Second Battle ~再戦~
ところで、
「すけ、すけ」
それら閃光のような戦いに"彼ら"は参加していない。暗号化され、容易には見つけることのできない領域に非難し、虎視眈々と一つの目標を待ち構えている。
「その、"すけ"ってなんなんだ……」
「サスケさんの"すけ"じゃないですかぁ?」
「……」
そういうことか……。
ランマルの通訳に納得した彼は、あらためて娘を見た。
「で、どうしたよ? 出たのか?」
水晶玉を覗き込んでいるルーシアに聞いたのは、もちろんクローラのことである。
彼女は"巌流島"での目撃を最後に、依然姿を消したままだ。今回の攻撃に参加するのかも判然としていない。
実際、アイアンウィルとしても焦点はすでにクローラからシャドウイージス本人に移っており、現れないのならこれ幸いなのだが、この男にしてみれば、クローラこそ自分の欲求をすべて満たすことのできる唯一の存在であった。
消えるなら、戦って消えたい。最終目標にシャドウイージスがいたとしても、彼女なしには自分の満足は得られないだろう……彼はそう思っている。
クローラに遭いたい……あるところから、彼はそればかりを考えるようになっていた。
ルーシアの水晶玉の中に映るものはめまぐるしく変わり、やがて一人の女性を映し出す。
「!?」
クローラであった。黒いボディスーツに身を固め、硬く編みこんだ髪を背中になびかせ、空間のどこかをひた走っている。
しかし妙だ。現在、"背水の陣"は全域で戦闘状態であるはずだ。しかし彼女はまるで無人の野を駆ける豹のように誰もいない通路を走っている。これは……
「なに!?」
男は顔を上げた。
目の前に、クローラがいる。
「なぜ……」
半ば言葉を失っているディザスター。しかし、この光景には一種のデジャヴがある。
……あの時も暗号化で隠された通路を割って侵入して、ランマルと共に対峙した。
暗号化を無視できるのはいい。何か他に原因があるとして、そもそもその場に道が通じていることが分かるのはなぜか。
「教えてくれとはいわねぇが……」
彼は、気がつけばそのことを質問してしまっている。すぐに、なんとも間抜けな質問をしたものだと思い返し、男は身構えた。
しかし、クローラはその殺気をいなすようにおもむろにランマルへ指を差す。
「その子に、タグが付いているの」
「えぇ!?」
慌てるランマル。水干の袖をかきわけたりしてタグとやらを探しているが、実際はデーター上の話だ。見つかるわけがない。
「その子の情報は共有されているの。スパイだから」
ムサシが施した措置であった。だからこそ、クローラは前回、"あるはずのない通路"に現れた。シャドウイージスはアイアンウィルがランマルを匿ったことをすぐに知り得た。
ディザスター、その言葉を反芻しながら、ふと呟いた。
「何で教えてくれたんだ……?」
「別に……」
対するクローラは無表情のままだ。が、その目の温度は、以前対峙した時とは、やや違う気もする。
しかしやがて彼女は、思いなおしたように言った。
「わたしはその子を殺しに来たの。だから死んで」
「ついでに聞いていいか」
「必要ある?」
「俺にはな」
彼はランマルを示した。
「何でこいつばかりを狙う」
シャドウイージスはランマルを裏切り者と断じている。しかしそれにしてもこの少年の母体であるムサシが潰えてるのだ。今になっても狙う意義は薄いはず。
「こいつを狙う、他の理由があるのかよ」
「答えるべき質問ではないわ」
「そうかよ」
まぁそうだろう。気がつけば過ぎたことをしている自分に、彼は苦笑いを浮かべた。
「だいたいあなたはこれから死ぬのだからすべての思考は必要ないわ」
「へへっ」
ディザスターの小気味よい笑い声が小さく、通路に響く。
「お前は好きだわ。やっぱ」
好き嫌いなどはわからないと言っていた彼がそう言った。根幹は単なる殺戮データーなのかもしれない。しかしおかげで何の複雑さもないじゃないか。
ディザスターと呼ばれる男の腰はすでに落ち着いている。いつでも飛び出せる。
「殺ろうぜ。クローラ」
本当はもう一つ聞きたいことがある。その理由を追って、彼は飛び出さない。クローラも動かない。
……彼女が決して先制攻撃をかけない理由……。
この戦いの後、自分が立っていたら聞いてみよう。この男は飛び出す直前、そう思っていた。
この、アイアンウィルの外れで行われた戦闘は、他のどの戦いよりも速く、強く、華麗であった。
「うらぁぁ!!!!」
ほぼ何もないだだっ広い電脳空間。中空で両腕をすらりと伸ばしたアイアンウィルのトップエージェントの背中から脇から、いくつものロケット弾が飛び出して、地面に脚をつけるクローラを脅かす。
しかし彼女は一瞬の態の移動で殺傷範囲をすり抜けると、攻撃をした男ではなく、地面に残る水干姿の少年を狙った。
「ひゃぁぁぁぁ!!!」
悲鳴。しかしクローラの手が小さな首元にかかる直前、彼女は衝撃で横へと跳ね飛ばされる。
何度か転げて受身を取って自分の今いた場所を見れば、蹴りの形で落ちてきた男の姿が、水干姿の少年を背中に隠していた。
「相手が違えよ」
「フン……」
しゃがんだ格好からそのまま飛び出すクローラ。まるで吐き出された砲弾のように黒い塊となって飛び、男に向けてくわっと爪を立てるように手を広げてクマのように振り下ろす。
それが左右合わせて二連撃となったが、ディザスターはその二撃目に反応。手首を取ると後ろへと引いて、勢いをそのままに投げ飛ばした。
さらに手をクロス、それを広げ、現れた光の槍に彼女を追いかけさせる。
しかしその直後、彼女の手元から発せられた銃弾が太ももを貫いた。
「っ!!」
彼女自身はまるでハチドリのように自在に空で方向を変え光の槍をすり抜けながら降りてくる。
……そこまで、瞬き数度ほどの時間だ。再び地に足をつけたクローラに、男は不敵な笑みを浮かべた。
「殺戮データーにしとくにゃもったいねぇな」
「あなたもそうでしょう?」
「あ?」
「わたしと同じことをしたのを、わたしは知ってる」
「同じじゃねぇよ」
同じじゃない。彼の攻撃はセキュリティエージェントに限定した。彼女は基地そのものを壊滅させた。
「それはあなたの理屈でしかない」
クローラは冷ややかに言う。彼女には彼女の事情があった。
彼女は実験体に過ぎない。シャドウイージスの意図を完全に汲まなければ、失敗作として消される運命にある。
だから、命令には従った。殺せといわれた相手をすべて殺してきた。なぜなら、生まれてきた以上、そのような理由で消されたくはなかったからだ。
「わたしはエージェントとして生きて死ぬの。何かを護って、死ぬの」
それまでは死ねない。殺戮データーなどと呼ばれているうちは絶対に。……凛と据えられた彼女の瞳が訴える。
……その瞳の質が、立場は違えど同じであることに、目の前の男は気付き始めた。
「……お前……、まさか、だから先に攻撃をしねぇってのか……」
彼女はそうすることによって、自身が行う戦いを、"防衛"と位置付けているのではないか。生命として認められてもいないデーターだからこそ、自分に理屈をこねることによって、そこに生命としての意味を持たせようとしている。
とすれば、自分と同類ではないか。彼女は、その生き方に、美を求めている。
「そうか……」
クローラは何も答えない。しかし、ディザスターと呼ばれる男の心は、妙に静かになった。




