Preparedness ~生き様~
アイアンウィルのセキュリティベースには"背水の陣"。ムサシは"巌流島"。……そしてシャドウイージスには"神の盾"という通称がある。
繰り返し述べるように、それぞれのセキュリティベースの形状に差はないのだが、"神の盾"と名付けられているその場所にはなんとなく荘厳な雰囲気が漂っていた。まるで礼拝堂のようでもある。
もっとも、通路を歩く男にとって、その"礼拝堂"は死刑執行室であった。自分の口にしたことが赦される範疇を越えているのは分かっている。
弁解する部分があるとすれば、自分の行いは基地のデーターたちを護るためのものだったこと。……それに一縷の望みを賭けて、情状酌量を引き出そうとしている。
(まぁ……赦されまい……)
首領の性格は知っている。ただ……自分は正しいことをしたはず、と思いなおす。あの神官に慈悲の心があるのなら……。
……彼は悶々としながらシャドウイージスの居室へと向かっていたが、不意につんつんと背中を突かれ、我に返った。振り返れば相棒である娘が大きな瞳を見開いたまま、こちらをじっと見つめている。
「どうした?」
するとクマのぬいぐるみを見せて、「あむあむ」と言った。クマのご飯がほしいらしい。
「そうか」
彼は腰のポーチから信管を抜いた白い銃弾をいくつか取り出し彼女に手渡す。そして彼女の名を呼んだ。
「ルーシア」
「ふ?」
「あの、アイアンウィルの男は好きか?」
「うん」
笑顔がまぶしい。それを見て、思わず絶望に凍っていた表情がふっと緩む。
「……じゃあ、アイツのために一つ仕事をしてやるか」
彼との別れ際、気になる言葉を聞いた。……すなわち、シャドウイージスは狂っている。なんらかの異常がある可能性がある。
幸い、パートナーは優秀な解析エージェントだ。しかも目視によらず、解析が可能であった。
「俺が今から首領様のとこに行ってしばらく引きとめる。だからお前は首領様を診断してやってくれないか」
「うんうん」
二つ返事が返ってくる。彼女はいつでも彼を信用していた。
そのやりとり……それだけのやりとりが、今、ペティルには極限にいとおしい。それは、彼の目の前の時間が"死"という崖に分断されているからに相違なく、その崖に阻まれて、未来へ歩いていく彼女から取り残されていくことが実感として沸けば沸くほど、彼はいたたまれなくなった。
それが極まって、銃弾とクマを握り締める彼女を抱きしめる。
「お前が心配だナァ……」
震えた、大きな声で……涙の混じる声を上げて、彼女を抱きしめた。
彼女は、「あ、あ、あ……」と、潰れそうなクマを心配している。今から彼に訪れる死がルーシアにはわからない。それがなおさら、彼をして彼女をいとおしく見せている。
彼女は一人で生きていけるのだろうか。寂しい思いはしないだろうか。
彼は一度鼻をすすると、彼女の肩に手をやった。
「いいか、解析が終わったら、ヤツが次に攻める基地も調べて先回りして待っていろ。ヤツに会って、しばらくヤツの元に身を寄せるんだ。……分かるか?」
ヤツなら悪いようにはしないだろう。自分の死後、任せられるとしたらヤツしかない。
「ん、ん」
ペティルを指し示すルーシア。ペティルは「俺は……」といいよどみ、やがて、
「俺は、ちょっと戦ってくる」
そして彼は彼女から手を離し、一度だけ笑顔を見せる。
この笑顔、彼女は忘れないでいてくれるだろうか。……彼女を残し、一人歩く死刑執行台への道すがら、彼はそんなことを思っていた。
「失礼しやす」
神官シャドウイージスの居室の扉を叩く、シャドウイージスきってのスナイパー。生粋の戦士ではないためにトップエージェントという位置付けはされていないものの、シャドウイージスにおいて彼の存在は大きい。
このセキュリティベースは格式や階位を重んじるので、エージェントデーターたちも首領にはそうそう会うことはできないが、それが叶っているという点においても彼の地位が知れた。
「呼ぶ前に来ましたね」
燃えるような赤い肌を持つ神官は、静かな怒りを湛えている。
「なぜあの男に機密を吐いたのです」
「しなきゃ、あの基地がやられていやした」
「あのデーターは、クローラとは違います」
基地への侵入には許可がいる。黙っていてもあれより先には進めなかったはず。ねめつけるシャドウイージスに、しかしペティルは、首を振った。
「あのエージェントがクローラと同じ特性を持っていないと、なぜ、言いきれやすか」
「クローラは傑作です」
「俺の見る限りじゃ、アイツも傑作です。うちが作り出したんだ。アイアンウィルが造れないという道理もないでしょう」
「愚かな……」
神官は一間を置いた。水掛け論である。彼は論舌の角度を変えようと、別の表情を浮かべた。
「あなたは基地と機密と、どちらが大切なのかが分かってない」
ペティルは眉をひそめ、
「機密だって言うんすか?」
それは大きな違和感だった。なにはなくとも依頼主を護るのがセキュリティエージェントではないのか。
「俺の機転で、基地は護られやした。それに基地を護ることが首領様よりいただいた命令であったはず」
命令に従うのがデーターだ。自分は自分の本分をまっとうしただけだ。……彼は訴えるが、神官の目にそれをすくい取る気配はない。
「おかげで我等の計画が知れてしまった」
「エージェントは、AIエージェントの指示の下、基地を護るために存在しているはずです!」
ペティルは言いながら、今言った言葉の通りではない者たちを思った。
組織を離れ真相を追うディザスター、組織の命令に従わなかったランマル……なぜ、彼らはAIエージェントのような意思を持っているのか。
単なる偶然かもしれない。あるいはそれが、次世代のエージェントに求められている資質であり、何かのきっかけで沸き起こっている時代の意思なのかもしれない。
(残念ながら俺は、ヤツラとは違う……)
自嘲気味に笑みがこぼれる。時代から取り残されてゆく、ただの一時ファイルだ。
「何がおかしいのです」
「いや……」
自分はどうせ赦されまい。それは充分に察している。
ならばせめて……最期、最期くらい……あの男のように、生きたい。
自分の意思で、戦いたい……。
「……もう一度聞きやす」
ペティルは自分を造った男を睨み据えた。
「依頼主を護ることと、ウチの計画と、大切なのはどちらでやすか」
「……」
シャドウイージスは一つ、間を置いた。そして無機質に言い放つ。
「基地など、知ったことではありません」
「!?」
「それより、アイアンウィルからクローラの報告が人間に渡ったら、どうなるかお分かりですか?」
屋台骨を揺るがすだろう。これまでの行いが暴かれ、シャドウイージスを運営管理している会社の重役たちが、記者会見で深々と頭を下げている姿が目に浮かぶ。
シャドウイージスはシステムの根本から停止させられてしまう可能性が高い。
……それは、非常に都合が悪かった。
「アイアンウィルのトップエージェントがウチの管理領域を襲っている今の事実と、クローラが行った破壊を結びつけ、すべてあの男が行ったことにするよう、報告書を操作しています。万が一ですが彼奴が基地を破壊すればそれこそ渡りに船でした」
その矢先、この裏切り者はクローラのことを、そして背後にある経緯を語ってしまった。……シャドウイージスの眉間は、あくまで険しい。
「幸い、報告書をまとめるには膨大な情報を整理しなければなりません。その前にアイアンウィルを潰す必要が出てきたわけですよ。あなたのせいで」
「アンタ……」
ペティルは生みの親を睨みつけた。嘘を嘘で塗り固め、その嘘をつきとおすために新たな嘘をつく……。
「……それでもセキュリティエージェントですか……」
憤りが、彼の瞳をぎらつかせる。その光り方は確かに"あの男"に似ているように思う。
「確かにクローラの計画を聞いた時、あるいは次代のセキュリティに必要な実験だと思いやしたさ。しかし見苦しい嘘をつき続けて、俺たちだけが生き残って……なにがセキュリティでやすか」
護っているのはこの世界なんかじゃない。自分じゃないか。……彼がそういう言葉を辛らつに投げつけると、神官は怖い顔をした。
「世界を護る前に自分たちが亡くなって、世界をどう護るというのかを聞かせてみなさい」
「……」
口をつぐむペティル。今まで、そんなことは考えたこともない。饒舌に説得できる論陣が張れるわけがなかった。
「やり方ってものが、あるでしょう……」
搾り出すように言葉を継ぐが、目の前の首領はまるで初めからそう言われることが分かっていたかのように、涼しい顔で頬を動かす。
「よいですか。白でも黒でも、ネズミを獲る猫が良い猫なのですよ。世界を護るために、我らはどんな手を使っても力を蓄えなければならないし、生き残らなければならないのです」
「それは……おかしい」
握り締める拳が震える。しかし、おかしいことは分かっていても彼にそれを覆す言葉が見当たらない。
(これが、ヤツとの違いなのかもしれない……)
悔しさを奥歯に噛み締めても、自分自身で生きてこなかった男に、それ以上の力はなかった。
それを、赤肌の男は嘲笑う。
「あなたとて同じでしょう?」
「なにがでやすか」
「試しましょうか?……今回の件、あなたが土下座をして命乞いをすれば助けましょう」
「!?」
「どうですか? プライドよりも世界よりも、あなたは自分の命を乞うのではないですか?」
カッと目を見開くテンガロンの男。怒りか動揺か……彼の脳裏には一瞬、命が続く光景が浮かんだ。その先にルーシアがいて、その先に、自分の憧れを目指す道が見えた。
胸いっぱいのそれらを、一気に口に詰め込まれたかのように呼吸は浅くなり、肺が苦しくなる。
……しかし、たまりたまって吐き出した言葉は、精一杯の罵倒であった。
「お前と一緒にするな!!!!」
……それは、ペティルの持ちうる最大の意思であったのかもしれない。
命よりも相棒の娘よりも、最期を憧れに生きようとした彼の意思が言葉に集約され、シャドウイージスの耳に襲い掛かった。
「そうですか……」
シャドウイージス、目を細めて吐くため息に殺気が篭る。それに指を差してペティルは思いの限りに叫んだ。
「アンタは間違ってる! いずれでっけぇしっぺ返しがきやすよ!」
「あなたはどうせ、その"いずれ"まで生きないのですから、いらぬ心配です」
シャドウイージスは右手を中空で迅らせる。そして小指が空気に触れた瞬間、ペティルの身体がぐにゃりと曲がりだした。
「ぐぁ!!」
「消えなさい」
そしてアイアンウィル攻撃の指揮をとるべく、存在しないキーボードを叩き始めた彼の部屋には、すでに誰もいない。




