First Battle ~対峙~
「何でお前がここにいるんだ」
「……」
向こうにしてみれば「何で」もクソもない。目の前に広がる基地を破壊しに来たわけだが、もちろん彼はそういう意味を込めたのではなかった。
"あるはずのない通路"なのだ。到達できるはずもない行き止まりの向こうに存在する場所であるはずなのに……。
彼女は二人を見据えて、言った。
「あなたは、わたしの邪魔をするの?」
「どうしてここがわかった」
「答える必要がある?」
「……」
確かにその通りだ。敵にこのような滑稽な質問をしてしまうのも、動揺がなせる業なのだろう。
(しかし……)
……思えば、この展開を、彼は望んでいた。
大手を振って戦えるではないか。今、背後に広がる基地を護れるのは自分しかいない。戦いに敗れたとしても、意義のある死を遂げることができる。これは立派に名誉のある死といえる。
(おもしれえ)
男の心は躍った。黒い悪魔の前に仁王立ちとなり、すっと腰を落とす。
彼我の距離十メートル。彼にとってもクローラにとっても……射程範囲であった。
「お前はよ」
彼は声を上げた。
「殺戮データーとか言われてるけどよ。絶対に不意打ちをしないよな」
今までの戦歴が物語っている。
これは、単なる攻撃プログラムとしては稀有なことであった。押し込み強盗のようにデーターを襲い狂う"ウィルス"と呼ばれる類のデーターとは違うのだ。
実はそのことは大きな違いであり、実世界の病気にしても、ウィルスにはワクチンという形の抗体を作ることができるが、ガン細胞は元が正常な細胞であるために、ヘタな抗体治療は正常な細胞も破壊してしまう。
それと同じで、彼女をフィルタなどで選別すると、他の正常なデーターのやりとりも遮断してしまうという問題があり、なおさら彼女の対策を困難にしていた。
「ひょっとして、俺が攻撃しない限りは、お前は攻撃ができねぇんじゃねぇか?」
「答える必要はある?」
「ためしにお前からかかってこいよ」
「あなたが邪魔をしないなら、わたしはここを通るだけ」
クローラは平然と歩を進めてくる。互い、直撃すれば一撃で相手をしとめる力を持っている。距離が縮まれば縮まるほど、反応もできぬ刹那の殺戮が可能であり、一歩、一歩、身を削られる緊張感が、場を張り詰めさせていた。
指先の届く距離……手の届く距離。
……まるで空気に重さがあるかのように、淀みきった殺気を掻き分けて接近するクローラ。……肩と肩が触れる距離を経て、互いは、ゆっくりとすれ違い……。
刹那、彼女は右手を斜め後ろに突き出した。
その手の平に激しく接触する赤い光を帯びた棒状の何か。彼女はそれをむずと掴み、視線を根元へと迅らせた。
「お前がどういった種類のデーターかなんざ、俺にはどうでもいい」
クローラは彼の目を見た時に、この棒を彼が握らせた意図を読んだ。途端、身を翻し棒から手を離し、身体を反転させるとその棒を蹴って遠ざける。同時にまばゆい光を放つ棒。
どのような効果があるのかは知らない。しかし、危険だったことは間違いない。
「さぁ、殺ろうぜ、クローラ!」
棒の横薙ぎが二度三度、女に襲いかかった。それは光を帯び、残像を伴って左右に駆けたが、彼女の体術はその速度を上回り、すべてを空しくする。と、彼女は回転を伴い飛び上がって、極端に足を振り上げた。
(かかと落とし!?)
横薙ぎの撃ち終わりを狙うその一撃は、見上げるとまるで天から鉄槌が降ってくるかのようだ。棒では対応できない。反射的にそれを落とした男は頭の上で腕を十字に切って身を固めた。
間もなく落ちてくるかかとの一撃が、両腕で耐えた彼の身体を貫くことはなかったが、重さを受け止めた彼の足元の地面にひびが入る。
そのまま着地をしたクローラは目の前の男へ腕を伸ばした。指の先端にはデーターを破壊する種が仕込まれていたものの、間一髪飛び退った彼の身体に触れることはかなわない。
褐色肌の男は戦いの谷間を嫌った。
間を与えれば彼女は強制的に体内に侵入し、こちらの中枢を破壊してくる。ダムロアも、自分の目の前で死んでいった三人も、一瞬で身動きを止められてしまった。
そのためのランマルだし、彼はすでにブースターを装着しているから、あるいは対応可能なのかもしれない。が、それも一つの可能性でしかなかった。一撃必殺のリスクを負う前に決着をつけるのが、もっともリスクのない戦いであることは間違いない。
やや距離の離れたその場所で、彼は両腕をクロスした。同時に肩の辺りから三日月形の刃が無数に現れ、中空に散らばりだす。それらは回転して複雑に舞い、各個彼女目指して乱れ飛んだ。
クローラは地面を蹴った。両腰のホルスターから拳銃をそれぞれ抜き、まるで舞を舞うように大きく旋回させて発砲、さらに加速する。彼女の背中には撃ち抜かれた刃がボロボロとこぼれた。
そのまま走りこんでやや身体を浮かすと横薙ぎに蹴りを迅らせる。
男はこれを寸ででかわしながら、すでに迅っている二撃目の後ろ回し蹴りを身をかがめてやり過ごし、
「うおおおおおお!!!!」
そのまま片膝をついて地面に拳をたたきつけた。
崩れる天井。……のように見え、実際はまばゆい光が巨大な円柱状に降ってきて彼らを包み込む。
クローラにはその光の性質が分かったらしい。ありったけの力で大地を蹴って逃れようとしたが、その爆風からは逃れられなかった。
けたたましい爆音が辺りを支配し、激しく吹き飛ばされる女。地面に落ちてもその勢いは止まらず、何度がバウンドし、さらに転げてからうつ伏せで止まった。そのままピクリとも動かない。
爆発というものは、何も吹っ飛んで地面に落ちるだけがダメージではない。
吹き飛ばすだけの巨大なエネルギーが、目に見えない多大な圧力となって周辺へ襲い掛かり、それこそが人体を破壊する要因となる。
彼女は人間ではないので通常の理屈は通らないが、それでも今の爆発で受けた衝撃を何かに例えるなら、高速運行している列車にハネられたのと同じようなものであった。
なお、今の技に関しては男が放った光の円柱内だけらしく、近くにはいても外にいたランマルには影響がないようだ。
ともあれ、そういう威力をクローラは受けた。微動だにしない彼女を見れば勝負あったかに思われるが、男は間髪いれずに追撃を開始……しようとして、それができないことを、動かぬ腰で知った。
(しまった!!)
いつのタイミングだったのだろう。空気が炸裂する寸前か、直後か……。術中にはまった男の心中が苦悶に歪む。
ただ、クローラの方もいまだ立ち上がれるわけではなかった。まるで二人の戦いがそのまま標本となってしまったかのように訪れる静寂。
相打ちといえる空気に場は凍っていたが、これは相打ちではない。
やがてクローラは、立ち上がった。
(負けた……!!)
彼はしかし、絶対にそれを考えるまいと思った。
ダムロアは、まさにこの時、生にしがみついて心中で見苦しく叫んだために、ダムロアなどという名前がついてしまった。では自分は何を考えればいいのだろう。
死には怖さを感じない。どうせ不満の募る世の中だ。戦士が戦いで死ぬ。それも、しかるべき戦いの中で死ねる。
この死には意義があるし自分は勇敢であったはずだ。だから、この死は決して不名誉ではない。そう思えば、彼の心は不思議と落ち着いた。
迫り来るクローラ。悔しさはない。勝てなかったが判断ミスではない。自分は最善を尽くした。
しかしその耳朶にランマルの叫び声が突き刺さる。
「サスケさん!! 初期化成功です!! 動いて!!!」
クローラの右腕が伸びてくる。触れられれば死ぬ。しかし、死を受け入れている彼の動きは鈍い。まるで自己催眠がかかっているかのようだった。
「サスケさん~~~!!!」
叫びも空しく、彼女の手が彼の首筋にかかる……まさにその時、"サスケさん"はいきなり突き飛ばされ、クローラの手は空をきった。
「ばっ!!」
馬鹿野郎!!と男は叫びかけた。叫びたい相手は自分の腰を折り曲げてしがみついている。勢いよく体当たりされたおかげで彼女の攻撃範囲からは逃れたが、おかげでこの少年が危険なポジションに入ってしまった。
「あぶねぇ!!」
ランマルを抱き、思いついた方向へ必死に飛び込む男はクローラの突撃を皮一枚でかわしていた。この少年をそのまま放り投げ、再びクローラを迎え撃つ。
彼女は傷ついてはいるようだが、いまだ戦意は旺盛である。拳で脚で、華麗な連撃を繰り出して守勢に回った男に反撃の糸口を与えない。最後には二丁拳銃を乱射して彼の回避を困難にした。
銃弾のいくつかが命中する。いずれも肩や腰であり、致命傷には至らないまでも痛みは即、パフォーマンスの低下となって表れた。それでも、彼は肉を切らせてそれを反撃の糸口とする。
互いに手足の届くような近距離で、彼はばっと両腕を広げた。
「せゃ!!」
吶喊と共に光り輝く槍が放射線状に飛び、そのいくつかが彼女の胸元を貫く。クローラはたまらず飛び退った。
そのまま一瞬苦い顔をし、彼女は数歩後退。すいと振り返り、通路の向こうへと消えていった。
シン……と静まり返る通路内。が、それも刹那の話だ。
「あぶねえだろが!!!!」
「危なかったのはサスケさんでしたよぉ!!!!」
互いに喉下まで死が近づいていたことをなじりあう。
「お前は死にたくねぇんだろうが!! わざわざ飛び込んでくんな!!」
「僕が飛び込まなかったらサスケさん、死んでましたよぉ!!!」
「俺はサスケじゃねぇ!!」
「サスケさんがいいですっっ!!!」
喧嘩はよく分からない方へ進み、やがて沈静化。
「まぁいいや。とりあえずクローラは撃退した。帰るぞ」
「撃たれたところ、平気なんですかぁ……?」
平気といえば嘘になる。しかし、実際は死んでいるはずの身体だった。痛みはあれど動けるのなら、"平気"と言えるだろう。




