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下書き  作者: 矢久 勝基
一幕 漆黒の脅威
4/30

Sniping ~狙撃~

 木もない、空もない。ただ、蒼白いパイプが縦横に張り巡らされている電脳空間。なんとも味気のない世界だが、もともとこの世界に生まれ、生きてきたデーターたちには何の疑問も感慨もない。

 セキュリティベースといっても机や椅子があるわけではなく、そこで働くデーターたちが思い思いの場所で通信を行ったり、前にアイアンウィルが行っていたように中空でキーボードを叩いたりして、さまざまな演算を行っているだけの場所だ。

 そんな場所だから、首領の居室もがらんとしたものだ。一応そこが彼の部屋だと分かるように、シンボルである"奈落"を表した巨大な穴のマークが、額にかかってはいるのだが、それだけである。

 意味は、奈落を背にして背水の陣……ということらしい。

 ここに、シャドウイージスから遣わせれた二人が到着した。

 一人はカウボーイを模しているのだろうか。テンガロンにYシャツ、黒いチョッキがまるで西部劇を思わせる。しかし彼の持つ、五メートル級の銃身を備えた巨大なライフルがその容姿に異彩を放っており、近未来的なデザインのそれを見ると、西部劇というよりはSFであった。

 もう一人は、これまた巨大な水晶玉を持っている黒髪の女性。大きな瞳は鋭いつり目で、朱の入った茶のワンピースが、どこかの民族衣装を思わせる。

「ども。只今到着しやした」

 テンガロンが会釈をし、アイアンウィルはそれを受けた。

「ご苦労。キミたちのことはなんと呼べばいい?」

「一応外任務で不都合だろうとのことで、名前もらってやす」

 ペティルとルーシア。彼は名乗り彼女のことはそう紹介した。

「俺ら遠距離専門なんで、単独任務になっちまうと思うんですが問題ありやせんか」

「やむを得まい」

「到達する前にしとめたら報告しやすね」

「よろしく頼む」

「ああ、それと……」

 ガチャン。

 ペティルがその極端に長いライフルを持ち上げ、なにがしかの金属音を鳴らすと、

「狙撃地点を決めたいんで、現場下見してもいいすか」

「わかった。案内はいるか」

 ペティルはルーシアを指差した。

「いや、こいつがいるから道には迷いやせん」

「そちらはしゃべらんのだな」

「ひとみしりなんす」

 肩をすくめてきびすを返すペティル。ルーシアが無言でそれに続いた。


「さて……と」

 今回の迎撃ポイントは、とある企業の機密が貯蔵されている基地ベースである。機密自体はデーターたちにとって大きな意味はもたないが、完全防衛が求められている重要拠点だということは認識している。

「どこにすんべか」

 男は例の巨大な狙撃銃を抱えたまま、"街中まちなか"で、腰のすわりのいい場所を探しては、長い銃身を一点、遠くの壁の方へ向けて構えたりしてみている。

 実世界ではありえない光景でも、一般のデーターたちにとってそんなことは感心の外であり、一向に咎められる気配はない。そういう世界である。

 なお、この銃の弾丸は壁をすり抜けてその向こうの目標を撃ちぬけるという特性があった。

 つまりクローラの所在さえ認められれば今すぐにでも射撃が可能であり、だからこそ彼は他のエージェントデーターたちと打ち合わせもせずにこのような下見を行っている。

 狙撃手である彼にとっては、作戦も何もなく、早期発見と早期照準。そして目標を撃ち抜く以外の仕事はなかった。

「なんかわかったか?」

 自分の仕事に没頭していた彼は、ふと脇にいる短髪の女を見た。その首には、小さなクマの人形がひもで吊るされている。

 彼女はそれに初めて気付いたかのように色めくと、水晶玉を脇に抱えて、右手でそれを彼に向けて掲げた。

「ふわふわっ!」

 一瞬、何のことだかわからないかもしれないが、男は心得たものだ。

「うんうん、ふわふわだな」

 クマのぬいぐるみが、ふわふわであることを彼女は主張している。

「ふわふわっ!」

「それで、なにかわかったのか?」

 しばらく、かっと目を見開いて、彼を見つめていた彼女は、やがて、小さくうなずいた。

「よしよし、いい子だ」

 なでてやると、目を細めて嬉しそうにする。そしてまた、クマのぬいぐるみを突き出した。

「ふわふわっ!!」

「うんうん、ふわふわだな」

 とりあえず、ペティルはライフルを壁に立てかけた。

「ミストたぁ、アイアンウィルのおっさんもいい仕事したもんだ」

 前回クローラの侵入を阻んだ新式の妨害装置、ミストはこの基地ベースにも仕掛けられている。

 彼はそのことに感心しながら、ルーシアの仕事が終わるまで待つ。この娘は有能だが、たまに集中力が切れてぼーっとしてしまうところがあるので、コンスタントに声をかけてやらなければならなかった。

「おわったのか?」

 水晶玉を覗き込んだまま放心している彼女に声をかければ、はっとなって、また活動を始めた。どうやらまだしばらく時間がかかるらしい。


 狙撃が成功すればよし。

 そうではなかった場合の戦闘員が、基地ベースへと繋がる通路の一角(防衛セッションという)を固め、待ち構える。

 その中に、ランマルと、ランマルからサスケと呼ばれているアイアンウィルのトップエージェントもいる。

 ただし、この男は今回、直接クローラと拳を交えることは禁じられていた。

「獲物が目の前にいるってのに手を出すなって言うんですか!?」

 彼は通達と同時にいきり立った。

「他のエージェントが死んでく様を、隣で黙って見てろってんですか!!」

「貴様はランマルを護るのだよ。ムサシに借りを作りたくはない」

「あんなヤツは追い返せばいいでしょう!!」

「今回は護衛もあるが、貴様にクローラを直接見て分析してもらいたい意味もある。情報が集まる前に死んでもらうのは困るのだよ」

「死ぬわけがない」

「ダムロアの例もある」

「俺をヤツと同レベルで見るのをやめてくれませんか」

「わかっとる。貴様のほうが強い。だからこそ今、貴様を失うわけにはいかん」

 エージェントデーターは、AI能力のあるデーターが作成する。しかし、その工程は一瞬ではない。さらに、できた者の能力は同じでも、性格や容姿が違うと言ったとおり、同じデーターを造ったとしても同じように戦えるかは別なのだ。

 そういう意味でも、首領を睨んでいる男はアイアンウィルの最高傑作であった。彼を失えばアイアンウィルの対外的な影響力そのものに関わる。

 ……正直なところ、彼の温存はそういう理由がほとんどを占めていたが、彼自身はそれを知らない。

「とにかく頼む」

「くっ……」

 ふざけるな!!……叫びたい気持ちを寸でで抑えた男は、土煙が舞い上がる勢いで地面を踏み鳴らしながら、首領の居室を後にした。


「さてと……やろうか」

 一度、あらぬ方向へ空撃ちをしたペティルは、自分のひじの高さほどの台を置いた。折りたたみ式で、広げるとテーブルのようになる。

 ペティルの銃は独特の形状をしている。デザインはまるでレーザーでも飛び出すのかという前衛的なものだが、それとは別にフォアエンドの固定の仕方が、まるでビリヤードのキューのように、左手をかぶせて指を床につけて固定するようになっている。そのため彼の上半身はくの字に曲がり、上目遣いに目標を見据える形となった。

 さらにこのライフルの珍しいところは、覗き見て目標を照準するスコープが存在せず、視点から斜め四十五度に角度のついた鏡が設置されているところだろうか。鏡は隣にいるルーシアを映し、彼女の持つ水晶玉を映している。

 つまりはこの水晶玉が彼の目となり目標を追う。狙撃目標を追うのは実は彼女の役目であり、無色透明の球体がクローラを映し出した時、それが攻撃開始の合図であった。

「じゃあ頼むぜ」

 うなずく少女。玉を持ち上げ、胸の辺りで検索を開始する。

 ……と、思い出したように水晶玉を元の場所に戻し、クマを手に取ってペティルに見せた。

「ふわふわっ!」

「うんうん、ほんとにふわふわだな。かわいいな」

 ルーシアは満足し、再び作業に取り掛かった。

 彼女はランマルと同等の解析エージェントである。が、初期化を行うランマルとは違い、検索を主な役割としており、例え偽装を施しても見つけて分析できる。

 検索距離と条件が整えばなお優秀であり、時空を飛び越えるペティルの弾丸(時空を飛び越えるわけではないのだが、そういう表現が一番感覚的にわかりやすいと思う)と基地ベース内のすべてのデーターを検索、解析する水晶玉でワンセットとなる。

 これで、見えない位置からクローラを一方的に狙撃しようとしていた。

 実は、ペティルのようなエージェントデーターは作成できても、ルーシアのほうが難しい。天才を手に入れた代わりになんだか随分と偏った人格形成となってしまっているようだが、ともあれ上記のような反則級の攻撃ができるのは、シャドウイージスが彼女の作成に成功した故に他ならない。


 が、相手は光速で移動している殺戮データーだ。さしもの彼女も一筋縄ではいってないらしい。

 たまに水晶玉から目を離し、首をコキコキと鳴らしてふわふわのクマを見て、一人で喜びつつ、検索を続けている。

「たいしたもんじゃねえか……」

 ペティルが独り言は何に対してか。

 ルーシアに尻尾をつかませないクローラに対してか、他の意味があるかは分からないが、静寂の基地ベースにポツリとその声だけが浮かび、消えた。

 ところで、基地ベースというところはそれほどに静かなところだ。

 データーたちは多かれど、作業に従事する彼らは必要がなければ言葉を発さない。そもそも彼らは遊びというものを知らないので、元来が無駄話を楽しいとも思わない人種であった。

 そんな彼らをボーっと眺めていたペティルの肩を、指でちょんちょんとつつくルーシア。

「あ、うんうん、ふわふわだな」

 ルーシアは首を振った。水晶玉をトントンとつつき、その向こうに映る黒のボディスーツに指を差す。

「おっ」

 ペティルの肩が慌しく緊張した。再びビリヤード構えとなり、テーブルに左手を据える。ストックを脇に抱え、肩で固定し、ライフルに己の呼吸を送って一体化させた。

 銃身五メートルだ。その異様な静止状態は、基地ベースを彩る彫刻の様でもある。

 息を呑むような静寂に包まれた中、かれはゆっくりとボルトを引いた。

(さてと……)

 彼の呼吸は、気がつけば眠るようにゆっくりとなっている。

(……一発目は狙っていいんだったな……)

 鏡を通してではあるが、彼の集中力が光速で移動する彼女の首筋に合わされる。それが止まって見えるのは、ルーシアの追尾速度がクローラの移動速度を上回っているからに他ならない。

 この状況で外すことなど……。

 引き金を絞るペティル。銃身に一瞬、螺旋の光が生まれ、長い銃口から蒼白い銃弾を吐き出す。それは射出後むしろさらに加速し、音速の壁を突き抜けて彼らの視界から姿を消した。

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