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下書き  作者: 矢久 勝基
一幕 漆黒の脅威
5/30

Interception ~邀撃~

 それがクローラの走る通路に到達したのはほんの一瞬後だ。

 撃ち下ろしの銃弾が、音もまったく追いつかない速度でクローラに到達する。首筋を深々と穿ち、彼女の活動はそこで停止した。

 ……はずであった。

「なんてぇこった……」

 目を剥いたのはペティルの方だった。水晶玉に映るものは変わらずクローラの首筋ではあったが、その視界に握り締められた左手が映っている。それが、まるで彼に見られていることを知っているかのように、ゆっくりと開かれた。

 ころんと地面に転がる白い弾丸。渇いた音が水晶玉を通して聞こえてきて、狙撃手はハッと我に返る。

 彼はもう一度銃身に向かった。水晶玉はまだ彼女を捉えているのだ。

 タンッ!!

 鋭い音を突き破って再び迅る螺旋の光。

 タンッ!!

 タンッ!!

 彼は同じ動作を三回行った。

 しかし、クローラの動きはまるで柳である。するすると避けられて、後方へ宙を舞われた時、ペティルは思わず口笛を鳴らしてしまっていた。

「こりゃだめだ」

 苦笑わらった。

 ルーシアはそんな男の顎を下から見上げたが、その頭を男の手がなでる。

「やるこた終わった。帰るぞ」

 きょとんとするルーシア。彼が目標を諦めて帰ることなど今までなかった。そういう目をすると、男はまた笑いかけた。

「いいんだよ。それに、そろそろ、そのふわふわクマに、飯を食わせてやらないといけないだろ?」

 ルーシアは「あっ!」と声を上げた。

「ふわふわっ!!」

「うんうん。もう腹も減った頃だろ」

「ふわふわっ!!!」

「だから帰らなきゃな」

 ……納得したようだ。いそいそと水晶玉をしまうと帰る準備を始めるルーシア。

 ペティルはそんな彼女を見つつ、クローラを手がけた者に空恐ろしさを感じていた。


 クローラ接近。各員注意せよ。

 そのメッセージが場にいたエージェントデーター全員の脳裏に響き、皆、それぞれに表情を引き締める。

「狙撃だなんだと、ご大層なことを言ってたが、なにほどでもねぇな」

 浅黒い肌の青年は毒づいて、何もない通路に接地していた腰を浮かして立ち上がる。そして隣の少年を見た。

「本当に護らなきゃだめか? お前」

「護ってくれないと、僕死んじゃいますぅ……」

「エージェントとして戦場に立つんだ。そんなことは覚悟しろよ」

「サスケさん……冷たいです……」

「俺はサスケじゃねぇ」

「いいじゃないですかぁ。どうせ名前もないんですから……」

「だからって勝手につけんなよ」

「じゃあ……本当はどんな名前がいいんですかぁ……?」

「む……」

 頬を赤らめてそっぽを向く男。

「な……名前なんかいらねえよ……」

「……」

 ランマルはそんな彼を見上げて呟く。

「ものすっごく名前に憧れてる顔してますけど……」

「そ、そんなわけあるか!!」

 その様子を見て、含み笑いをするランマル。

「かわいいところ、あるんですねー」

「お前、殺すぞ……」

「ダメですよぉ! サスケさんは僕を護る人ですからね!」

「……護る……か……」

 男の表情が険しくなる。

「クローラはうちの実力者を葬るのに三十秒かからなかった。……実際に護りきれるかはわからんぞ……」

 実力はダムロアに比べてもこの男の方が高い。が、長らく同等に見られてきたのは、ダムロアに、突出した危険感知能力があったからだった。

 しかしそれがろくに作用もせず、彼は殺された。

 実力を出し切る前に畳み掛けられてしまうことなどは、戦いではよくあることだ。相手がクローラだとしても後れはとるまいが、戦いはアプローチの仕方次第でどのようにも転んでしまう。

 護りきる保証ができるほどの余裕はない。……そういう気持ちを込めて、彼はランマルに説いた。

 ランマルは変わらず男を見上げ、その真剣な眼差しを一身に受ける。

「僕も最善を尽くします。お互い、生き残りたいですね」

 ……通路の向こうの雰囲気が黒くよどむ。どうやら来たらしい。


 黒い光は瞬きもしない間に、迎え撃つアイアンウィル勢の元に到達したが、そのまま突っ切ろうとはしなかった。異様な光景がここにある。

 それは、光の三角形だった。楕円状の通路いっぱいに三人の中年男性が、光のそれぞれの角に位置するように浮いていて、彼らがそれぞれに共鳴して三角形を作り出しているように見える。

 その少し奥に、アイアンウィルのトップエージェントとランマルもいた。

「お前がクローラか」

 負けん気の強そうなりりしい顔つき。感情表現に乏しいように見える長身の女性が、褐色肌の男に注意を向ける。彼は続けた。

「ちょっとは話せるのかよ」

「……話すことでもあるの?」

 抑揚はないが、人間らしい反応が返ってきたため、彼は次の言葉を継いだ。

「先に言っておくが、この先はミストが張られてる。この前、お前は侵入できなかったはずだな」

「……」

「ってこたぁこの戦いは無駄だ。それでもやるかよ」

 クローラ、無表情のまま話を聞いていたが、ポツリと言葉をこぼした。

「今回は、大丈夫」

「大丈夫?」

「大丈夫」

 ……何が大丈夫なのか。

「言いたいことはそれだけ?」

「……」

 できれば無益を感じて帰ってほしいと思った。なにせ今回自分が戦えない。しかし、さすがに敵にそんな事情は話せない。

「それだけだ」

「じゃあ死んで」

 クローラが腰を落とす。光の三角形を形成していた三人は、その声に呼応するが如く、行動を開始した。

 彼ら三人の手を始点として光が互いの身体に向かっており、動くとその光も線となって変幻自在に移動する。

 その一本がクローラの肩をかすめた時、その部分の布が一瞬で燃え尽きた。つまり、そういう武器らしい。三人のいずれかがクローラを挟み込めばレーザー状のエネルギー波が彼女を貫くわけだ。

 そう思えば、光の刃が常に形を変えて宙に舞っているように見える。ビジュアル的に、懐中電灯の光を振り回しているような状況を想像するかもしれないが、この際はそれが速すぎて、光が複雑な網目状に絡んでいくかのようだ。

 まるで光の檻であり、彼らは攻撃というよりは彼女を包囲するように移動を続け、閉じ込めた彼女に対して徐々に包囲網を狭める動きをした。クローラは動けない。

「すごい!」

 後ろでランマルが手を叩いてはしゃいでいる。その隣に立つ男は黙ったまま、中央を陣取る三つ編の女に鋭い目を向けていた。

 ダムロアはこの状態から金縛りにあったかのように身動きを封じられたのだ。もしそれが彼女によるデーターへの侵入であれば、何らかのアクションがあるはずである。

 それが、

「!?」

 ただの"またたき"だと知った時、今まで形成されていた光の檻は、飲み込まれたかのようにすっと消え去った。

 三人が三人、お互いの腕から光は発したままだが、その動きは止まっているから、点と点をつなぐ三角形でしかなくなっている。動揺する男たちと、その様をさもつまらなそうに睥睨するクローラが後衛の男の目にも映って、場を凍りつかせた。


 一人だけ活発な少年がいる。

 カッと見開かれた瞳が三人を捉え、全身の細胞を過剰燃焼させて、彼らに何が起きたかを探っていた。どういう仕組みかランマルの肌は黄色く輝き、まるでホタルのように通路を照らしている。

 ランマルはこのために呼ばれていた。彼らを蝕む何かを解析し、初期化して解放する。その処理に全力を注いでいる。

 この間クローラは、光を操っていた三人の一人を殺した。

 そして二人目。

「くそっ!!」

 後衛の男が耐えられずに飛び出そうとする。が、その裾をむんずと掴んだランマルの声が、静かだが鋭く彼を貫いた。

「ダメです。キケンです」

「お前は無駄口叩いてねぇで、とっとと奴らを復帰させやがれ!!」

 がなりながら少年を見下ろすと、彼は大きな瞳で男を見上げ、首を振った。

「判明はしましたよぉ。でも今の僕では直せないです! ゴメンナサイ!」

「クソの役にもたたねぇ!!」

「ホントゴメンナサイッッ!! でも今は、クローラがあの三人を殺しているうちに逃げなきゃですぅぅ!」

「ふざけたことを!!」

「アレがなんだかは分かりました! 僕はアレを直す方法を手に入れることができます! でも今はムリだし、僕以外じゃムリですぅ!!」

 必死になってすがりつくランマル。

「サスケさんもそうでしょ!? 今殺されたら、あなたの代えはなかなか造れないでしょ!?」

「俺はサスケじゃねぇ!!」

「どうせこの基地ベースにはアイアンウィル様特製のミストっていうのがあるのでしょう!? ここで戦っても無駄死にですぅぅ!!!」

「戦わせろよ!!」

「僕を護るのが約束なはずです!!」

「……」

 短い沈黙だった。迷っている時間などはなかった。

「くそっ……!!」

 最後の一人が殺されたのを、苦い表情で見ているしかなかった褐色の男が一度地団太を踏む。そしてクローラが体勢を整えるまでの一瞬で、ランマルを抱き上げ通路を蹴り、加速して消えた。

 彼女も一瞬追うそぶりを見せたが、相手が速い。追いつく速度ではなさそうだと判断した目が、再び目標を睨み据える。

 大企業の機密が詰まった最重要拠点を、護るエージェントはもういない。

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