マッチ売りのメスガキ
街にはひどく寒い日が続いていた。振り続ける雪は街の屋根は真っ白に染め、道行く人の足跡をすぐに消していく。
「マッチ、マッチはいりませんか~♥」
一人の少女が雑踏の中で声を上げていた。古いエプロンの中にたくさんのマッチをいれ、手には一束もっていた。
ぼろを着て靴もはいていない。寒さに震えながら、マッチを売ろうとする姿は哀れさを誘った。
「そこのクソ雑魚労働者のおにーさん、マッチを買いませんか~♥」
声をかけられた青年はぴくりと眉を上げながら、少女の前で立ち止まる。
「今日も死にそうな顔でやっすい賃金のために働いてきたんだね♥」
「うるせえな、おまえほんとに売る気あるのか?」
「うーん、そうなんだよね。こんなにかわいいわたしが売ってるのに誰も買ってくれないんだ~。だから、ねっ、おにーさんお願い♥」
少女はマッチを青年の前に突き出す。その手のマッチがなくなるのと入れ替わりに硬貨が一枚乗せられた。
「まいどあり~、おにいさんってば本当にちょろいよね~。もしかして、ロリコンなの?」
「子供はこんな寒い日にうろちょろしてないで、さっさと家に帰れ。風邪ひくぞ」
「そうしたいけど、もうちょっと売れたら帰るよ」
青年が立ち去った後も少女は道行く人に声をかけ続けたが、売れたのはそれっきりだった。
その日は一段と寒い日だった。道行く人たちも襟を立てて肩をすぼめながら道を急いでいた。
今日は大晦日。今年最後の日だった。
この日も少女はマッチを売っていたが、みんな急がしそうに目の前を通り過ぎていく。誰も立ち止まることはなかった。
「寒いなぁ……」
日が落ち始めてどんどんと寒さがひどくなっていく。少女は手を擦り合わせながら息を吐きかける。だけど、手の平は冷たいままだった。
視線を上げると家々の窓にはろうそくの輝きが広がっていた。暖炉に火がくべられ、ごちそうを前に楽しげな笑顔を浮かべる家族の姿が見えた。
少女の家では父が待っていた。だけど、何も売れなかった少女を迎え入れてはくれない。このまま帰ったら殴られて、また外に追い出されるだけだった。
少しでも寒さから逃げようと軒下を借りて雪をしのぐことにした。小さな足を引き寄せてから体にぴったりとくっつけて丸くなる。それでも、少女の体は冷えていった。
「そーだ、いいこと思いついた♥」
少女はかじかんだ指でマッチを擦った。しゅっという音の後に温かい炎が現れた。手をかざすとほんのりと温めてくれた。けれどすぐに燃え尽きてしまい、すぐに寒さが戻ってきた。
すぐに新しいマッチに火をつけるとふたたび明るさが戻った。すると不思議なことに輝く炎の先に鉄のストーブが見えた気がした。手をのばして温まろうとしたが、小さな炎は消えてストーブも消えてしまった。
「…………そんなのあるわけないよね」
手の中にはマッチの燃えカスが残っているだけだった。
どうせなら、もっと楽しいことを想像したみよう。でも想像は現実に近いものがいい。ありえそうなものじゃないと現実を覆い隠してくれない。
物語みたいな王子様に助けてもらえなくてもいい。
泥臭い印象でちょっと抜けてるけど真面目。まっすぐな目をしている青年の顔を思い浮かべた。マッチが売れなくて困っているとき、声をかけてくれた。
「……あ……れ……? つかないよ、マッチに火がつかないよぉ……」
少女はまた一本新しいマッチをすろうとしたが、かじかんだ指はうまく動いてくれなかった。
「おい、放火魔。いくら寒いからって家に火をつける気か?」
少女が顔をあげると、自分を見下ろす青年と目が合った。これも想像だろうかと思った。
「あれ、お兄さん……? 今日もマッチ買いに来たの?」
ひらひらと舞い降りる雪の中、青年は大きく膨らんだ紙袋を抱えていた。
「実はな、ちょっと食べ物買いすぎたんだ。それで一緒に食べてくれるやつを探している。できれば、すごく腹をすかしているやつがいい」
もしかしたら、これもマッチの火が見せた幻なのかもしれない。手を伸ばしたらきっと消えるだろう。
「なんだよ、体が冷えて立てないのか? ほら」
迷っている少女の前に手が差し伸べられた。大きくて温かそうな手だった。
「……実は、朝から何も食べてないんだ」
「じゃあ、決まりだな」
差し伸べられた手を握ると、少女の体が力強くと引き寄せられる。青年の手が少女の頭や肩に積もった雪を払っていった。
「おにーさん、一緒にすごす恋人とか友達とかいないの?」
「別にそんなのいなくてもいいだろ」
「え、ごめん、ほんとにいなかったんだね」
「マジで謝るな。余計に傷つくだろ」
「ていうか、そこはおまえがいるとか言うところでしょ? こーんなにかわいい女の子が近くにいるんだよ♥」
少女は薔薇のように頬を赤く染め、口元に微笑みを浮かべた。
つないだ手はもう寒くなかった。