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2-1 家政婦さんは不要です(ルート分岐有り)

 大湊進士おおなみ しんしは、黒目黒髪のごくごく普通のサラリーマンである。

 祖父母から管理を受け継いだ少し古いが大きな一軒家に一人で住んでいる。



 ある日曜日。

 進士が一か月ぶりの休日を取得した日。


 昼までしっかり寝たはずなのに、ダルくて何もする気が起きない。

 進士は、ちょっとブラックな会社にお勤めなので、ふだんは何もしたくないダメ人間なのである。


 進士が、今日は寝て過ごそうと決めたとき、玄関のチャイムが鳴った。

 無視をしようかと思ったが、後日再訪問されても面倒だった。


 ドアを開けると小柄で色白な和風美少女が大きな荷物を持って立っていた。

「家政婦派遣協会の方からやってきました」

 そう言って、頭を下げた。


「料金は振り込み済みですので、住み込みで働かせて下さいね」

 白上美春しらかみ みはる。年齢十八歳と名乗った。


 新手の詐欺か?うちは広いが金目のものは何もないぞ?

 突然の美少女の訪問に進士は訝しんだ。


 家政婦の契約書を読むと、依頼人の欄には祖父母の名が記載されていた。


 依頼日は半年ほど前にさかのぼる。

 どうやらそのときに担当してくれる家政婦さんが決まらないままに塩漬けにされていたようだった。

 なお、仕事を依頼した祖父母達は世界一周旅行に出かけているため当分のあいだ帰ってこない。


「せっかく来てもらったところ悪いんだけど」


「はいっ!なんでしょうか?お掃除ですか?お食事ですか?」

 美春は、進士よりも頭ひとつ小さい。

 きらきらした、やる気に満ち溢れた大きな目で見上げられた。


「依頼者が不在なので、今日のところは帰ってくれるかな?」

 進士は申し訳ないとは思ったが、今日は寝て過ごす予定だったのでお断りすることにした。


「……えっ?」

 訳がわからない。といった表情で見つめられた。

 この子まつ毛長いなぁと進士は思った。


「あの……お食事は?」

 美春の手がふるふると震えている。


「大丈夫です。間に合っていますので」

 戸棚にカップめんが残っている。


「お、お掃除しますよ?」

 美春の目が少し潤んでいる。


「今日は予定がありますので」

 寝て過ごす予定があったので、進士は嘘を言っていない。


「そう……ですか」

 やがて、美春の潤んだ目からすーっと透明な雫が頬を伝って顎に向かって落ちた。


「えぇっ?何!どうしたの!?」

 男性は、女の子の涙に弱い。それは、進士も例外ではなかった。


「今日、初仕事だったので……」

 美春は、そう言ってうつむいた。声が少し震えている。

 進士の胸が痛んだ。


「たくさんお世話しようって、張り切ってしまって」

 進士の罪悪感がさらに上昇した。


「それに、お金をいただいていますので……」

 お金をもらうということは責任をまっとうするということだ。

 サラリーマンの進士もそこは良く理解していた。


「あぁっ、うん。お仕事は大事だよね?せっかくなので、お願いしようかな?」


 美春は、潤んだ目で進士を見上げた。

「でも、予定が……」


「べ、別に今日でなくても大丈夫だし?」


「本当ですか?お仕事しても、いいんですか?」


「本当に、どうかよろしくお願いします」

 進士は、頭を下げた。


「ありがとうございます。わたし、全力でお世話しますねっ」

 そう言って、美春も頭を下げた。



「早速、お掃除から始めますね」

 美春は、肩ほどまである艶やかな黒髪を手慣れた様子で一つにまとめた。


「なにか手伝おうか?」

 黙って見ているのは落ち着かない。

 進士は、伊達にブラックな会社にお勤めではないのである。


「うふふ。お掃除は得意なんです。進士さんはどーんと座っていて下さいね?」

 そう言って、美春は広い家の中を清掃し始めた。


 美春の言葉どおり、素人が手を出してもかえって邪魔になりそうな勢いだった。

 美春が一生懸命に働くそのうしろ姿は、見ているだけでこころが洗われるように思えた。


 そして、半日ほどの時間であったのにもかかわず、ほこりだらけだった広い家屋が見違えるように、清潔に磨き上げられた。



 それにしても、美春は張り切りすぎでは無いだろうか。

 進士は少し心配になった。


「あの、白上さん」

 声をかけると美春が進士のそばに寄って来た。


「はい、お呼びですか?」


「疲れていない?少し休んでもいいんだよ?」


「進士さん……そんなに優しくしないで下さい。その、我慢できなくなってしまうので」

 そう言う美春の頬が少し赤い。


「あっ、やっぱり無理をしていたんだね。働きすぎは良くないよ?」


「だ、だめですよ、そんなに甘やかしたりしたら」

 そう言って、少しふらついた美春は進士の裾をそっと掴んだ。

 これは、いけない。やはり、相当お疲れのようだ。進士はそう思った。


「白上さん大丈夫?」


「美春って呼んで下さい……」

 そう言って、潤んだ瞳で進士を見上げた。


「そうだ!疲れた時には糖分だ。先日貰ったイタリア製のチョコレートがある。美春さんはチョコ好きかい?」


「はい、大好きです……」


「よ、良かった。一緒に食べよう」

 あまりにも真っ直ぐに進士を見つめて言うので勘違いしそうになる。

 進士の胸の鼓動がほんの少し高まった。


「あっ、わたしお茶を淹れますね」

 美春は食器の場所がわからないと言うので、二人で一緒に台所に向かった。


「進士さん……実は、生まれる前から好きでした」


「そ、そんなに好きだったの?チョコレート」


「はい、初めは好みのタイプではなかったのですが、いつの間にか好きになってました」


「そう言うこともあるよね」

 本当に心臓に悪い……進士は、内心そう思っていた。


 そうこう言っているうちに台所に到着した。

 進士の住んでいるこの家は古いが大きいので、台所も相応に広くて収納も多い。

 壁一面には、戸棚が設置されて大量の食器が納められてる。


「うちの祖母が料理上手で色々な食器があるんだよ。好きなものを使っていいからね」


 美春は、進士の隣に寄り添って一緒になって戸棚の奥を覗いている。

「わぁ、素敵です。すごい綺麗な食器ですね」


 それにしても、この子距離感近くない?と、進士は思った。

 出会ったばかりのはずなのに、家族や恋人同士の距離感だった。


「どうしたんですか?進士さん」

 美春は無防備な笑顔で微笑んだ。

 その笑顔は、自分を信頼してくれている証に思えて悪い気はしなかった。


「あっ、急須や湯飲みはここにあるよ」

 その後、美春が淹れてくれたお茶は、絶妙な渋味と甘みでとても美味しく感じられた。



「もう、こんな時間。お台所をお借りしますね」

 美春は、清楚なエプロンを身に着けて夕ご飯を調理し始めた。

 冷蔵庫には何も入っていなかったはずなので、食材を持ち込んでいたのだろう。


「今日は、簡単なものしか作れませんが……」

 そう言って出てきた料理は、炊き立てのご飯に、味噌汁、生姜焼き、サラダに綺麗にカットされたフルーツまで付いていた。


 ちなみに、生姜焼きは進士の大好物のひとつである。

 白い湯気と一緒に香ばしい醤油と生姜のかおりが周囲に漂う。

 真っ白なお皿に盛り付けられた、焼き色の着いた豚肉を見ているだけでよだれが出そう。

「私も一緒に頂いてもいいですか?」

「もちろん構わないよ」


 久しぶりに誰かと食べる夕食は、美春の手料理をさらに美味しく感じさせた。

 美春は、進士がご飯を食べている様子を見てずっと機嫌良さそうだった。

 その美春の表情は、わが子を見守る母親のようだったので、進士は少しくすぐったい気分だった。


 そして、いつの間にか少し熱めのお風呂とふっくらとしたお布団が用意されていた。

 進士が甲斐甲斐しくお世話をしてくれる美少女を眺めているうちに、すっかり寝る時間になっていた。


 小柄な和風美少女である美春は、見かけによらず家事万能な有能家政婦さんであった。


 ちなみに、家はとても広いので空き部屋だけはたくさんある。

 美春は、日当たりの良い東側の部屋を使うと言っていた。


「もう帰れ、と言いそびれてしまったなぁ……ま、明日には帰ってもらおう」

 進士が、もう寝ようかと思っていたら、控えめに部屋のドアをノックされた。


「進士さんマッサージはいかがですか?」

 寝巻に着替えた美春が立っていた。


 美春は、少し小柄で進士よりも頭一つ小さい。

 目が大きくて小顔な和風美人だ。

 お風呂上りなのか頬が赤らんでいる。

 色白なので鈍感な進士でも顔色の変化がすぐにわかるのだ。


 そして、とても良い香りがする。

 美春の石鹸とシャンプーの清潔感あふれる良い香りがした。



 ルート分岐:美春のマッサージを

( お断りする ・ お願いする )


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