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アンチヒーローのすゝめ  作者: 依純
3/5

カーボンブラック

 その決着は一瞬だった。怪人が最後の力を振り絞り、狂声を上げながら漆黒のヒーローに飛びかかっていく。彼女は、虫でも払いのけるかのような最小限の仕草でそれをいなして、すれ違いながら後ろ手に怪人の急所を貫いた。

 彼女が怪人の体を貫いていた長槍を引き抜くと、怪人の体はそのまま前のめりに倒れ込んだ。どうっと重たい音がする。


 立ち尽くしていたヒーローの内、何人かは心のどこかで気づいていた。「次は自分達の番だ」と。

しかし、目の前で起こった事があまりにも衝撃的で、彼等は咄嗟に身体が動かなかった。


 ハッとした時にはもう、その脅威は標的を変えて彼等の眼前に迫っていた。誰かが叫んだ。

「逃げろ‼」

その声を受けて動けたのは数人。

集まったヒーロー達の半数はその一瞬で既に彼等の生命線を壊されていた。

バキンッと嫌な音がヒーロー達の耳朶をうつ。ある者は腕、またある者は腹部、胸部、脚部など各々がそこに着けていた…そこに存在していた大事なものを探して箇所を見やる。しかし、それらは既に粉になって風に消えた跡で、そこには何も残ってはいなかった。

大事なものを失ってしまった、ヒーローだった者達は、ただただその場に呆然とするだけだ。


 彼女は次に、逃げたヒーロー達を追った。四散して逃げた為、全員を追って潰すのは手間だが、仕方ない。彼女にとっては怪人とヒーローを壊すのが使命だ。だから、ここで追跡せずに逃がすことはできない。

幸い、相手が変身を解いていなければ離れていても感知することは可能だ。そして、彼等は今「変身を解いて一般人に紛れる」なんて冷静な判断ができる頭ではないだろう。彼等が冷静さを取り戻す前に潰さなければ。 


まずは一人目。1番足の速そうなヒーローを追った。距離を稼がれると面倒だ。彼のドライブは頭部…額の中央か。武器をスリンガーに変えて、足元を狙う。親指と人さし指の横腹でしっかり掴んで引き絞り………投擲。

スリンガーの玉は見事彼の左膝裏に命中。バランスを崩して倒れ込む。彼が地面に倒れ込む寸前、腹の下に足を滑り込ませて思い切り蹴り上げる。と、ヒーローは横向きに転がっていき、仰向けに倒れる。倒れたヒーローのもとまで行くと、彼女はおもむろにそのヒーローの頭部のヘルメットを引き外し…中央にあるドライブを膝で叩き割った。


ヘルメットをポイと投げ捨て、二人目に意識を向ける。ここからだと、ビル1つ分向こうの路地を走っている少年のヒーローが近いか。

地面を蹴って跳躍すると、電柱、ビルの壁を足がかりに跳んで、あっという間にビルの屋上へとたどり着き、反対側に駆けるとそこから少年めがけて飛び降りていく。

少女一人分+ビルの高さ分のGがかかった重さに、なかば潰されるようにして少年は地面に押しつけられる。見ると、まだ小学校高学年に上がったばかりくらいの年端もいかない少年だ。

しかし、だからといって彼女が情をかけるでもない。

起き上がりついでに、少年の手の甲にあったそれを踏み割った。


その現場を、真栄原は見ていた。見てしまった。

報告書に、それに付属された記録映像にあった、怪人とヒーローを片端から壊していく黒衣の少女。その少女がヒーローを壊す、その瞬間を。

怪人出現の通報を受け、また少女が現れるかもしれないと、真栄原達ダークヒーロー対策本部が現場に急行している途中だった。偶然、路地裏でその現場に行き合ってしまった。

少女は真栄原には気づいていないようで、そのままその場を去ろうとする。


「待て!!」


真栄原は、思わず呼び止めた。が、策はおろかかける言葉さえ思い浮かんではいなかった。それでも、初めて目にした衝撃的なその現場を前に、呼び止める以外のあたまはなかった。

危険だ。逃げろ。頭では警鐘が鳴っているのに、何処か別の頭では「彼女はヒーローと怪人以外には手を出さないのではないか」冷静にそう考えてもいた。


少女は動きを止め、首だけで真栄原を振り返る。仮面のせいで表情は読めない。沈黙が降りる。

彼女は今、何を考えているのだろうか。

耐えきれず、真栄原は次の言葉を探して問いかける。


「君は何故、こんなことを?」


沈黙。少女はただ真栄原の方を向いているだけ。


「君は一体何者で、何が目的なんだ!」


また沈黙。少女は答えない。

回答の変わりなのか、しばらくの沈黙の後に少女は真栄原に何かを投げつけた。それは真栄原の眼前で弾け、辺りには黒い煙が広がっていく。煙幕だ。途端に視界が利かなくなる。煙が気管に入り、息苦しさを感じてゴボゴボと咳き込む。それでも真栄原は必死に煙の向こうを見ようと目を向けた。

煙る幕の向こうで、少女が背を向ける気配がした。


「待て!」


再び引き止めようとするが、さすかに今回は少女も立ち止まってはくれない。

真栄原に背を向けて走り出すと、その背中はあっという間に煙る街の中に消えていった。

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