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第26話:学園生活②

加筆してます

 空から天使が落ちてきたのだと、そう思った。


 教室や移動先、魔法特訓室などの場所を覚えるくらいには学園の生活も慣れてきた純。移動や昼食の多くはシドニーら令嬢たちと過ごした。授業は先頭が嫌とのことで、純とは別。寮と教室の行き来は、ヘザーと過ごしていた。

 その日もシドニーから一緒を強制され、教室間をショートカットできるからと庭を歩いていた。前方で仲良さげに話す少女たちを前に、前の授業で分からなかったことを考えていた純は、ふと自分にかかった陰に気づいて上を見る。同じ時に悲鳴が聞こえた気がしたが、それどころではなかった。頭上から人が落ちてきているのだ。まず考えるのは、このままではどちらかが死ぬということ。しかし純が始めに思ったのは違う。


「てん、し…?」


 頭に浮かぶ白い天使の輪っか。青く光る目。白い衣。そして、天使を象徴する翼。青空を背景にゆっくりと落ちて来た天使に、純は持っていた教材のことなど忘れて手を腕を伸ばす。遂にお迎えが来たのだと、元の世界に帰れるのだと、優しい両親や友人たちに会えるのだと、そう期待した。衝撃が目を覚ましてくれるのに時間は数秒もかからなかっただろう。上から圧し掛かった重さに呻くも、打ち付けた腰以外に特に痛いところはない。醒めた気持ちで目を開けた先にいたのは、天使でも何でもない。白い天使の輪っかは、ただ髪に反射しただけの光。青く光る目は見間違えで、髪と同色の茶色。白い衣なんて大層な呼び方をしたが、ただの制服だ。天使を象徴する翼なんてものはどこにもない。ただ、落ちてくる時に手を広げていただけの事。お迎えなんかではない。人が二階から落ちてきたのだ。


「あの…」


 落ちて来た女子生徒は純の上から微動だにせず、眼鏡の奥から純を凝視する。頭を強く討ちつけなかったのは彼女が咄嗟に手を差し込んでくれたからだが、いつまでも乗られていると痛めた腰も相まって辛い。退いて欲しい、と遠回しに伝えたところ、きちんと伝わったらしい。


「あっ…すみません!…はっ!ぁ、お怪我は、お怪我は、ありませんか?」


 立ち退き、少し遅れてかけられた気遣いと差し伸べられた手を取る。頭を守ってくれたから大丈夫だと伝えようとした時、建物の方から足音がした。見れば数名の女生徒だ。見たことのない彼女らは純を見て顔を青くした。


「も、申し訳ありません!殿下の友人であるお方に、怪我を負わせてしまうなど…!」

「大丈夫で、」

「貴方が!愚図で鈍間で、あんなところから落ちるから!だからいけないのよ!」


 態度を豹変させた彼女たちは、寄ってたかって一人を責める。


「軽く肩を押しただけなのに、本当に大げさなんだから!」

「あっ、違うんです。この子いつもこんな感じで…。ちょっと人よりも遅くて、それで、周りに迷惑かけちゃうことが結構あって。私たちが何回注意しても治らないんですよ」


 言い訳じみた言葉は、自分の行いに少しでも悪を感じているからではないのか。謝罪を繰り返す女子生徒に、純は再度大丈夫であることを告げる。まだ責め続ける彼女たちに口を開こうとした瞬間、次の授業の鐘が鳴った。見物客も当事者である彼女たちも、皆が校舎の方へ走っていくのを見ながら、純は胸内に残ったもやもやを息とともに吐き出す。いじめを見ながら、自分は関係者ではないからと傍観しているような、そんな気分。地面に落ちた教科書を拾って、草を払う。こちらを気まずそうに見るシドニー達を見つけて、あぁ、と声に出ていた。罪悪感なんか抱く必要はない。


(私も貴方たちと同じ、何もしなかった人間だから)


 近づけば「大変でしたわね」とか声をかけられるのを意識半分に聞いていた。


 ジェネヴィーヴは遅刻常習者だった。何でも彼女の祖国とこの国は気温がまるで違うらしく、体が慣れないらしい。基本は昼過ぎから、早くても二限の授業に現れるジェネヴィーヴ。午前中に履修しているものの中で同じものがいくつかあるので、自分の分より少しだが字を綺麗に書くよう努めながらノートを取って、渡した。


「ん~、ジュン?こんな朝早くから、どしたの…?」


 朝早くといっても、寮を出なければ遅刻する時間である。そのため、純は制服を、ジェネヴィーヴは寝巻をと違いがある。聞いていた通り慣れていないのだろう、いつもはキラキラと眩しい姿はどこにもない。髪はボサボサで目は片方半目。口元は手で隠されているが、涙が滲むほどの欠伸。


「これを渡そうと思って」


 差し出されたノートを受け取って、中身を理解したジェネヴィーヴは驚きに目が覚めたらしい。パチリと瞬いた彼女の目から逃げたくなって、すぐに身を引いて教室に向かう。ヨセフに「今日はなんだか気分がよさそうだね」と言われるくらいには、顔に出ていたらしい。指摘されたのがヨセフというのは気に食わないが、それでもいつもより視界が明るく見えた。しかし午後から授業にやって来たジェネヴィーヴによって、それも終わる。


「これからはノート、別に要らないから!基礎知識は全部頭に入ってるから必要ないんだ!先生たちも了承してるから、特に何も言ってこないしね。あっ!でもノート取るのは大変だったよね?お礼がしたいんだけど、いくら欲しいとかある?字すっごく綺麗だったから、軽く見積もって、」

「お金は、いりません」

「え?でもお金ってあるにこしたことはないよ?どこに行くにしても何をするにしても必要だし、あるから生きて行けるし人生楽しくなるし、」

「大丈夫です」

「あら、そう?」


 オッケー!と了承してくれて良かった。授業が始まる。先頭で授業を聞きながら、しかしその内容のほとんどは頭に入らなかった。純の中は、自分の行いに対して恥ずかしいという思いだけがあった。いじめを見過ごした自分を、罪悪感を、他人に優しくすることで解消しようとした。許されることも、行ったことが無くなることもないのに。勝手に「こうしたら喜んでくれるだろう」と決めつけて、から回って、拒否されて勝手に傷ついている。浅ましい考えに、行いに、ただただ恥ずかしい。

 唯一救いは、ジェネヴィーヴがその後も気にせず話しかけ続けてくれたことだ。始めは気まずかったのだが、遠慮なく虫を持って来てはヘザーを気絶させている彼女を見ていると気にしている方があほらしくなる。それに、毎回律儀に反応して気絶するヘザーが可哀そうだった。


 この学園は必ず学園内のクラブに入部しなけらばならないのだそう。説明を受け、純は多方から声をかけられた。シドニーたち令嬢を筆頭に、ヨセフからは生徒会にと声をかけられたが全て丁重にお断りした。話題の異世界人が一体どこに所属するのか。純が入部することで、希少性・話題性から優秀かはさておいて、少なからずクラブの力関係に影響を及ぼしてしまう。ならば勢力を上げるために、自分たちのクラブへ…!入らないのなら、せめてどこのクラブ化だけでも確認し、対策を…!という水面下での推測に反して、純は入部を決めたのは美術部だった。純としては元の世界でも入っていたクラブに入部を決めただけの事。しかし他生徒は胸を撫でおろす。美術クラブは覇権争いに参加していない。変に偏りが出るよりは、影響の少ないクラブに居てもらった方が良い。


 目立たないクラブ故に人数はとても少ない。全員で10にも満たない数に加えて、その多くは書類上入部しているだけでクラブ活動に参加しない、所謂幽霊部員であった。活動日も最低週に一回で、後は皆さんご自由に、となれば好きにするのは当然だろう。勉強もあるので毎日は難しいが、純は週に二回、放課後の時間に美術室で絵を描いていた。一応学内発表の場があるとのことだが、息抜きが来ているほとんどの目的である。


「お茶、入ったよ」

「ありがとうございます、ビルターネン先輩」


 純の他にもう一人、美術クラブの活動に積極的に参加する奇特な生徒がいる。一学年上の、ハリソン・ビルターネン。下位貴族の、家を継ぐ長子でも代わりになり得る次子でもない、五番目の子供であるハリソン。騎士・兵士になろうかとも思っていたらしいのだが、絵の才能を認められ、ならばその道に進むことに決めたらしい。親も特に何も言わないので、自由に好きなことをできる生活は素晴らしいと良い笑顔で話していた。純にとって、彼の側は居心地が良かった。余計な詮索は何もせず、ただお茶を入れてくれたり、当たり障りのない話をしたり。たまに絵についてアドバイスをくれたりと、絵の師にもなってくれる。


「それでここなんだけど、カチュキ…あぁ、ごめん。また分からなくなった」

「いえ、この国の人たちに馴染みがないんだと思います。かつき、です。かつき」

「カ、チュキ?違うな。カチュ、カツァ、カツーキ…。難しい…」

「結構惜しいですよ」


 良い感じだと褒めればそうかなと頭を掻く。純を見て、何かを決意したハリソンは「あの!」と拳を握る。静かな美術室内で声は思っているよりも響く。だから皆、放すときには自然と小さな声になる。拳を握り、なんだか顔も赤いハリソンの今までに見たことない様子に驚きながら、純は曖昧に返事を返した。


「あの、勿論、嫌だったら断って貰っても良いんだけど。その、もしよかったら、お互いの事、名前で呼び合わない…?ぁ、いや!ほら、いつまでも君の事、間違った呼び方で呼ぶのも申し訳ないし、僕のもさ、ビルターネンって、ちょっと長いし!だから、その、呼びやすい方が良いかなって、思って!特別な意図とかは全くないよ!全く!うん!」


 純の困惑した表情から拒否を連想して、慌てるハリソン。一つ年上の彼が、いつもは余裕のある彼が、ただ名前で呼び合いたいと言うだけでこれほど動揺した姿を見せるとは思っていなくて、純は自然と笑っていた。


「フッ…フフッ…そんなに慌てるの、おかしい。別に、名前くらいでそんな、気にしませんよ」

「え、ぁ本当に?」

「本当に」


 緊張した面持ちが、嬉しさでいっぱいになるのを見て、純は心が少し和らいだ気がした。


「そ、それじゃ。えと、…ジュン」

「はい。…ハリソン、先輩」


 気恥ずかしさを感じていたのは純だけではないようだ。ハリソンが言葉に出した時、純も頷く。作業に戻ろうとしたのを止めたのはハリソンだ。


「さっきの、訂正させて欲しいんだ」

「さっきの?」

「うん。特別な意図が全くないってやつ。…本当は、あるから。特別な意図、あったから。それだけは、訂正させてください」

「ぁ…はい…」

「…~~~~っ、作業!止めちゃってごめん!声も大きくなっちゃった!ごめん!続けよう!」


 いつもは気にならないハリソンが、絵に集中するまで気になってしまった。

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