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第19話:遭遇③

 家に到着して、カールの部屋の扉を叩くのに多くの時間がかかった。干渉するなと言われているのに仕事か何かの邪魔をしてしまう。しかし学園に行けば、干渉することも邪魔することもなくなるのだ。これで最後だからと、純はノックする。


「…なんだ」


 扉の奥から不機嫌な声が聞こえる。けれど純は逃げることなく、「お話があります」と返した。

 しばらくして部屋の中から音がして、扉が開かれる。いつも通り、寝ぐせのついた長髪をまとめて、ひげを生やし、ローブを纏ったカールが姿を現す。眼鏡を押し上げ、頭を掻きながらカールは、灰色の目で純を見た。


「私は仕事をしていて忙しいんだ。話なら簡潔に、」


「あの、学園に、行くことになりました」


「…は?」


 驚くカールに、純は目を見られず俯く。視界には自分と、これまたカールの汚い靴だけが入る。


「偶然王太子殿下と名乗る方から、学園の話を伺って。私、この世界のこと何も知らないから、勉強したいんです」


「何を…。貴族の学校じゃないか。学費はどうする、ここから通うにも遠いぞ。それ以前に、王太子と名乗る男…?どう考えても怪しい話だ」


「学費は、支援してもらいます。通学は、寮に入るので問題ありません」


 王太子のことは確かに純は怪しいと思うが、護衛や男たちの様子を見る限り、本当だと思う。近々書類が届くから、それを確認してもらえば大丈夫だと伝えようとした時、窓から一羽の鳥が入って来た。見たことのない、全身だけではなく、目も嘴も全てが真っ白の鳥。

 驚く純とは違い、カールは腕を伸ばす。


「魔法鳥…?なぜわざわざ」


 腕に止まった鳥にカールが手を伸ばすと、鳥は形を変えてやがて数枚の書類になった。魔法である。

 一番上の紙に目を通したカールは、大きくため息をついて額を手で押さえた。


「…確かに、王太子殿下で間違いないようだな」


 渡されて見ると、入学に必要な手続書類である。手紙が添えられており、ヨセフからだった。


 ———時間ないから、なるべく早くお願いね。書けたら自動で帰るようにしてるから、安心して良いよ


 優しい文言なのに上から目線に感じるのは何故だろう。

 これで王太子のことも、学園のことも信じてもらえる。カールは額に手を当てたまま、何やら難しい顔をしていた。


「…分かった」


「!」


「そもそも私はただ、君を預かるように言われただけだ。君の行動を制限する権利など私にはない。好きにすればいい」


「ぁ、ありがとう、ございます」


 机に書類を置き、早速必要事項を埋めていく純。保護者記入欄があったが、純にこの世界で親はいない。全て書き終えても、欄の空白がやけに目に付いた。まるでお前にはもう、頼ることができる親はいないと、突きつけられている気分だった。

 部屋に帰らず見ていたカールに、純は「書けました」と告げる。全て書いたが、どうやって自動で帰るのだろうか。

 するとカールが手を伸ばして書類を純の手から取った。もしかして当人ではない第三者の確認が必要なのだろうか。書類に目を通していたカールが、あるところで止まる。何か不備でもあったのかと思ったが、カールは指を少し動かしただけで、次のページに移った。


「良いだろう」


 書類を確認し終えた瞬間、紙の束は不思議に折り重なり、始めの白い鳥に戻って窓から外へと飛び出した。

 沈黙が生まれ、気まずさから逃げるために純は自室へ戻ろうとする。寮へ移動するなら、少ないが自分の荷物を整理しなければならない。


「おい」


「え、はい」


 失礼します、と横を通り過ぎようとした純を呼び止めるカール。どうしたのだろうかと純は振り向くが、言葉は続かない。眼鏡の奥の灰色の瞳は、何か言いたげなのに、言い淀む。ようやく口を開いたとき、家の扉が数回ノックされた。


「え、と。私出ますね」


 扉を開けた先にいたのは、髪も服もピシッと整えられた人物だ。後ろには何やら馬車が見える。カールへの客人だと判断した純だったが、目の前の人物が呼んだのはカールではなく純の名前だった。


「お迎えに上がりました。レディ・ジュン」


「れでぃ…?」


 手を差し伸べてくる男性に戸惑う純。カールが間に入ってくれてホッとしてしまう。


「要件を言え」


「殿下からのご指示で、入学手続きを終えられたジュン様をお迎えに参りました。学園の寮まで送り届けるように、と」


 先程入学手続きの書類を送ったばかりだと言うのに、学園への入学は書類さえ書けば良いのか。


「だとしてもだ。早すぎる。入学までまだ一か月以上もあるじゃないか」


「ですが、殿下から可能な限り早くご案内するように、と。ジュン様は早く寮での生活をお望みだから、と伺っていますが…」


 男性の言葉に純は息を飲む。そんなのまるで、ここに居たくないと言っているようなものだ。しかし事実だから否定も出来ない。ただ、カールの顔を見るのが怖かった。


「…そうか」


 カールはただ一言、それ以外には何も言わなかった。


 必要な僅かの荷物を取りに行って、玄関へ向かう途中、カールの部屋近くで足を止める。カールは自分の部屋の前にいた。純が部屋に向かった際に男性と何やら話しているようだったが終わったらしい。仕事で忙しい彼に長時間付き合わせてしまったことが申し訳なった。


「…一週間、お世話になりました。あの、お世話になった分のお金は、ちゃんと返します」


「いらない。子供から金銭を巻き上げるほど、私は貧しくない」


「…すみません」


 再びの沈黙。純はカールにとって所詮、突然押し付けられた、異世界人で少ない魔力しかなくて聖魔法しか使えない、役に立てない厄介な子供だ。しかも一緒に居たのは僅か一週間。他人から干渉されたくないカールからしてみれば、早く出て行って欲しい存在に違いなかった。

 ぎゅっと荷物を掴む手に力が入る。


「家に置いてくださって、本当に、ありがとうございました」


 深く深く頭を下げた。感謝と謝罪の気持ちもあったが、カールの顔が見られなかった。安堵の表情をされても、不快な表情をされても、どんな顔でも嫌だったから。


「…もし、」


 横を通り過ぎた純は、気のせいかと思うほど小さな声を聞いて振り返る。カールは純に背を向けていた。


「…もし、何かあれば、」


「ジュン様。ご用意できましたでしょうか」


 続く言葉は男性の声に途切れる。


「あ、えと、はい」


 返事をして、再度カールを見ても、背中を向けられているから表情が分からない。


「…気を付けろ。貴族は特に、厄介だからな」


「は、はい」


 彼が言いたかったことなのかは分からないまま、男性に連れられて馬車に乗り込む。


「では参りましょう」


 窓から見える家に別れを告げて、純を乗せた馬車は学園へと走り出した。

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