第23話:入学②
最後に王太子が呼ばれる。総勢19名がSクラス、つまりは最上位のクラスだと発表された。どう考えても純の学力は最上位のそれではないのに、と考えたがどうせこんなことをしたのは新入生挨拶をしている彼だけだ。
クラス発表後は新入生から、在校生、理事長等の挨拶が続く。拍手が鳴り響く会場でただ一人、純は窓の外を眺めながら、異世界でもお偉い人の話は長いんだなと思っていた。
「初めまして、諸君。私がこのクラスの担任を務める、ロマーノだ。三年という短い間だが、よろしく」
式が終わり生徒は各クラスに用意された教室に分かれた。教室の形は壇上を前に、席と机が婉曲に用意されており、前から後ろにかけて高くなっている。自由に座って良いと言われた生徒たちの多くは後ろの方に座ったので、純は一番前の窓際に腰を下ろした。
担任の話は簡潔で、明日のスケジュールや学園生活を送る上での注意事項、教室の位置などは事前に配布された地図を見ろと言って終わる。
クラスは顔見知りの人間が多いようで、同じクラスに慣れたことを喜ぶ声が聞こえる。純も知り合いはいるが友達ではないので、早々に寮へ帰ろうと鞄を手に取った。
「久しぶりだね、ジュン」
「………」
「無視?アハハ。やるねぇ」
左後ろからかけられた声に返事せず、誰かの横をすり抜けて教室の出口へ向かう。しかし一筋縄では行かない男だ。
「一か月ぶりだというのに話どころか顔も合わせないなんて、随分な態度じゃないか」
王太子だという彼は有名で、自然と皆の注目を集めるらしい。騒がしかった教室は静まり返り、生徒たちはヨセフの邪魔をしないようにと純と彼の間に人の道を作る。
「僕と君との仲だろ?無視されるのは、悲しいなぁ」
王太子と一体どんな関係なのか。王族を無視するとはなんたる不敬か。興味津々の目を向けられて出口を塞がれた純は、渋々後ろを振り返った。良く出来ましたと笑う男を睨み付けない方が難しい話だ。
「期限ギリギリだったけど、無事に入学できたようで良かった。制服も良く似合ってる。友である君と一緒に、しかも同じクラスで学べるなんて、僕は幸せ者だね。分からないこと、困ったことがあれば、何でも言ってね。何でもかなえてあげるよ。君の為なら、人もお金も惜しまないから」
「……異世界人の為、の間違いでしょ」
「アハハ。…いや本当に、楽しみで仕方ないよ。これからよろしくね」
差し出された手を払い、純は今度こそ出口へ向かう。
わざとクラスメイトたちに聞こえるように話していた。式典で目立っていた純を王族である彼が友だと宣言したことで、余計な手を出して来る輩から守るためか。それとも、親密な関係を仄めかせて周囲に邪推させようとするためか。どちらにしろ、純からすれば一層目立つことには変わらず、迷惑極まりない話なのだ。
目立つことで良いことはあまりない。
寮へ戻る道すがら、早速声をかけられる。絡まれている、の方が正しいだろう。同じ制服の男子生徒三名。しかし学年を識別するものが特になく、顔を全く覚えていないどころか見てもいないのでクラスメイトかも分からない。
彼らは純を呼び止めたが、口を開いて出る内容は的を得ないものばかりだった。「お茶に行きませんか」だとか「いつ頃お暇でしょうか」とか訪ねては、純が質問に答える前に他二人が「お茶ってなんだよ」「男らしくはっきり言え」と茶化す。互いを小突いて「無理だよ」「お前が行けよ」「そんな言うならお前が行けって」純に何か用があるのは確かだが、目の前で見知らぬ他人の小競り合いを見せつけられるのはストレスを感じてしまう。
「お話しがないなら失礼します」
場を後にしようとする純に慌てた彼らは決意したようだった。しかしその決意はあまり良いものではないと、近づいてくる男子生徒の顔を見て理解する。人好きのする笑顔を浮かべているのに、その目はギラギラと光って目の前の獲物をどうやって手に入れるかしか、考えていない。
「突然見知らぬ者に話しかけられたら誰だって警戒しますよね。だというのに我々は貴方の様子に気づかず、申し訳ない。自己紹介は先程も致しました通り、私は伯爵家の者。後ろの彼らも同様に、確かな身分を持っているのでご安心ください。それでお話、なんですけども。ぜひ我々に、貴方の援助をさせていただけないか、というものです」
自己紹介なんかされたかな?と内心で首を捻っていたが、援助という言葉に、ドクッと心臓が動いた気がした。
「初対面でお名前を呼ぶことをお許しください、ジュン様。貴方は、異世界人、なのでしょう?」
ぎらついた目。笑っているが、よくよく見れば歪な口元。興奮した彼らの様子に、純はすぐ理解できてしまった。彼らの横を駆け抜けようとしたが手首を掴まれる。
「な、なぜ逃げるのですか!我々はただ、この世界で一人の貴方を助けたいと思っただけです!」
男子生徒の言葉を聞いて、確かにと思い直す。早合点かもしれない。彼らが純の考えているようなことを考えていないかもしれない。でも勘違いではないと、純は何となく思った。
「先程も申した通り、我々の地位は確かなものです。貴方一人の暮らしを衣食住全て賄うことができるほど、我々は豊かだ」
「遠慮はいりません。この国で生まれ育った我々には、困った人間に手を差べる義務がある」
「ですが、その代わりに……我々と、繋がりを持っていただきたいのです」
「あっ、繋がりと言っても、直ぐに体の関係がどうこうというわけではありません!勿論始めは遠出したり、買い物したり…まぁ行く行くは、身も心も、とは思っておりますが」
「三人の相手をするのは大変でしょうが、ご安心を。我々も助け合いますので、共に頑張りましょう」
「それに貴方は繋がりを持たなければ体が崩壊を起こすとか。我々にとっても、貴方にとっても、悪くない話しだと思いますよ」
一切の悪気なく発せられる言葉たち。音に汚れが付いているわけでもないのに、耳に入らないように塞ぎたかった。つまり彼らは、生活の支援の代わりに、純に体を売れと言っているのだ。
「お断りです」
驚く彼らに驚いてしまう。学園内だから、学生と教師しかいないから、変な人間はいないだろうと思っていたのに。先日話しかけられたバッカスだとかいうモノクロの男くらいしかいないだろうと思っていたのに。逃げようとした純を男子生徒は逃がさない。
「どうして?!破格の話だろう?!何が問題なんだ!」
「全部ですよ!放してください!」
ふと視界の端に見知った顔が見える。逞しい体つきの彼は、イーノクだった。確実にこちらを見たのに、イーノクは純を睨み付けては去っていく。助けてくれることを少し期待していたが、そんなことはなく、期待するだけ無駄だった。
ここからどうやって逃げようかと考えていた純だったが、助けが来た。
「ちょっと貴方たち。そこで何を騒いでいるのですか?」
茶色のロングドレスは皺も埃も一切ない。後ろの高い位置で一つにくくられ、整えられた髪型は揺れも崩れも一切許さない。お堅そうだ、というのが、現れた教師に対して感じた第一印象だった。




