美しい和風のお姫様の姿が表示されていた。
そのお姫様は、進士の夢に毎夜登場していた女性だった。
「接続テストは成功だ。会話を試みよう」
銀髪の少年フロイが言った。
「僕の名は鬼龍院フロイ。こちらからは魔力が足りずに音声しか送ることができない。すまないがあなたの名前を聞かせてくれ」
『わたくしはサクヤ。大和の国の姫サクヤと申します』
フロイが、眉をひそめた。
「ん?偶然か?サクヤ姫そちらは建国何年だ?」
『はい、今年で建国七九年となりました』
「そうか、神託があったのだな。勇者を召喚するから迎え入れろと」
『そのとおりです』
「そちらの事情は理解した。魔力が尽きそうだ。また連絡する」
そうこう言っているうちに接続が遮断された。
「大賢者様、どういうことですか!」
美春がフロイに詰め寄った。
「美春と言ったな。やはり前世の記憶があるのだな?」
美春は頷いた。
「事情が変わった。勇者を”大湊進士”を大和の国に送還する」
「大賢者様、大和の国はすでにありません。魔王によって破滅しました。だからこそ私たちはここにいるのではないですか?」
「確かに我々にとって、大和の国の破滅は十年以上前の話だ。だが、サクヤ姫は生きていた」
「たしか、建国七九年・・・」
「建国七九年は、無能の勇者と呼ばれた勇者シンシ召喚の年だ。彼はこれから大和の国に召喚されて勇者になる」
「大賢者さまのお話は難しくてわかりません」
「要するに、大和の国は時間が少し巻き戻っている。大湊進士はあの時の戦いをもう一度繰り返すことができる」
美春にも少し心当たりがあった。
初めて出会ったときの進士は、人生に疲れ切ったダメ人間だった。
だが、今の進士は大和の国で出会った頃の勇者シンシにそっくりそのまま似すぎている。
「でも、私たちは負けた。世界の崩壊に巻き込まれて破滅しました。進士さんを向こうへ行かせてしまったら、進士さんがまた死んでしまう。そんなひどいことには耐えられません」
「だから、我々が総力を結集して、万全の状態で彼を送り出すのだ」
「進士さんをもう一度向こうへ行かせるなんて納得できません!」
そう言って、美春は部屋を飛び出した。
「大賢者フロイ、我々全員が大和の国に行ったらなんとかなるんじゃないのか」
鬼龍院社長がフロイに話しかけた。彼女も前世の記憶を持っている。
「それができればな。今の技術では音声しか送ることができない。それに、大和の国の勇者召喚はあくまでも”かみさま”が主体だ。サクヤ姫は、ただの案内役に過ぎないよ」
大賢者フロイは、鬼龍院社長の言葉を否定し愛らしく眉をひそめた。
「考えろ。我々は二度と人類の敗北などという悲劇を繰り返すわけにはいかないんだ」
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登場人物紹介
鬼龍院フロイは、年齢十歳程度の愛らしい銀髪の男の子である。
前世では、大賢者フロイと名乗り、大和の国の魔道具開発に貢献した。
魔石共振式無線通信機は彼の作品である。
転生の秘術で多くの記憶を持って現世に転生したが、生まれた時期が遅くまだ子供の姿である。
現代では、ウイザード級のネットワーク管理者として、鬼龍院が経営している会社のサーバールームに引き籠っている。
なお、大和の国に勇者が召喚された頃の大賢者フロイは、北の森に隠棲する仙人のような銀髪のお爺さんだった。




