第5話:嘆きの森
純はすぐに追放された。
手や足を拘束され、馬二頭で引く荷台の上に立たされ、両側を騎士に固定された状態で。
“嘆きの森”へ一直線上の城下町をまるで見せしめのように。
幸いだったのは、国民が石を投げつけたり国王たちと同じように嘲笑することなく、ただ同情の眼差しで見てきたことだ。
いじめの加害者は、実際に手を下している者だけではなく傍観している者も含まれることは分かっている。
もちろん純も理解しているし、同情するくらいなら助けてほしかった。
だがわずかにほっとした。その理由は今は分からなかったが。
あっという間についた追放先の入り口は、五十メートル先さえも木で日の光が隠されて暗く、よく見えない。
しかしここで終わりではないらしい。
突然袋を被せられた。そしてさらに進んでいく。
目が見えていれば道のりを覚え国に戻ってこれるから、その対策のようだ。
戻ってくる気など一切無い純にしてみれば要らない心配だろう。
しばらくして、ようやく揺れが止まった。
随分と整備されていない道のようで三半規管が強くあまり酔わない純でも気持ち悪くなるほどの揺れようだったため、ほっと息を吐く。
次の瞬間
「?!っ、ぐ!!」
物理的な衝撃による強烈な腹痛。
倒れこむ純を受け止めたかと思えば、頭につけていた袋を乱暴にとり、そのまま地べたへと放り出された。
腹痛で意識が朦朧としているところへ更なる追い打ちに、目が霞んでいく。
「ここまでくれば、一日とせずに魔物に食われてるだろうな。」
「早く帰ろうぜ。俺こんなところに長居したくねぇよ。」
「ほら、行くぞ。」
最後に聞こえた騎士たちの言葉。
魔物………。
ふと先日侍女サーリオから教えてもらったことを思い出した。
「魔物とは魔に名を連ねる者の中の意思の無い存在のことを指します。ただ闇に落ち闇に誘われるまま動く生き物です。彼らは常に光を求めて自分とは違う存在を手に入れようとするので、もし魔物に遭遇することがあれば重々気を付けてくださいね―――――。」
その時サーリオがまるで魔物とよく遭遇するような言い方をしたから、この国に魔物はよく出るのかとたずねたのだ。彼女が言うには多くても月に一度、国中に張り巡らされている国壁の隙間を通り抜けて街中に魔物が出現するらしいが、すぐさま駆け付けた騎士たちに倒されてしまうらしい。
他国では毎日魔物が侵入するような国もあり、そんな国と比べれば少ないだろうと答えてくれた。
ならばなぜ、忠告をするのだろう?サーリオはどうして苦し気に笑うのだろう?
その疑問も今解消した。
始めから分かっていたことだったのだ。
なんて間抜けなんだろうか。
純は思う。
(もし起きた時まだ生きているのなら、私は…………。)
*
純の目の前には、父や母と思われる人たちがいる。
いつも通りの朝。リビングで三人一緒に朝ごはんを食べていた。
母よりも父の方が料理が上手で、おいしいのに太らないんだよ、なんて言いながらテーブルの上に乗せられた料理は何度見てもおいしそうだし実際おいしい。
太らないかは、まだ検証中だ。
今日のスケジュールを互いに言い合い、「そんなことするの?!」と笑いあったりしていた。
純は学校のカバンやリュックを背にからい、玄関で靴を履く。
いつもなら一緒に家を出るはずの父と母が来ないことが不思議で、家の中を振り返った。
そこにはまだ寝間着の二人の姿が。
「あれ、どうしたの?今日仕事でしょ?」
二人は身を寄せ合い、こちらを見ているだけ。
不安が押し寄せる。
冷や汗をかいている気がする。
なぜか二人の顔が分からない。毎日毎日見てきたのに分からない。
それなのに、悲し気に笑っていることだけは分かるのだ。
声が出せなくなった。
腕を伸ばしたいのに思う通りに動かず、動きは酷くゆっくりだ。
待って。一人は嫌だ。一緒にいたい。私もそっちに行きたい。
言葉が聞こえていないのか、そもそも言葉は出ていないのか。
父と母は口を開く。
“純。私たちの大切な子。どうか見つけて。あなたは――――”
これは自分の願望が見せる夢だ。
しかし夢はいつだって、欲しいものを与えているようで本当に欲しいものを与えてはくれない。
あなたは、の言葉のその続き。
知る前にどうせ夢から醒めるのに、惨めにも求める。
だから。
「っ!!」
目が覚めたその直後。
「っ、お父さん!お母さん!」
いるはずもない存在に呼びかけ、深く絶望する。
腹を抑えるようにうずくまっていた純は、目の前に広がる草と周囲の暗い雰囲気に現状を理解した。
(あんな夢を見ていたのは、まだこの事実を夢だと思いたかったから……)
気持ちを切り替えよう。
しかしすぐには切り替えられない。
だが早く動かなければ、やがて魔物に襲われるかもしれない。
それでも動きたくない。
意識に反して、いや意識通り体は動かず、近くにあった木に純はもたれかかった。
それにしても最悪な夢を見た。
最悪な現実を忘れさせてくれる幸せすぎる悪夢。
普通ならすぐに消える夢も、このように忘れたい夢に限って鮮明に覚えているから、なお質が悪い。
ギュッと自分の膝を抱え込む。所謂体育座りというやつだ。
気になる最後を見せ、結局あの時父と母が何を言っていたのか分からない。
「っごほ、ごほっ、こほっ、は……」
痛む腹に手をやる。
まだそこまで時間は経っていないのかもしれない。
はぁと息を吐く。
ズルズルと木を支えに立ち上がった。
とりあえず、あの国から遠くへ行かなければ。
自分が死んだことをもしかしたら確認しに来るかもしれない。
そして死んでいないことがばれたら――――――今度こそ殺される。
暗い森を一人歩く。
不安。恐怖。困惑。絶望。
そんな感情が自然と荒くなる息と一緒に出ていかない。
(早く、早く逃げないと。)
誰も傷つけてこない場所へ。
それから大分歩いた。景色はいつまでも変わらないが、もう二時間は歩いただろう。
もしかしたらと、純の中に希望が生まれる。
しかし現実はいつだって残酷だ。
グルルルルルルルルルルルル………
気づけば一匹のオオカミのような魔物が、純の前にいた。




