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第20話:遭遇④

 学園は歴史ある由緒正しい家柄の子供が、将来この国を担うために必要な知識や作法、そして人脈を築く場所である。貴族社会の縮図となりうる場所でもあるのだ。成績優秀、魔力豊富な平民も、特例として入学を許されている。


「ジュン様は特例入学となります。異世界人であること、王家が支援をしていることなどを踏まえて、特例中の特例ですね」


 なんとも栄誉なことです。笑顔で話す男性の話を聞き流しながら外を見ていると、学園に到着した。王族含めた貴族たちが通う場所なだけあり、入り口から豪華な学園に純は圧倒される。門からこれほどの装飾をつけているのだ、その内側は一体どうなっているのかと入れば、整備された庭園、噴水、街道かと見間違うほど長い校舎までの道。

 呆然としている間に馬車は目的地に到着する。純が暮らす場所、女子学生寮だ。寮は男と女でそれぞれ分かれている。ヨセフが言っていた通り、寮で生活する者は少ない。個室が用意されており、同室の人間に気を使わなくていいのは嬉しいことだった。

 少ない手荷物とは反対に、部屋に入れば家具一式が用意され、机の上には必要な教材や文房具一式、ベッドの上には学園の制服、クローゼットには寝間着や私服が用意されていた。制服は夏と冬ものが三着ずつ用意されている。体操着も靴も揃っている。恐る恐る身に着けて、サイズがピッタリなことに恐怖を抱かずにはいられない。エイダンがサイズをいつの間にか計測して報告していたのか、ヨセフがあの一瞬で目測で用意したのか定かではないが、どちらにしろピッタリ感と今日学園に入学することを決めたというのに全て完璧に用意されていることも含めて、気持ち悪い。


 軽く扉がノックされる。出れば眼鏡をかけた少女だった。


「あ、その、ぇ、えと、お、音が聞こえて、ご挨拶に…。その、私、隣の者で…。ヘザー・ロペロス、と申します…」


「純です」


 よろしく、というべきか迷う純。よろしくしたいかと言われればそうでもない。彼女もどうすればいいのか分からず、視線をさまよわせている。

 反対の扉が開かれ、「うわぁ~!」と明るい声が聞こえる。見れば金髪に褐色肌の女性がいた。緑の瞳を輝かせた女性は、ニコッと笑う。


「見てみて!そこで捕まえたの!」


 両手を広げて彼女が見せてきたのは、一匹の蜘蛛である。

 小さな悲鳴が横で聞こえるが、目の前の女性は一切気にせず自身の手に乗る蜘蛛にくぎ付けだった。


「この蜘蛛、本でしか見たことなかったから驚き!ここではこんなに簡単に取れちゃうのね!やっぱり本で見るよりも毛は長いし何よりもこのつぶらな瞳が超キュート!あっ、でも大丈夫よ!この子は毒をもたない個体でね、安全!触ってみる?みたい?」

「……遠慮しときます」

「わ、私も、ちょっと…」

「あら、そう?」


 断られても気にした様子はなく、再び蜘蛛に夢中になる女性。純の隣にいる少女は虫が苦手なのか、青い顔で視界に入れないよう頑張って目を背けている。ぴょんと蜘蛛が跳ねて近くの窓から外へ出てしまう。残念な声を出す女性とは反対に、あからさまにほっと吐かれた息が聞こえた。トボトボと戻ってきた女性は、純たちを見て瞬いた。


「そういえば貴方方誰?」


 蜘蛛にばかり意識が向けられており、自己紹介がまだということさえ気づいていなかったようだ。


「純です」


「わ、たしは、えっと、ヘザー・ロペロス、です」


「私はジェネヴィーヴ!ジェネヴィーヴ・カステロ!呼び方はどんなのでも良いよ。ジェネでも、ヴィーヴでも。ジェヴィでも良いけど、呼び捨てはやめてね。気分悪いから!ジェネちゃん、ヴィーヴさんとかならオッケ!よろしくね~!」


 強引に掴まれた手により、三人は握手をすることになる。蜘蛛を触った手で握手をされたと理解したヘザーが白目を向いて倒れた。

 ヘザー、そしてジェネヴィーヴは純の隣。倒れたヘザーを部屋に運ぼうとなったが、ジェネヴィーヴは何か見つけたのか「え、あれ見たことないやつ…。ちょっと待って!」と走ってどこかへ行ってしまった。ヘザーが倒れた原因はジェネヴィーヴにあるのに、と思わずにはいられなかったが、文句をわざわざ言うのはめんどくさいし、既にこの場にいない。ため息を吐いて純はヘザーを抱え、ベッドに寝かせた。部屋の造りは純の部屋と変わらない。洗面台や風呂場につながると思われる扉の位置が少し違うくらいだ。


 自室に戻り少ない荷物を解いていると、再び扉が叩かれる。ヘザーが起きたか、ジェネヴィーヴが戻って来て新種の何かを見せようとしているのか。どちらにしろ出るの嫌だなと思ったが、渋々扉を開ける。しかしそこに立っていたのは寮母だった。何かあったのかと話を聞いて、純は思いっきり顔をしかめた。


 男女それぞれの寮敷地内に異性は侵入することができない。そのため面会者は寮の外で待つことになる。しかし流石王族も通うほどの学園。寮から敷地の門までも十分に距離がある。待たせてやれば良いと心の中の自分が言う。しかし待たせて後から文句を言われるのも想像しただけで気が滅入るため、早歩きで門まで向かう。


 注意が散漫になっていた純は、横の茂みから出て来た人物と衝突する。お互いに地面に倒れ込んだ。


「シドニー様!」

「あぁ、なんということ!お怪我はございませんか?」

「っ、えぇ…。大丈夫よ」


 見れば純とぶつかったと思われる女性と友人が二人。身に纏っているのは学園の制服ではなく私服だったが、刺繍や生地の光沢から高級品を身に着けられるほどの地位、貴族かと推測できた。歳は若く、純と同じ学園の生徒で寮に今日から入るのだろうか。それにしては荷物を一つも持っていない。

 友人の手を借り立ち上がって服に着いた砂や草を払っているのを見て、純も立ち上がると軽く服を払う。


「ぶつかってすみません。注意不足でした。お怪我は、」


 ありませんか、と言葉が続く前に、彼女たちは純の横を通り過ぎる。友人の一人がこちらを一瞥しただけで、他の二人はこちらを見ようともしなかった。まるでそこにいないものとして扱われた気分だ。

 気にしても仕方ないと、純は少し痛む手を摩り、待ち人がいる門へ向かった。


「よっ」


 寮の外で純を待っていたのは、身軽な服を身に纏ったエイダンだった。いつも通りその腰には剣を帯刀している。寮母から聞いた時点で凄く嫌だったが、こうして顔を合わせるともっと嫌になる。しかめっ面を維持する純に、エイダンは苦笑する。


「流石に傷つくんだが」

「お話とは、なんですか?」


 さっさと切り上げようとする純の意図を簡単に理解したエイダンは仕方ないと息を吐いて、それでも笑顔で口を開いた。


「いつものお茶のお誘いだ」

「もう監視は必要ないはずです」


 学園内という多くの人がいる中でエイダンが継続して監視をする必要はない。なにより、彼に純の監視を命じている大本の王族がこの学園に通っているのだ。わざわざ人手を割く必要はないと思うし、純は彼とのお茶会が苦手だった。嫌いだと言っても良い。始めはエイダンも殺そうとした手前、純が首を振ればすぐに引き下がった。しかし一度だけだとお茶をしたことでもう大丈夫とでも思ったのだろう。会う度ほぼ毎回お茶会が開かれることになった。お茶というが、実際は監視の延長。顔を突き合わせて、「昨日はどこに行った」「何を食べた」「誰と話した」と質問攻めにあう。まるで尋問だ。


「監視じゃないぞ。お茶、だ。それに、お前がこの国で暮らして不満が無いかどうか、気になるんだよ。遠くから来た子供を放っておけない。なるべく心配とか気苦労を感じず、楽しく暮らして欲しいもんだ。だろ?」


 不満というならこのお茶会がまさに嫌、と言ってもきっと意味はないのだろう。カールの家から出たら、学園に入学したら、寮に入ったら、面倒なこのお茶会もなくなると思っていたのに。別の場所に用意しているからと歩き出すエイダンの後ろを付いて行く。今までは高頻度であったお茶会が、週に一回になるのは、せめてもの救いだと思った。

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