第7話:嘆きの森③
それから数えられないほどの魔物を殺した。
この森には始めて殺したオオカミ型の魔物が多く、行動パターンなどを理解して徐々に効率的に殺せるようになっていった。
もちろん複数で囲まれたこともある。
その時は川に引きずりこんだ。
一匹殺すたび、純は精神がすり減っていくのを感じていた。
そして日が昇り日が暮れる、その繰り返しを数えていた結果、今日でこの世界に連れてこられて二週間が経とうとしていた。
今では魔物を殺しても何も思わない。
もちろん生きるためには何か食べないといけなくて、純は木の実や魚を捕まえて命をつないでいた。
キノコは見つけたことはあるものの、どれも見た目が禍々しいものばかりで食べる気にならない。
木の実を食べるとき毒がないか肌に擦り付けて食べるようにしていたが、百発百中ではないようで何度かお腹を壊した。
ごく稀に魔物ではない生き物を捕まえることがある。
捌き方が全く分からないので一応サバイバル番組で見た動物の血抜きという作業をやろうと思ったのだが、やり方を全く覚えていなかったのでとにかく鋭い石で切って血を抜いた。
また冷やした方が良かった気がして川につけたりした。
だからかは分からないが、とりあえずお腹を壊したことはなかった。
火は三本の枝と長い草を三本ひねってできた紐で作った。
サバイバル番組をもっときちんと見ておけばよかったと思ったが、少しでも見ていて本当に良かったと思う。
魔物の石は全て拾ってずっと持っている。
良く水で洗い光に当てるとキラキラ光るその石は、なんだか宝石のような気がするのだ。
しかしこんな格好だ。異世界から来たとすぐにわかってしまうだろうし、仮にこの制服がこの世界で当たり前のものだったとしても、ところどころボロボロで汚れた服を着た人間から石を簡単に買い取ってくれるとは思えない。
また石を売る街もまだ見つけられていない。
石を売ってお金を手に入れられれば、食材も簡単に手に入るのに、と思う。
そして日が昇り目が覚めて、今日も何とか死なずに済んでほっと息を吐く。
夜はいつ魔物や動物に殺されるかわからないのであまり眠ることは出来ないが。
何度も練習したおかげで今では木に登ることもできるようになった。
本当は木の上で眠りたいのだが、グラつく木の上で寝て落ちたりしたくない。
ふと純は川に向かっている最中で、何か大事なことを忘れている気がした。
自分の命に関わる、大事なこと。
「ん?」
中々思い出せないから純はすぐに考えることを止めた。
そのうち思い出せるだろう、と。
しかし川辺で顔を洗い、食材探しをしようと腰を浮かせたとき、突如純の体に激痛が走った。
「ぅ、ぐあああああああああああああ!!!」
内側から壊されるような感覚。
ガンガンと削られ、殴られ、引きちぎられる。
血管が、臓器が、悲鳴を上げる。
純は宰相の言葉を思い出す。
「異世界より来たれし者は、元の世界との大きな違いに体が徐々に内側から崩壊を始めるのです。―——」
そうだった、そして直す方法はこの世界の人間と関係を持ち、身も心も繋がること。
嫌なことを思い出した。
しかしどうする。
純は慌てた。
ここに人間はいない。
動物と関係を持てというのか?どう考えても無理だ。
どっちにしろ死ぬ未来しか見えない。
くそっ、と息を吐く。
何とか痛みを逃せないかと地面に横向きに寝転がり息を浅く吐くが変わった気がしない。
何とか生きてきたのに、ここで終わるのか?
憎しみや怒りによって忘れていた絶望が再び襲い掛かる。
負けてたまるか。
生きるって決めたんだ。
「あ、ああ、う、ぐぅ!」
ギュッと自分の体を抱きしめる。
そして魔力を体内に巡らせた。
慎重に、慎重に。
魔力量が少ないから無駄遣いはできない。
上手くいく自信はない。魔法を信じているわけでも恐怖が抜けたわけでもない。
しかし自分の魔法属性は聖魔法、怪我を直すことが出来る魔法だ。
壊れた血管を、臓器を、一つ一つ治すイメージをする。
するとどうだろう。
あやふやだった感覚がやがてはっきりとして、純はどこが壊れているのかが次第に分かるようになった。
体感で残る魔力はわずか。
慎重に、本当に慎重に、傷を一つ一つ治して、
「っ、はぁ…………」
純は体の崩壊を免れた。
先ほどの痛みが無くなっている。
しかし急激な眠気が純を襲う。恐らく魔力が底をついた。
命からがらまた生き延びた。
これから先、どれほど生きることが出来るのだろうか。
体の崩壊はまだ続くのだろうか。
次に目を覚ました時にまだ生きていれば考えようと眠りについた。




