No name ~無名の誇り~
「くそっ!!!」
壁に拳を叩きつけながら、アリの巣のようであるセキュリティーベースを歩くトップエージェント。
心配そうについてくるのはランマルで、「怪我しちゃいますよぉ」などと声をかけているが、男は構わない。
「もう本当にいやだ。頭はいいのかもしれねぇが、アイツが上司だったってのが俺の最大の不幸だ!」
振り上げた拳をどこに下ろしていいのか分からず、ランマルに当り散らす。
「このまま戦いもできずに終わったら、俺は何のために生まれてきたんだよ!!」
「……サスケさんは、戦うためだけに生まれてきたんじゃないですよぉ……」
「俺は戦うために生まれてきたんだよ!!」
ただただ腹の中から産み落とされる人間たちとは違う。データーたちは初めから役割を担って作成されるのだ。もしこの作戦が何らかの理由で失敗し、アイアンウィルが退陣を余儀なくされたら、本当に自分の人生はなんだったんだということになる。
「荒れていやすな」
好き放題怒鳴り散らしていた男に声がかかったのは、二人がアリの巣から出て、セキュリティーベースの正面玄関ともいえる広場に出た時だった。
「お前……」
声の主は通路の脇で座っていた。隣には大きな水晶玉を膝に抱いた女もいる。シャドウイージスのエージェントであるペティルとルーシアであった。
「まだいたのか」
いや、まだ彼らとの共同戦線は解かれていないから、「まだいたのか」の何もないのだが、彼の心は荒れている。つい、語調がきつくなった。
「こんなところでなにをやってるんだ」
「えっと……」
対するこのスナイパーはそのケンカ腰には付き合わず、肩をすくめてすまなそうに言う。
「サボってんす」
「サボる?」
「自分の穴グラに戻っても退屈なもんでね」
「ああ……」
やさぐれてるからかもしれないが、彼がアイアンウィルへと出張してきていることを幸い、時間を潰していることに、一種の共感を覚えた。
「すいやせんね。大した役にも立てず」
「いや、もともとアンタらは他人なんだ。気にする必要はない」
「サスケさんでやしたっけ?」
「ちげーよ」
「だいぶ荒れていやしたが、愚痴でもありゃ、聞きやしょうか?」
「いや、大したことじゃねぇ」
「ま、所詮は互いにコマですわ。ちったぁわかってやれるかもしれやせんぜ」
「……」
黒い皮シャツを見下ろし苦笑いを浮かべる青年。データーが愚痴をこぼすなど栓のないことなのだが、このように自由に話せるのも最後かもしれないのだ。己の不遇をぶちまけてみるのもまた一興か。
そんなサスケの袖を引くランマル。
「……やめましょうよ。軽率です」
するとテンガロンの男は、切れ長の目の端にこの少年を捉えた。
「女子供にはわからねえよ。なぁ? 大将」
「言っときますけどぉ、僕は格好は子供でも皆さんと同じくらいの長さは生きてると思いますよぉ」
「わからねぇんなら一緒だよ。ルーシア」
ペティルは我関せずと中空を仰いでいた娘の名を呼ぶ。
「お前、このお子様とちょいと遊んできな」
ルーシアはうなずき、無言ではあるがランマルのほうへにっこりと微笑んだ。
「僕……」
急にもじもじしだすランマル。小さな声で自分のパートナーを見上げた。
「サスケさんと一緒にいちゃダメですかぁ……?」
しかし、そのいたいけな瞳に対して、彼はけんもほろろに切り捨てた。
「別にここじゃ誰にも狙われねぇよ。いいからちょっと遊んで来い」
パートナーにまでそう言われてしまっては、シュンとして向こうへ行くしかない。
上司への不満というのは、いつの時代も、どんな場所にも存在するものなのだろう。何も生み出さなくても、すべてを吐き出したくなる瞬間がある。
「なるほど……わかりやす」
人間なら飲み屋でアルコールのきつい酒を引っ掛けながら話し、聞く場面なのかもしれないが、彼らデーターにはそういう回路はない。
味気もない通路にザコっと坐ってシラフで談話する中で、彼らは一種、共鳴する部分があったようだ。
沸騰しかけていた気持ちもすっかりと薄れ、いやにスッキリした表情を浮かべているサルエルパンツの男に対して、先に立ち上がったシャドウイージスのスナイパーは言った。
「まぁ、話聞く限り、今回の作戦は巧妙だ。クローラもまんまと引っかかるでしょう。うまくいけばアイアンウィルの旦那の首も繋がるんすから、あんまり悲観しなさんな」
「ああ……わかった。ありがとよ」
どうやら片割れが戻ってきたようだった。首にかかったクマのぬいぐるみをペティルにかざす。
「ふわふわっ!」
「うんうん、ふわふわだな」
ルーシアはペティルの相槌を聞くと、「それみたことか」とランマルのほうを向いた。たぶん、「ふわふわだね」と言ってくれなかったのだろう。というか、何を聞かれているかも分からなかったかもしれない。
「それじゃ、アイアンウィルの健闘を祈ってやす。いつかまた話やしょ」
その、ネコみたいな娘を抱きこむようにきびすを返すと、通路の向こうへ消えていった。
クローラの攻撃目標となる基地の門前に当たる部分。……とはいえ、ただのだだっ広い楕円形の通路なのだが、代わり映えのしない世界の片隅に、アイアンウィルのトップエージェントは降り立った。隣にはランマル。
ふたりとも、来るはずもない敵を待ち構えている。それを思うたびに男は苛立ち、しかし拳を振り下ろす場所もなく、腕を組んだまま立ち尽くすしかない。
対して、クローラを誘い込む偽装通路は物々しい。
エージェントデーターの中でもやや戦力の劣る者を中心に多くの戦士たちが配置され、それが囮であることがわからないように、いくつかキーになるA級エージェントが配置されている。
トップエージェントこそ配置されていないが、アイアンウィルの全力にも近く、もしこれが全滅するようだとその後の運営に大きな影を落とすのではないかとも思われる布陣であった。
ともあれそれだけ物々しい一方での、こちらの静けさだ。あちらがパーティ会場というならば、彼ら二人はまるで会場の場所を間違えて途方に暮れている客のようだった。
「サスケさん」
「サスケやめろ」
「じゃあ、なんて呼んでほしいんですかぁ?」
「どうでもいいよ」
イラつくが、思えば彼がしゃべってくれていないと気が滅入って仕方がない。
「名前がないと呼びにくいです……」
「むぅ……」
腕を組む男。ならば……、
「エンシェントドラゴンと呼んでもらおう」
「サスケさんでいいですかぁ?」
「ディアボロスでもいいな」
「サスケさんでいいですかぁ?」
「聞けよ……」
ランマルは納得しない。
「何でサスケにこだわるんだ」
「……」
すると、彼の整った顔が、やや愁いを帯びた。
「あなたは、サスケさんにちょっと雰囲気が似てるんです」
そして、その表情を払拭するような笑顔を浮かべる。
「だから、サスケさんって呼べたらうれしいなぁって」
「けっ」
彼の細い眉毛が不愉快そうに歪んだ。
「迷惑だ」
「えぇーー……」
消え入りそうなランマルの声。
「サスケさんはもっと優しかったですぅ……」
「だから言ってんだろ。俺はサスケじゃねぇんだよ」
「何でサスケさんじゃイヤなんですかぁ?」
「ふん……」
彼は、戦いの中で栄誉を手に入れた時に、それを称えるような名がつくことを夢見ている。格好のついた名前を自分でつけることは簡単だが、そのような自己満足は彼の望むところではない。
くだらないことのように思えるかもしれないが、本来名前が付くはずもないデーターに尊敬を込めた名がつくというのはつまり、この世界に於ける最高の名誉であり勲章なのだ。言ってみれば、勇者やヒーローに憧れる子供のようなもので、他の価値観のないこの世界では多かれ少なかれ、誰もがみる夢ではあった。
ともあれ、だから、サスケなどというどこの馬の骨か分からないような名前では落ち着きたくはない。
ちなみに、"悪"には名前が付きやすい。クローラもそう。"パンドラ騒動"のパンドラもそう。ぱっと目立つため、道に外れたものの知名度というのは上がりやすい。
が、もちろん彼は何でもかんでも有名になりたいわけではない。"汚名"ではなく"勇名"を馳せたかった。
まぁ……子供じみた夢だ。他人に口にするのはちょっとはばかられた。
「サスケは俺に似合ってねぇ」
「僕にとっては一番尊敬できる名前なのになぁ……」
「せめて俺が知ってる名前にしろよ……ん?」
名も無き男はくっと一方向へ振り返った。
何もない楕円形の通路。この世界の大きさは地球と同等だから、その長さは果てしない。
しかし述べた通り、現在この通路は封鎖されている。クローラに察知されないよう、一時的に基地の機能を最小限に抑えてあるのだ。
この通路は言わば"あるはずのない通路"であり、当然そこに流れる空気は澄み切っていて然るべきであった。
しかし男があらぬ方向を睨みつけたのは……そうではない何かを感じ取ったということ。
(何だ……)
それは、"気配"といえるものだった。その気配はぐんぐんと速度を増し、ついに彼らの目の前に現れる。
「なっ!!」
黒のボディスーツ、金髪の三つ編に、すっと伸びた背筋。……まるで凍っているかのように冷たい、無機質な瞳は、まさしくクローラであった。




