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下書き  作者: 矢久 勝基
一幕 漆黒の脅威
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A boring world ~生殺し~

「ちょっとぉ、待ってくださいよぉぉ……」

 それを追いかけるランマルがいる。声変わりしていない声は甲高く、なおさら少女のようだ。

「何で怒ってるんですかぁ……」

「お前を護りながらどうやってあの女と戦えってんだよ」

 アイアンウィルにいくら反感を持っていても、彼は仕事には忠実なのだ。そこには責任がある。責任を重んじることこそ彼の名誉であり、名誉を護ることこそ、彼の哲学であった。

 だから、任されたからにはやらなければならない。護れといわれれば護るしかないのだが、ストレスはたまる一方だ。

「お前だってキンタマついてんだろが。自分の身は自分で護れよ」

「そんなこと言ったって僕戦士じゃないですしぃ……」

「戦場に立つヤツはみんな戦士なんだよ!」

「そういう考え方は、僕NGなんですけどぉ……」

「じゃあとっとと基地ベースに帰れ」

「僕がいないとサスケさん、死にますよ?」

「サスケじゃねぇ!!」

 それに、と、彼は続けた。

「こんなくだらねぇ世界、いつ死んだっていいよ」

 戦わせてくれるならな。噛みつかんばかりに彼は言う。

「えぇ……?」

 そういえばさっきもそんなことを言っていた。水干姿のランマルは袖を口に当てると、

「サスケさんはぁ、どうして自分がそんなに必要ないと思うんですかぁ?」

「さっきも言っただろ。俺がいなくたって他のヤツが俺の役目をするだけだ」

「すると、ヨノナカの役に立たないから必要ないってことですかぁ?」

「役にたたねぇっつーか、俺がいなくたって世界は回るんだよ」

「すごいなぁ……」

 感心するランマルの意図が分からないサルエルパンツの男は「すごい?」と聞き返した。

「だって、サスケさんは世界から、自分を見ているわけでしょぉ?」

 世界、組織、家族、何でもいいのだが、他を基準に自分が貢献しているかどうかを考え、それに替えがきくから「死んでもいい」と言っていることになる。

「すごいじゃないですかぁ」

「すごくねぇよ。生きる意味がねぇって言ってんだぞ」

「それは、他人のために生まれて生きてることに、意味を感じてるってことですよねぇ? そういう考えがすごいなぁって思います」

「……俺たちデーターはみんなそうじゃねぇのかよ」

 他人の必要があって初めて彼らは生まれる。それが例え使い捨てだとしても、消えるためのものだとしても、だ。

「いやぁ、そうなんですけどぉ、それを基準に"死んでもいい"って思ってるんなら、他人ありきの自分ってことですよねぇ?」

「……」

「僕ら、こんな形でも生まれてきたことが、すごいことだと思うんですよぉ。だから命大事にして、できるだけ楽しみたくないですかぁ?」

 僕なんて自分を飾って結構楽しいですけどね……と、両手を広げてみせた。

「じゃあお前は、人に見せるために着飾ってんじゃねえってか?」

「はい、僕ナルシーですから、自分がかわいく思えればいいんですよぉ」

「着飾ったら他人に見せたくなるだろが」

「なりますよぉ。でも例えばそれで、サスケさんが僕のことかわいいって言ってくれなくてもいいんです」

 ランマルはにっこりと満面の笑みを浮かべた。

「僕、自分のこと大好きですから」

「くだらねぇ……」

「そうやって自分のこと楽しめるようになれば、他人基準で"生きる意味がない"とか思わなくなりますよぉ」

「けっ……」

 くだらない。くだらないが、この少年にここまで食い下がられることが、彼には意外だった。


 こんな世界はつまらない。男は常々思っている。

 人から命令を待ち、命令をされたことだけに従う。頭をちょん切っても脊髄反射だけでしばらく泳ぎ続けるカエルのように、ただ、命令に忠実であればよい。

 こんな世界のどこにカタルシスを求めればよいのか。自分の誇りはどこにある?

 せめて、戦士は戦士らしく、華々しく散っていければ本望だと思うのに、それすらさせてくれないとあらば、生殺しもいいところだ。

 命令を無視し、死にに行くこともできる。しかしそれで果たして本当に自分の満足は得られるのか。

 せっかく生まれてきたのだ。せめてひとつでも、自分の満足がほしい。自分はそれが戦うことだと信じてはいるが、加えてそれが意義のある戦いであってほしい。

 彼の心はその辺りで揺れ動き、確固たる答えが出ずにいる。

 いつ死んでもいいとは言い捨てつつも、煮え切らずにくすぶっているのはそこにあった。


 そして、彼のそういう考え方はエージェントデーターとしては本来不可思議である。

 彼らは首領であるAIエージェントに命令をされたことだけに従う一時ファイルなのだ。

 意見は持っても意思を持たないのが本来だが、『命令を無視し、死にに行くこともできる』という思考はエージェントデーターの分を越えており、AIセキュリティの過渡期を泳ぐ彼らに起きている特記すべき"異常"であった。

 

「近々、大規模なクローラ打倒作戦を行う」

 そういう通達がアイアンウィルからなされた。

 本来、ランマルの処理が有効かを見極めるのが先だし、ミストを割られた原因の解明も急務であるはずなのだが、彼には時間がない。今まで被ってきた損害が、葉巻の男の存在を風前の灯としていることが、人間たちの行うアクセス記録で分かってきた。

 事実上、彼の最後のチャンスと言っていい。

 戦略としては、偽装と暗号化によって、クローラの攻撃対象となる基地ベースとそっくりの偽基地へと誘い込み、彼女を基地ベースの特殊領域に誘致する。そしてその基地自体をシャットダウンして、彼女が二度とエネルギーを得られない状況を作ってしまう……というものだ。

 実世界から俯瞰し補足すれば、偽装サーバーに誘い込んで、その部分のネットワークアダプターのドライバーを無効化するといった方法を用いる。

 リスクは、本来の基地をがら空きにしなければならないところ。逆に、誘い込むために、多くの捨て駒を用意して彼女を突破させなければならないところ。

 採算の合わぬ戦いだが、彼にとっては持ち駒をすべて失っても成功させなければならない作戦であった。

「なぜですか!!!」

 アイアンウィルの部屋に声が響く。

「なぜ俺がおとりの部隊に入ってないんです!?」

「貴様はもぬけの殻となる本来のベースを護ってもらわなければならん。ごく少数で、護りきるとしたらお前を配置するしかない」

「隠蔽工作するんだ! そっちを護ったって来ないんでしょう!?」

「だからとて護らんわけにはいかんだろう!!」

「アンタ、今回で最後かもしれないんでしょう!?」

「……」

 アイアンウィル、思わず口をつぐむ。

「こんな大胆で無茶な作戦を立てるんだ。アンタの首がかかってる一戦だってことくらい、聞かなくたって分かりますよ!」

「……だからこそ、失敗は許されんのだよ!」

 それにおとりはあくまでおとりなのだ。クローラを追い込めばよいのであって、倒せる実力など必要ない。

 同じ理由で、ランマルもおとり側には必要がなかった。すべてのエージェントが殺されても、彼女が虫かごの中へ飛び込んでくれさえすればことはすむのだから。

「貴様は万が一、クローラがそちらに迷い込んだ時に、全力で侵入を阻止してほしい。ランマル君にブースターを渡すから、強制アクセスによる機能の停止にあっても、復帰できるだろう」

「アンタが消えたら俺も消えるんだ!! 今回で最後なら戦わせてください!!」

「これは命令だ!! すぐに配置につけ!!」

 その声を最後に、部屋は静かになった。

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