Demon's Trigger ~悪魔の引き金~
だからとて、戦いが終わりになったわけではない。むしろ必ず決着をつけるべき戦いであることを、彼は知る。
お互い、大義名分のある戦いで果てることによって、己の命が崇高なものになると信じているのだ。ならば、殺しあわなければならない。
裸にチョッキの男が背を丸めると、肩から三日月形の刃物が数個、八方向へと飛び出した。同時に彼自身が跳ぶ。
それらの刃物はまるでブーメランのように湾曲しながらそれぞれにクローラに襲い掛かるが、彼女は微動だにせず、腰のホルスターから銃を抜いて男目掛けて発砲。刃物はギリギリまで引きつけて軸をずらしかわした。そして走り、跳ぶ。その先には、銃弾を避けた男の身体がある。
彼女は空中で数回転するとその勢いを加味した強力な後ろ回し蹴りを放った。ミートポイントははるか上空だ。彼は咄嗟に左手で顔をかばったが、蹴りの威力に負けて吹き飛ばされる。態の崩れた身体を、クローラの銃弾が追った。
ディザスター、きりもみながら目だけを光らせ、その銃弾を狙って銃を放つ。鉛と鉛の爆ぜる音が、二人の間で火花を散らした。
そして、それが消え去った時、彼らはすでに地上で近接戦を繰り広げている。
互いにまったく引かぬ戦い。
均衡が崩れない。素手の二人はまるで申し合わせているかのような攻防を繰り広げ、互いに付け入る隙を与えない。双方徐々に傷を増やしているが、その速度がゆるむ気配はない。
「ぜぁぁ!!」
気合が周辺の空気を焦がしきり、クローラの肩口を切り裂く。しかしその一撃は、彼女が彼を誘い込むための布石であった。
自分を傷つけた男の右腕にすばやく自分の腕を差し込み背負いの形になれば、腰の力で彼を引っこ抜いて地面に叩きつける。そのままもつれるように彼を地面に押し付け馬乗りとなった。勢いで一度拳を振り下ろす。ディザスターの頬はしたたかに殴られた。
「勝負あったかしら」
腰のホルスターに手を伸ばした彼の手首を掴む。逆手も同じようになった。二人は今、馬乗りとなったまま両手首を押さえ、膠着している状態だ。
「へっ」
クローラの冷たい瞳を見上げる男。
「お前だって何もできねぇだろう?」
「わたしはあなたの中枢神経にアクセスして、それを破壊することができる」
直接触れることもなく、数々のエージェントたちの動きを止め、葬ってきた彼女の特異な能力であった。ディザスターの表情がゆるむ。
「違いねぇ」
その時、クローラの頭を突如、丸い大きいものが襲った。
ゴンという鈍い音とゴロゴロゴロと何かが転がる音。
水晶玉であった。シャドウイージス所属、赤ん坊のような二十歳前後の娘の、両手でそれを投げた姿が向こうにあり、衝撃でクローラの首はやや曲がっていた。
「すけ!!!」
ディザスターは苦笑いだ。そしてクローラをみる。
「対して効いちゃいねぇだろ? 許してやんな」
「どうでもいいわ」
「負けだよ、俺の」
男は、飛び出そうとしているルーシアを制して小さな息を吐いた。
いくらランマルが初期化できたとしても、今のこのような状態では、間に合う前に殺されるだろう。分かっていながら先ほどは強がってはみたが、続く言葉は見つからない。
「ランマルを殺す。あなたは邪魔だから死んで」
「なぜ……ランマルにこだわる?」
彼は気がつけば再び聞いてしまった。どうにも腑に落ちないのだ。
裏切り、という観点から行けば、ランマルの隣でなぜか怒っているルーシアなど、直接シャドウイージスを裏切ってアイアンウィルに加勢している。
クローラは何度も彼女を狙えるタイミングがあったのに、ランマルは狙っても彼女を狙うことはなかった。
「ランマルを狙うのは、裏切りって理由じゃ……ねぇんだろ?」
「答える必要ある?」
「どうせ死ぬんだ」
「……」
クローラとディザスターは、まるでそのような形の彫刻であるように、しばらく黙った。
しかし、ただの殺戮データーだと思われていた彼女は確かな心を持っている。彼を映すその目は、ただ凍っているわけではない。
……男は、彼女を見つめるほどにそれを確信していった。そしてその目に、男は一つ賭けたいことがある。
「シャドウイージスは寄生されてる」
「……は?」
「……もしかしたら、そのこととランマルの存在は、なんらかの関係がある。違うか?」
……まったくの思いつきであった。そもそもクローラが今回、アイアンウィルを攻撃するという主任務から外れて、わざわざランマルを殺すという特殊任務に着き、導かれてきたことで、彼はまた一つの仮説を立てた。
「ランマルは、寄生主にとって、厄介な存在なのかもしれねぇ……」
例えばシャドウイージスはランマルの裏切りを嫌ったんじゃなく、ランマルの能力が彼自身に降りかかることを恐れたのだとしたら……。
シャドウイージス自身の戦術ではなく、"寄生主"の都合だとすれば、それが執拗なランマル狙いの理由とはならないか。
「そういうことか?」
「わたしは知らない……」
「……」
その真意を目に問いかけるディザスター。彼女の瞳には一点の曇りもない
「わたしは、命令に従っただけ」
その上で、男は表情を険しくした。
「お前は、それだけの存在かよ?」
「なにが?」
「お前は、殺戮データーなんかじゃねぇ。……セキュリティエージェントなんだろ?」
「……」
男の言葉をすべて吸収してしまう勢いで、女は男を目に映す。息を呑んで、次の言葉を待っているかのようだった。
「お前が本当に護るべきは何だ」
「……」
「わからねえか?」
「……」
彼女の沈黙に、切羽詰ったものが混じる。搾り出すように言った。
「今の話……嘘なら許さない」
「お前んとこの解析エージェントの調査結果だぜ。俺らはいじってねぇよ」
「……」
クローラが黙る。まるでスリープモードに入ったかのようにおとなしい沈黙であり、今ならこの不利なポジションを打開できるほどの隙を、彼女は見せてしまっている。
しかし、男もそれがわかってて、言った。
「俺はここで殺してもかまわねぇ。お前に負けたんだ。だけど……」
その声が、まるで全幅の信頼をおいた友に、後を託すかのような重厚さを帯びている。
「……世界の不正から電脳空間を護る者として、今、お前がやるべきことはなんだ。ランマルを殺すことか。命令を忠実に護ることかよ」
「……」
「お前が単なる殺戮データーならこんな話はしねぇ。だけどお前がセキュリティデーターとしてのプライドがあるのなら……」
ぱんっ
彼女は、一瞬、彼の両手を振り払い、彼の胸を一度思い切り殴りつける。「ぐぁ!!!」という呻きが空気を濁した。
……が、そこまでだ。
クローラは、弾かれたように跳躍すると、彼から離れ、背を向ける。
「もう少しだけ、生きなさい。次は殺しに来る」
「おいおい……」
苦しそうな呼吸をしながら強がるディザスターの声。
「次はこうはならねぇぞ」
しかし、それを彼女は答えることもなく、通路の向こうへと消えていった。




