ダシヌキタイ
ユーフォニアムを片付けながらふと窓の外を眺めると、サッカー部のユニフォーム姿の男子数人と学校の指定ジャージ姿の彩佳が砂場で何やら話しているのが見えた。そこに体育館の入り口から澪が顔を出し彩佳達に手を振っていた。
香菜は澪や彩佳のような女の子が嫌いだし、また嫌われていることも知っている。嫌われている、というよりも馬鹿にされていると言ったほうがふさわしかった。たっぷりと肉のついた腹はセーラー服の上からでも分かるほど出っ張っており肉は少しでも動けば揺れ、丸々とした太い二本の足で歩けばその姿を澪や彩佳は「ブタちゃん」と香菜を陰で呼んでいた。そのことに腹を立てることは何度もあったが、何より許せなかったのは香菜を「ブタちゃん」と呼ぶことで男子との仲をより深めていることだった。
澪や彩佳のような女の子は同じ制服を着ていてもどこか垢抜けていて洒落ている。澪や彩佳のような女の子は皆セーラー服のタイは短く結び、スカートは膝が出るか出ないかの丈に短くし靴下はワンポイントの入ったスポーツソックスを履いていた。そんな女の子達は香菜を馬鹿にしつつ、香菜をダシにすることで男子との仲を深めるのだった。女子バレー部の澪が部活を終えて、体育館の入り口で同じく部活終わりの野球部の男子とたむろし、談笑しているところを香菜は数えきれないほど見てきた。水筒の回し飲みや自分のタオルで男子の頬を拭うところ、どれも澪や彩佳のような女の子にだけ許される行為だった。音楽室の窓から澪を嫉むように目をやりつつも心のどこかで羨む気持ちもないとは言い切れず、むしろ彼女たちの特権を香菜は常に羨んでいた。
体育館の入り口に目を凝らしていると、澪の持っているスポーツタオルに目が止まった。昨日買ったばかりのファッション雑誌に澪の持つスポーツタオルと全く同じタオルが載っていたのを思い出した。『部活でも小物に抜かりなし!』という大きなロゴの下、中学生モデルの女の子がハツラツとした笑顔とともにスポーツタオルを振りかざしていた。あのスポーツタオルだ。『スポーツタオル¥1499+税』というスポーツタオルにしては高い値段であったことを思い出す。そのスポーツタオルはこの辺の洋品店ではなくショッピングモールや東京にまで行かないと買えないのだ。澪は制服の着方だけでなく持ち物まで垢抜けていた。同じ中学生なのに制服の着方も男子との付き合いも持ち物も何から何まで違うことにやり切れない思いと腹立たしさの波が香菜を襲った。無性に腹が立つ香菜の頭にとある考えが浮かんだ。「男子の多い学校に行こう」。相対的に女子が少なくなれば自分にも澪達のような特権を得られる可能性が高くなるのだ。冴えない学校生活を変えてあわよくば彼女たちを出し抜きたい、そんな思いが夕焼けの色とともに強く濃くなっていった。
ユーフォニアムをチューバの隣にしまい顧問にそそくさと挨拶を済ませ帰路を急いだ。男子の多い高校を調べる、その思いが香菜を急かした。太い脚でドスドスと駆ける様はさぞかし滑稽だろうが、そんなことは今の香菜にはどうでも良いことだった。