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下書き  作者: 矢久 勝基
三幕 時が尽きるまで
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Take up arms ~戦端~

 当たり前かもしれないが、セキュリティベース同士の戦争などはこれが初めてである。

 シャドウイージスのエージェントがアイアンウィルに攻め込む……本来あってはいけない戦闘だし、アイアンウィル側がデーターの侵入を拒否してしまえばシャドウイージス側のエージェントたちは入ってこれないわけだが、アイアンウィルは敢えてシャドウイージス布告を受け、エージェントのすべてに許可を与えた。なぜか。

 "セキュリティベース"なのだ。守る方がたやすい。

 ブースターも使用できれば、万全の準備もできる点で、引きこんでしまったほうが何かと便利であった。

 アイアンウィルのセキュリティエージェントたちにはしかし、奇妙な命令が下っている。

「できる限り殺さないこと」

 再三述べてきたように、"潰し合う"ことは、大局的に見れば世界の秩序に対して不都合である。シャドウイージスがどう出ようが、その部分は最大限考慮することが勝利の条件であるという、ある意味で厄介な正義を振りかざしての勝負となる。

 アイアンウィルとディザスターは、奈落のエンブレムが掲揚されている部屋で、所属エージェントの配置を確認した。

「ミストを停止させられる心配はないのだな?」

「ルーシアがこっちにいますからね。大丈夫でしょう」

 ならば、作戦は以下だ。

 セキュリティベースを敢えて明け渡す。

 基地ベースのデーターをすべて書き換え、基地ベースを忍者屋敷のように仕掛けだらけにし、誘い込んではどこからでも脱出できるようにする。

 シャドウイージスのエージェントで基地ベースが満たされた時、玄関口となる最終防衛セッションにミストをかけてしまう。

 それで、ほとんどが捕獲できるはずであった。

「問題はクローラですが……」

 ディザスターは言った。

「アイツだけは俺がしとめます。殺していいですね?」

「武運を祈る」

「なに、死ななくたって消える運命です。目いっぱいやるのみですよ」

 珍しく充実している彼の表情に、初老の男も、久しぶりに出番のやってきた親のような息を吐く。

「……貴様は名誉をほしがっていたな」

「はい」

「では死ぬな」

「え?」

 葉巻をくわえ、頬だけでにっと笑いかける。

「今からワシらは商売敵のAIエージェントを救う算段を立てるのだ。これほどの武功はあるまいよ」

 貴様にとっては、それが成るまでに死ねば損ではないか……彼はそう含んだ。

 実際、この件がどこまで語り継がれるのかは分からない。大戦おおいくさで武功を上げ英雄となった者がいても、その隣で槍を振るっていた者は一切語られないように、伝説などというものは、蜃気楼のように儚いものなのかもしれない。所詮、評価は他人がするものだ。しかし、それでも名誉が欲しいのであれば、尽くすべきは全力であることは間違いない。

 ディザスターも目を据わらせてうなずいていた。


 "背水の陣"には、参加可能なすべてのセキュリティエージェントたちが配置についている。

 ただ、彼らには制服もなく、武装もまちまちであり、姿かたちも老若男女入り混じっているため、一見したところ戦闘配置には見えない。

 ブロックごとに相性のいいペアが組み、うまく崩れてベース内へと誘い込むおとりの役を担う。

 攻撃は最大の防御というから、防戦一方で損害を出さず後退するのは簡単なことではないのだが、要所要所に実力者を置き、彼らにブースターを装着させて、相互にサポートできる体制を構築した。

 ディザスターは防衛網の列に名を連ねてはいない。遊撃隊として、クローラが現れればできるだけ早期にその存在を押さえ、行動を封じなければならない。

 シャドウイージスにどれほどのエージェントが控えているかは分からないが、少なくとも彼女に好き放題されてはアイアンウィルの損害は増えるばかりであることは間違いなかった。

 問題はクローラがどのように現れ、どういう経路を進むのか。

 ……割り出しは困難ではあるものの、今回に限っては、適任の見張り役がいる。

「どぞ、どぞ」

 通路の一角にぺったりと座り、目の前にクマのぬいぐるみを座らせて、その前に、ペティルからもらったのであろう銃弾を並べて、しきりに「どぞ、どぞ」と言いながら、銃弾をクマの口に運んでいる娘、ルーシア。

 ペティルの狙撃範囲が基地ベース全体だったのは、この娘の検索能力に他ならない。彼女がいるだけで、広範囲の探知が可能であるはずであった。

 しかし、

「ふわふわ! ぎゅーー」

 クマを抱きしめて恍惚の表情を浮かべている娘を見ていると一抹の不安がよぎる。

 ディザスターは「クローラが出たら必ず報告してくれ」と、方々のエージェントに触れ回りつつ、彼女の集中力がそちらに向くことを願うしかない。

 もう一人、

「あのぉ、コノヒトより僕のほうが全然いいと思うんですけどぉ」

 隣にはムサシきっての解析エージェント、ランマルもいる。

「サスケさんもやっぱり男だ女だっていうのを気にする人ですかぁ?」

「そういう話じゃねえだろ」

 ここにランマルがいるのは、もちろんクローラのデーター内強制アクセスからの復帰のためだが、ぬいぐるみと幸せを分かち合っている娘に加えて、男だ女だ好きだなんだとぼやいている少年が脇を固めているのだ。決戦を前に、不安にもなる。


 シャドウイージスのデーターが恐るべき速度でアイアンウィルに流れてくる。

 インターネットが普通の電話回線であった時代は一メガバイトという量を送るだけでも一苦労だったのに、今や通信速度は文字通り光の速さだ。

 便利な面もあるが、それだけ、悪意のあるデーターも高速で流れてくることを意味しており、瞬き数回行うだけの時間で、取り返しのつかない端末の環境を構築されてしまうケースもある。

 そのような害敵から基地ベースを護りうるエージェントたちの動きもまた速く、間もなく始まった戦いは、防衛する側のエージェントの速度も相まって、まるで回線がショートしてスパークを起こしているかのような刹那の瞬きとなって弾けている。

「左翼を守れ!!」

 エージェントの誰かが叫び、一瞬の戦いに風が舞う。

 この戦いは何を想像すると近いのだろう。

 彼らの戦いは物理法則に即さない。飛び交っているものこそ銃弾が多いが、空中で自在に方向を変えながら、光とともに瞬間移動を行ったり、まるで魔法のような熱線が飛び出したりしており、とても人間同士の"いくさ"には思われない。

 例えばSF物に登場するロボットたちが宇宙空間で自在に飛び回って戦闘を繰り広げているような……スケールの大きな会戦が行われている。

 彼らは光速で飛び交う銃弾をくぐり抜けながら、突如始まる白兵戦で武器を振るっては、蹴りで突き放し、また銃弾を放つ。あざやかな連撃が繰り出される戦いは芸術的ですらあり、人間たちがこの光景を目の当たりにしたら目を見張るだろう。

 ……もっとも、実際はその動きの速さに目が付いてくることもないだろうが……。

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