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第15話:帝国⑤

永らくお待たせいたしました。本日よりまた執筆再開いたします。といっても、そこまで高頻度ではないのですが…!細々とですが書いてまいりますので、どうぞよろしくお願いします。

 熱い。熱い。苦しい。


 純は森の中を一人で走っていた。何から逃げているのかは分からない。でも、逃げなければ、捕まってしまえば、死んでしまう。

 誰か助けてと叫ぶことさえ許されず、純はただただ走った。汗が、息が、苦しくて熱くて、もっと早く走って逃げたいのに、体が重くて前に進まない。捕まりたくない。死にたくない。死にたくない。まだ、まだ死にたくないのに、どうしてこんな目に合わなければならないんだ。


 せっかく生きたいって思えたのに。


 熱い。苦しい。しんどい。体が重い。助けも呼べない純の頭に、優しく誰かが触れる。やめろと払いのけたいのに、体が思うように動かなくて、仕方なく受け入れた。

 大丈夫だよ。そう言われているようで、腹が立つ。何も大丈夫じゃない。死にかけたんだぞ。殺されかけたんだぞ。でも撫でられ続けたら、荒んだ心が次第に和らいでいく。追いかけてきていた何かは、とりあえずここにはいない。熱さや苦しさが消えていく。


「お、父さん…?お母、さん…?」


 零れた涙を誰かが拭う。それは父か母か。夢でも良かった。惨めになろうとも、願望がみせたものでも、父と母に僅かでも会えるなら、なんでも良かった。


 目を覚ました純は見知らぬ部屋のベッドの上で寝かされていた。何か体を拘束するようなものは付けられていない。部屋は木製で、窓からは日の光が差し込んでいる。

 どこまでが夢で、どこからが現実なのか。曖昧な意識がはっきりとしたのは、扉から現れた男を見た瞬間である。純の脳裏に掴まってから牢屋の中での出来事が思い出され、寝起きのだるい体を瞬時に動かして、近くの窓から逃げようとする。


 しかし純の思う通りに体は動いてくれずに、窓枠に手をかけた純の体は力が抜けてその場にへたり込んだ。


「?」


 なぜ体が動かないのか疑問に思うも、男がこちらに近づく足音を聞いて警戒を露わにする。近くにあった枕を抱えて睨み付ける純に、副長であるエイダンは手を上げて「待て待て」と足を止めた。


「別に何もしない。そう警戒すんな」


「…体が動かない。貴方が私に何かした」


「違う違う!俺は何もしてない!お前風邪引いて寝込んでたんだよ!病み上がりだから体が動かないの!」


 確かに、とても熱くて苦しかった記憶がある。あれは風邪を引いていたからだったのか。


「だからほら、早く横になれって。いつまでもそんなとこにいたら、せっかく熱引いたのにまた体調悪くなるぞ?」


 しかし純に近づこうとするエイダンに、純はまた警戒を強めて睨み付けるので、エイダンは「悪かったって!もう近づかないから早くベッドに横になれ!」と、ベッドから離れたドア付近まで下がった。警戒を弱めることなく、純はじっとエイダンを睨み付けるだけ。

 自分に剣を向けてきた男のことなんか信用できないよなとエイダンも諦めた。


「俺はエイダン。帝国の騎士団に所属してる。まずは先に謝罪させてくれ。悪魔と勘違いして手荒な真似をしてしまい、申し訳なかった。二カ月前から発生している悪魔の事件が、一週間前頃からぱったりと無くなって、悪魔が何か企んでいるのではとピリ付いていた、なんて言い訳は意味がないな。本当に申し訳なかった。後日、きちんと詫びをさせてもらう。…だからどうか、その、警戒を解いてもらえないかな?」


 純が見るのはエイダンの腰に差された剣だ。風邪でどれほど寝込んだか知らないが、気絶する前に目の前の男から剣を向けられたことは純の記憶にはまだ新しく残っている。警戒を解くことなど無理な願いだった。

 純の目線に気づいたエイダンは、慌てて帯刀してた剣を外して床に置いて手を上げて、自分は無害だと主張するが、純は変わらずエイダンを睨み付けて警戒を解かない。


「あー…その、どこから来たの?」


「…………」


「お、父さんとお母さんはどこかなー?」


「…………」


「お名前はー…」


「…………」


 女性や子供にはあまり警戒されずに好かれる方だと思っていたが、それはあの犯罪者面の隊長が横にいたからかもしれない。目の前の純の頑なな態度に自分の考えを改める必要がありそうだとエイダンは思った。


「…どうして、そんなことを聞くの?」


「!」


 ようやくの反応にエイダンは顔を輝かせた。純は全てが謎だった。こちらの態度を気にして、剣を床に置いたり、住所や家族など、純のことを聞いたり。今も純がただ質問をしただけでなぜか喜んでいる。謎で、怪しくて、より純が警戒を強めたことなど知らないエイダンは意気揚々と口を開く。


「いや、悪魔じゃないなら人間ってことだろ?騎士としては、保護した人間をそのままにしておけないんだよ。だから詳細を聞いて、元居た場所にちゃんと帰さなきゃなーって。見たところまだ子供だから、一番良いのは親を見つけ出すってこと、なんだけど…」


 純は確かに子どもだ。まだ十六で学生の、何もできない子供だ。しかし元居た場所と言われて思い出すのは、この異世界に召喚された場所、ロッケンベノークである。あそこには帰りたくない。戻りたくない。あそこに戻るくらいなら、目の前の男の目を掻い潜り、何とかここを抜け出さなければ。

 体はまだ怠い。しかし寝起きすぐよりも意識ははっきりとしている。今ならなんとか頑張って、窓から逃げてエイダンを撒けるのではないだろうか。


 純が窓からの脱出を考えている間、同じように何か考え込んでいたエイダンは顎に当てていた手をそのままに純を見た。


「…なぁ、なんでただの子供が”嘆きの森”にいたんだ?」


「!」


「あそこは魔除けの道はあるが、それでも完全とは言えないから普通に魔物が出る。子供一人で生き残れるような場所じゃない。だから、近くに保護者がいるかと思ったが、お前以外に人はいなかった。魔物じゃないけど、黒い髪と黒い目。保護者のいない、帝国の人間でもない」


 じっとこちらを観察するような目線に、純は嫌な感じがする。


「もしかしてお前、異世界の人間か?」

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