セピア
生徒会室に戻ることもできないので、奏丹はそのまま帰宅することにした。
正直なところ、ここ最近怪人たちの出現頻度が上がってきているので、ありがたい。体力がある方ではあるとはいえ、流石に連戦はキツイものがある。
とはいえ、帰宅しても洗濯物を取り込んで畳み、お風呂を沸かして夕飯を作る。主婦業が待っている。
お米は朝出るときにタイマーをセットして炊いてある。あとはおかずを作るだけだ。材料は買いだめしてあるので、買い出しの必要はない。
家事の段取りをイメージしながら帰宅する。
「ただいまー」
「おう、おかえり!」
いつもは部屋に溶けていく言葉に、返す声があった。真栄原…兄の造が既に帰宅していた。
普段はもっと遅いはず。しかも今日奏丹は生徒会を休んでいつもより早めに帰ってきたのだ。
何かあったのだろうか?自分と接触したことで、何か悪影響が?奏丹は、やにわに不安におそわれた。
「あれ?兄さん?こんな早い時間に帰ってるなんて、珍しいね…?」
「おう、ちょっと…な。今日は現場から直帰だったんだ。」
二人とも、なるべく普段通りの会話を心がけていた。不自然にならぬように…。
奏丹は、その現場で何かあったとは知らないはずだから、深くは聞くことができない。造は、守秘義務と兄のプライドがあるから詳しくは話せない。
結局、「造の帰りが早い理由」についての会話は、そこで終わってしまった。
代わりに語ると、造はあの後電話で報告を済ませてヒーローだった少年を医療班に預けたあと「体調が悪くなった」と帰宅した。造にとって衝撃的な体験だったので、心での処理が追いつかなかったのだ。
初めて目の前でヒーローが壊された。ヒーローがヒーローで無くなり、廃人になっていく様を見た。それも、まだ年端もいかない少年のヒーローが。あんな状態になってしまって、彼はこれからどう生きていくのか…。
ダークヒーローの少女。彼女もまた、まだティーンエイジャーであろう。なのに、あの一切の躊躇いも慈悲も削ぎ落とした鋭利な一撃。
自分の呼びかけに一度振り向いたが、光のような速さで街の中に消えてしまった。
一言も発しなかったが、一度は振り向いたのだ。見た目からしても、人間なのは間違いない。
それなら何故、あんな事ができるのか。
造は信じられない…受け止められない気持ちでいっぱいで、正直なところ仕事どころではなくなってしまっていた。
そんな兄の思いを知ってか知らずか、奏丹はいつも通り…何時もより明るく振る舞うようつとめた。
「ぃよっし!じゃあ張り切ってご飯作っちゃおうかな〜。洗濯物とお風呂、兄さんよろしくね♪」
「おい!ってまぁいいか。普段ほとんどお前に任せっぱなしだからなぁ。」
「さすが兄さん!優し〜。ついでに肩もみも頼んじゃおうかな?」
「それは、調子にのりすぎ。」
軽口を叩き合って、奏丹の額を軽く小突いてからベランダへと出ていく。まずは洗濯物を取り込まなければ。
今日は日中よく晴れていたので、洗濯物はよく乾いている。洗濯物を取り込みながら、ふとベランダの隅のプランター菜園を見やる。(経済的だからと、奏丹がネギ類の根を再利用したりしてつくっているものだ。)此方も、天気のおかげで土がすっかり乾いてしまっているようだった。
「奏丹ー!プランター!乾いてるぞー!」
洗濯物を抱えて室内に戻りながら奏丹に知らせる。
「ええ?!もう?今朝だってしっかりあげてから出て…あ!あ~忘れちゃってた!」
と、あわてて何時もキッチン横の棚の上に置いてあるじょうろを手にとり、水を汲む。
「ごめんね〜ネギ太郎〜」
話しかけながら水やりをする奏丹に、思わずくすりとしてしまった。何処か不安定だった造の気持ちが、少し軽くなった気がした。
「ありがとうな、奏丹。お前が居てくれてよかった。」
「…何?急に。」
「いや、別に〜。なんとなくだ。」
「?へんな兄さん。」
そんなやり取りをして、またそれぞれ分担した家事へと戻っていく。
造は奏丹がしていることを知らない。
奏丹は造がしている仕事を知っている。
一方通行の秘密は伸び続けていく。何処まで続くのか。終わりはいつなのか。
「今はまだ…」
この穏やかな日常が少しでも長くあるようにと…奏丹は祈った。