第3話:異世界召喚③
能力を細部まで調べられた純は次の日から、自分の部屋でお付きの侍女からこの国のことについて教えてもらっているところだった。
国名はロッケンベノーク。
地図を見せてもらうと結構西の方にある国だ。さらに西には海があるが、ここロッケンベノークから海までは結構遠いらしい。逆に東に行くとこれまた海よりも離れた場所に帝国と呼ばれる国がある。
なんか強そう…。とつぶやくと侍女さんから笑われた。
しかし純のつぶやきも間違いではなく、最大の軍事力、最大の領地面積、そして最強の王家が支配する国なんだそうだ。今から約五百年も前は大きな戦争がそこかしこで勃発し、当時の帝国の王となった人はすさまじい手腕でそれらの戦争を治めていったらしい。
帝国、と呼ばれていても国名があるのでは?と尋ねてみたところ、ハルフィーニ、という名前らしい。
国名で呼ばないのは、畏怖と批判の意味を込めているから。
帝国にそんな意味が込められているとは知らなかった。
その他にも歴史やマナーを教えてもらった純だったが、その間決められた範囲の散歩以外に外を出歩くこと、そして勇者である雄人に会うことはできなかった。
きっと今だけだ、後で自由がきくようになる。
ひどくなり始めた頭痛をなんとか堪え、純は異世界で生活をした。
それから三日が経ったある日。
突然部屋に訪問者が現れた。
ノックの後に入ってきたのは宰相と騎士たちだ。
「純様、勉学中に失礼いたします。本日の正午、王女宮にてお茶会が開かれることになり、王女様がぜひジュン様も、と仰っております。ジュン様がこの世界にいらしておよそ五日。そろそろこの国の人間と関りを持ち始めた方が良いと陛下は考えており、私もぜひ参加していただきたいと思っております。ジュン様の意見を尊重したく存じますが、如何致しましょうか?」
深々と頭を下げながら告げる宰相に、純はズキズキと痛む頭で考えようとした。
最近また頭痛がひどい。
マナーについて学んだが、お茶会というものは貴族間で友好を深めるものだ。
自分もぜひ友人が欲しいと思うが、しかし服が無い。
今は制服ではなく動きやすい服を貸してもらっている状態だ。しかしお茶会にはドレスで参加するもの。
「すみません、私はドレスを持っていないので……。」
参加できない。
だが宰相はドレスではなくこの世界に来た時に着ていた服で参加してほしいという。
王女、つまり国王の娘が望んでいるらしい。
参加者は王女の他に公爵家の令嬢が二人、侯爵家の令嬢が一人という少人数で行われるようだ。
「気楽な会です。ありのままのジュン様で参加していただきたい。」
そこまで言われたら断るのも心苦しい。
純は分かったと返事をして、すぐにお茶会への準備を始めた。
行きは一人の騎士が連れて行ってくれることになり、宰相は仕事があるとすでに帰っていた。
久しぶりに制服に身を包んだ純は、ふと自分付きになった侍女のセーリオに頭を下げた。
「いつもお世話をしてくれてありがとうございます。他にもこの国のことをたくさん教えてくれて、感謝してもしきれません。」
「っ、いえ!私は何も……」
「そんなこと言わないでください。セーリオさんがいなかったら、私はきっとこの世界で不安だらけでした。本当に、ありがとうございます。」
ぐっと何かを耐えるように顔を下げた侍女のセーリオ。
胸元で強く握られている手が、なんだか不思議だった。
すると頭痛がまた純に襲い掛かり「うっ」と思わずうめく。
いつもの……ではない。今まで以上の頭痛だった。
(あれ、私今、何が不思議だったんだ……?)
とにかく早くお茶会に行かなければいけない。
純は心配してくれるセーリオを安心させるように笑い、お茶会へと足を向けた。
だから気づかなかった。
セーリオが震えていることに。
*
王女宮は純がいる場所からとても遠く、大分時間がかかってしまった。
「遅れてしまい、申し訳ありません」
習ったばかりのカーテシーと呼ばれるお辞儀を行うと、とてつもない美少女が笑って「気になさらないで」と言った。
「あなたの部屋はここからとても遠いのでしょう?私の方こそごめんなさい。突然お茶会に読んでしまって……。ご迷惑だったわよね……?」
「いえ!誘ってもらってうれしかったです。」
「そう?それは良かったわ!」
花が咲くような笑顔とはこういうものを指すのだろう。
知らず見とれてしまっていた純は、美少女に促されるまま席に着いた。
美少女はやはり王女で、名はミエルリーナ。純より一つ上の十七歳。
一つ一つの所作が美しく、周りにいる誰もがうっとりと彼女を見つめる。
純も例外ではなかった。
しかし頭痛が純を蝕む。
楽しいはずの会話も頭痛のせいで中々頭に入ってこない。
すると突然、ミエルリーナが「そうだわ!」と手を叩き、純に言った。
「ねぇ、ジュン様。私お聞きしたいことがあるのですけど、ジュン様は勇者様と同じ世界からいらしたのよね。勇者様と今でもお話しされているのかしら?」
途端、ドクンと心臓が鳴った。
いや、心臓はいつでも動いて鳴っているんだけど、何か強制力を持って鳴ったのだ。
不自然で、不可解。
しかし純はおかしいと思いつつも、ぼんやりとし始める意識に身を委ねてしまったのだ。
そして口が開き、純は声を出した。
「は……い……。昨夜…も、勇者様……のへ、やへ……行きまし……た………。」
フワフワと浮かぶ意識と反対に、危機感が喉元へと迫る。
「どういうことですの?!」
「?!」
意識が戻ったのは直後。ミエルリーナが悲鳴のような声を上げた瞬間だった。
状況がいまいち理解できない。
周囲を見渡せば、皆が驚愕の目で自分を見ている。
(待って、私は今、何を言ったの……?!)
純が混乱に陥っていても、誰も待ってはくれない。
ミエルリーナはその瞳に涙を浮かべ、周りの令嬢たちは「なんてこと……」とまるで汚いものを見るかのように純を睨む。
「ジュン様、どういうことでしょうか?勇者様はミエルリーナ様とご婚約なさっているのですよ?今では国中に知られている事実。まさか、知らないわけがありませんわよね?」
「え?こ、婚約……?」
そんなこと聞いたこともない。
だって、部屋から出ても見張りの騎士たちや侍女であるサーリオ以外にあったことが無いのだから。
いや、そもそも自分は夜に外へ出たことなどない。
証人は騎士たちやサーリオだ。
ミエルリーナが震える声で彼らに問う。
「侍女よ。あなたにたずねます。このジュン・カツキが人が寝静まったころ、勇者様の部屋へ向かったことは………事実なのですか……?」
大丈夫だ。純は思った。
約五日間。サーリオは異世界から来た純を甲斐甲斐しく世話してくれた。いろんなことを教えてくれた。
それこそ姉、もしくは友人と呼んでも良い仲だ。
だから大丈夫。
サーリオはきっと、真実を話してくれる。
部屋中の人の視線が集中する中、サーリオは震えていた。
ギュッと手を胸の前で強く握りしめ、
「はい………。事実でございます………王女様…………。」
そう口にした。
純は絶望、そして同時に理解した。
“嵌められた”と。
「ここ二日……毎夜部屋を出て、ゆ、勇者様の部屋へ赴いていました……。しかし、勇者様に、部屋に入れてもらえず……すぐにお帰りになって、おりました………。」
じっと見つめる純と目を合わせようとしないセーリオ。
騎士にも目を向けてみるが、誰一人としてセーリオと同じようにこちらを見ようとしなかった。
そして図ったかのようなタイミングで、扉が開かれ、現れたのは国王たちだ。
「話は聞かせてもらった。勇者様からの証言も取れている。王女の婚約者である勇者様を誑かそうとした罪、たとえ異世界からの人間であれ許されるものではない。この者、ジュン・カツキを地下牢へ!会議並びに神託にて罪の判決を下した後、追って知らせるものとする。連れて行け!」
このとき誰も純を守ろうとするものはいなかった。