第18話:遭遇②
学校、という言葉の意味を純が考えている間も、ヨセフは離し続ける。
「学校というか、正しくは学園だね。貴族が通い勉学に励む場所なんだけど、君の年齢も同じくらいでしょ?報告には十三歳って書いてたけど、どう見ても十六歳だよね。一体観察者の目はどんなに腑抜けなのかな。この世界に突然召喚されて右も左も分からないし、帰れるかどうかも分からない。ならこの世界の常識について学んで自分の身は自分で守れるようにした方が良いかなって思うんだ。今の所内職をして稼いでいるんだろ?そして買い物を出来ていることから誰かから生活に困らない程度のことは教わったみたいだけど、学園では一般常識や一般素養に加えて、魔法についても実戦形式で学ぶことが可能だよ。それぞれの専門科がきちんと教えてくれるから、何も心配はいらないんだ。君の魔法は今の所聖魔法しか確認できていないけど、もし他の魔法が使えるなら学園という機関は君にとって最高の学び場になること間違いなしだよ。そもそも聖魔法の使い手って少ないから、そこらにいる人に頼るのは難しいと思うな。学園は王城からなら近いし、君も王城に住んで一緒に住めば良いよ」
理解を必要としていない速さで繰り出される情報の必要な部分だけはしっかり脳に入れていく。
「城には行きません」
「あぁ、ごめんごめん。利便性から、ついね。別に自宅か寮か、選択することができるよ」
寮に、純がわずかに反応したのをヨセフは見逃さなかった。
「寮は自治領が遠い、もしくは王都に屋敷を所持してない子女、特例として入学した平民のための場所なんだ。それぞれ個室が用意されていて、整えられた勉強環境、健康的な食事が用意されているよ。お金のことも心配いらない。なんせ君は異世界人だ。特例中の特例だからね、入学金も修学金も生活金も、諸々全て国から支給されるから心配いらないんだよ」
国に恩を受けるのは嫌だ。金を払っただろう、その恩に報いろと言われたくなくて、純は内職をしてお金を貯めて、使った分のお金を元に戻そうとしていたのだから。
「同居人にも苦労をかけることが無くなるよ」
ハッと顔を上げてヨセフを見る。やはり変わらない笑顔。純が一番気にしていたことを正確に突いてくる。やはり不気味だ。
「そ、うですね」
しかし寮に入ることができれば、カールに負担をかける必要もなくなる。更にエイダンからお茶に誘われ話をしようと言われることもなくなるかもしれない。城は絶対に嫌だが、寮であれば良い。それも個室ということだから人を気にする必要もない。
「良かった!ただ、実は入学手続き締め切りまでギリギリでね。一先ず、ここに一筆書いてもらってもいい?」
どこからか護衛が取り出したのは一枚の書類。入学書類のようだ。内容をしっかり確認して、純はサインする。確認したヨセフは「ありがとう」と言い、書類を護衛に渡す。
「後日、君の家に他の手続き書類を送るから記入してくれるかな」
道を塞いでいた護衛が退いて、薄暗い路地裏とは違う明るい人通りが見える。ようやく解放されるのかとホッと息を吐いた純は、護衛の可哀そうにこちらを見る目が見えて、一つの考えが頭を巡る。
目の前のヨセフは先程取引に来たといった。しかしそれが嘘で、そもそも始めから、偶然ではなく純だと分かって話しかけたのなら。純を国の保護という名の監視下に置くことを目的に話しかけてきたというなら。
勢いよく振り返った先で、ヨセフは相変わらず腹の見えない顔で笑ってこちらを見ていた。
(やられた)
優しくしてくれたから。見返りを求めず、苦しんでいた純に水をくれたから、警戒が緩んでいた。王族という確実な地位に、下手なことはしないかもと思っていた。かつてロッケンベノークで、純を騙して陥れたのは王族だというのに。ちゃんと警戒していたはずなのに。
強く睨み付ける純の目など毛ほども痛くないのだろう。
今、あの護衛から書類を奪還するのは可能か。
「やめておいた方が良いよ。怪我をするのは君の方だ」
「…………」
冷静に状況を確認し、どうすれば目の前の敵を一撃で倒せるか、考える純の目が護衛の首に止まる。強敵を倒すには、確実な死を。あのオオカミの魔物も、上手く行けば喉を一突きで殺すことができた。人は殺したことはない。でもあの森での出来事を思い出すと、段々手先が冷えてきて、神経が研ぎ澄まされていく。
恨みを、思い出せば、人も。
明確な殺意に、近くに居た護衛の男が純に剣を突きつけた。動いたら切るという意図を含んだものだった。しかし純は剣を向けてきた男には見向きもしない。例え切られても魔力で治せるから、それよりもただ一人を倒すことだけを考えているのだ。だから剣先が喉に刺さって一筋の血が流れても、一点から視線を逸らすことはない。
誰かが息を飲んだ。
「アハハ。うん、本当に凄いな。一体何があれば、そんな目を、覚悟をすることができるんだろうね」
護衛の男に短く下がれと命令したヨセフは純の前に歩いてくる。
「どちらにしろ、君はずっと監視されている。どこにいようと、君は逃げられない。ならば、利用できるものを最大限に利用することが、賢いやり方だと僕は思うけどね」
伸ばされた手を払いのけた純は、自分で首に手を当てて怪我を治す。
「じゃぁ、また学園で会おうね。ジュン」
ボスとの取引は本当だったのか、裏路地の扉の中へと護衛共々消えてく。
路地裏の入り口に置いていた食材は、護衛の一人が守ってくれていたからか幸いにも無事だった。憐憫を含んだ表情に、ならば助けてくれれば良かったのにと思わずにはいられないが、目の前の人間にぶつけても意味はない。感謝を伝えて、食材を抱えて、カールの家を目指す。
歩きながら、食材の入った籠を強く抱えながら、悔しいと強く思った。
まただ。また、何もできなかった。何もできずに自分の道を勝手に決められた。ロッケンベノークで気づけば周りを全て埋められて、逃げ道を塞がれていたように。相手の望むまま、自分から書類にサインをしたことが、何よりも腹立たしいことだった。本来の狙いを隠して、先に城に住むことを提示、寮での生活ならば良いと思わせる。ヨセフの目的は始めから学園への入学でもなんでもない。より純を自分たちの近くで監視することにあったのだ。手の平の上で転がされたという表現がピッタリだ。
こうなったら、ヨセフが言った通り、使えるものは全て利用してやる。国だろうが、一番偉い王族だろうが。
「いつか、絶対、ぎゃふんって、言わせて、やる!」
吐き出せない苛立ちに足を速めて純はカールの家に走った。




