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下書き  作者: 矢久 勝基
一幕 漆黒の脅威
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Bargaining ~駆け引き~

 アイアンウィルには焦りがある。

 先ほど『実社会では信用問題に発展しているはず』と言った。それは翻って自分の進退問題に繋がるわけで、何とかしなければ己の存在を消されてしまうことへの恐怖を、この首領は感じていた。

 彼は仁王立ちとなってシガーを燻らせ、左手を中空で躍らせた。ちょうど人間がキーボードを打つような動きを自分の胸辺りで……そして親指が少し遠いところを叩くと、その空間に、まるで水鏡のようなスクリーンが現れる。

 さらにしばらくして、その光の幕が、データーを一人映し出した。

「あーらぁ、おちちゃちぶりじゃないのぉ」

 月代を剃り、独特な髷を結った精悍な顔つきの男が、とてもそれとは思えぬ声で彼の通信を歓迎した。

「商売敵のそなたが、今日はどんにゃ風の吹き回し?」

 この男、名をムサシという。東洋の島国が造り出したセキュリティエージェントであり、『宮本武蔵』から借りた名にふさわしく、近接戦では無双の実力を誇る。

 『アイアンウィル』『シャドウイージス』の『二強』といわれた時代に風穴を開けて、『世界三大セキュリティベース』と呼ばれる名誉にのし上がった、新参の首領であった。

 まぁ、イメージを壊してしまうような口調でしゃべっているが、背後でプログラムを操る人間たちはデーターを設置することはできても容姿や性格にまで関与ができないため、しばしばこのような事態を招いてしまう。

「分かっておろう?」

 アイアンウィルは不機嫌そうに答えた。連日の攻撃がアイアンウィルが管轄する基地ベースに集中していることを、このちょんまげが見逃しているはずがない。

「災難だったわねぇ……」

 案の定、主語のない労いをしたムサシは、

「どう? そなたの首は繋がりそう? それとも切腹?」

「ふん……」

 神経質に顔筋を揺らし、鼻を鳴らすアイアンウィル。スクリーンの向こうの侍を指差し、

「他人事じゃあるまいよ。貴様のところのトップエージェントと同等の男が瞬殺された。今に貴様のシマも荒らしに来るぞ」

「同感同感」

「納得してる場合じゃない」

「それで? そなたの御用事は何? ましゃか拙者に泣きつくつもり?」

「ランマルを借りたい」

「おっとぉ……」

 ムサシが意外そうな表情を浮かべた。このプライドの高い男が、よほど追い詰められているらしい。

「じゃあ、土下座できる?」

「ふざけるな」

「冗談よぉ。怖い顔しにゃいでね」

 ムサシは愛想笑いをして目をそらした。

 ランマルときたか……彼は脳裏にストックしてあるデーターの顔を思い浮かべながら、しばし思考をめぐらせた。

 ランマルは確かに特殊なエージェントだ。駆除のために戦うわけではなく、他のデーターの補佐をすることのできる少年であった。

 ムサシはさらに思案した挙句、アイアンウィルに視線を戻す。

「いいわよ。きゃわいがってあげてね」

「恩に着る」

「ただし」

 ムサシは言った。

「一つ借しだきゃらね」

「わかっている」

 嫌なヤツに貸しを作るがしかたない。


 ランマルという少年は、まるで"美少女"であるかのような見目麗しい姿をしている。

 そもそも年齢という概念が存在しない世界なので、このような容姿となったのも偶然だし、実年齢の姿とは限らないのだが、なににせよその姿は凶悪な殺戮者と相対するには心もとなく、一見ではアイアンウィルが指名した意図が分からない。

 しかし彼の突出した解析能力はこの世界のエージェントデーターを集めても稀有であり、彼を造る能力をムサシに与えた東洋の島国はこういう緻密さにおいて、職人芸の域に達していた。

「ダムロアがやられる直前、遠隔から体内にアクセスされた」

 おかげで彼は身動きが取れなくなった。データーには複雑な数字の羅列が血液の代わりに体内を脈動しているが、それは非常に精巧なもので、例えば『10010』が『10110』とされるだけで内部構造はまったく別のものとなってしまう。まぁ、人間も体内に数ミリグラム含まれる酵素が変化するだけでも生きられなくなるそうなので、人体というものはどの世界でもそういうものなのだろう。

 先ほどの例で説明すれば、つまりクローラは『10010』を『10110』に……つまり『0』を、触れることもせず『1』に変えてしまう能力がある……と、アイアンウィルは踏んだわけだ。

「それはしゅごいわね……」

 近接戦闘が如何に強かろうが、対峙しただけで体内を破壊されてしまったら、自分含めてこの世界の誰も太刀打ちができない……剣豪であるムサシも唸る。

「そのような能力は連発できまい。幸い、身動きをとめられる程度の破壊だ。戦線に強力な初期化がかけられるデーターさえいれば、対応可能と思われる」

 つまりは『10110』となって動きを止めたデーターの中枢を初期化し、エラーから脱すことができれば、事実上不正アクセスを封じた……つまりクローラの技を無効化したことになるだろう。

「にゃーるほどねぇ。頑固ジジイにしては頭を使ったわねぃ」

「あくまで手探りだよ」

 クローラが使う技が彼の思い描くものではない場合、ランマルはまったく無用となるわけだが、連戦連敗の汚名をとにかく早期に晴らすため、現時点で編制できる最高の布陣を敷かなければならない。

「ランマルに護衛は必要かな?」

「もちのロンでイーペーコーよ。トップエージェントつけてくんなきゃやーよ」

「……」

 アイアンウィルは葉巻を燻らせてしばし沈黙した。客将なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、ヤツにとってはまた、壮絶に不満だろう。


「よろしくおねがいしまぁす!」

 まるでアイドルのようにはつらつと声を上げたのが、アイアンウィルのセキュリティベース"背水の陣"に現れたランマルという名の少年である。

 目鼻立ちのよさといい、よく形の整った顎のラインといい、美少女に必要な条件をすべて整えた"彼"は、己のかわいさを知っているらしい。一つ結びにされた長い髪に凝った髪飾りが施されているように、容色は自分でも意識しているようだった。

 なお、述べたとおり、通常はデーターに名はないが、この小姓のような少年に名がついているのは、ムサシがそれだけの傑作を感じている証拠であったし、実際、この世界でもランマルの名は知られていた。

「お名前聞いてもいいですかぁ?」

「名前なんかねぇよ」

「トップエージェントさんなのに?」

「ほっとけよ」

 不機嫌そうな表情で彼を出迎えたのは、アイアンウィルの脇にいた褐色肌の男だ。アイアンウィルはムサシに比べても非常に淡白なので、よっぽど必要がなければ己が作成したデーターに名前など付けない。

 ランマルは間延びしたような声で「じゃぁ……」と言った。

「サスケはどうですかぁ?」

「勝手に名前付けんなよ。なんだそのだっせー名前は」

「ええ!? ダサいですか!?」

「東洋じみた名前が俺にあうかよ」

 褐色の肌、凹凸のハッキリした彫の深い造詣は、確かにサスケというよりは、例えばテムジンとかユーリアスとかそういう名前の方があっている気がする。

「えー、ダメですかぁ……?」

「そもそもお前に俺の名をつける資格はない」

「強い人だったんですよぉ……サスケさん……」

「なんだよ。もういるのか」

「いるっていうか、いたっていうか……」

 ……パンドラ騒動という、今回のクローラのような一件が数年前にも存在した。サスケはその時の犠牲者の一人らしい。男は眉をひそめる。

「死んだヤツの名前なんか付けんな」

「強い人だったんですよぅ……」

「関係ねぇよ」

 彼がこんなにつんけんしているのは、このランマルの護衛を彼が任されたからである。

 なぜ純戦闘型のデーターである自分が華々しい場面に立てず、こんなガキのお守りをしなければならないのか。

 アイアンウィルの顔を思い出せば腹の立つ今の状況で、この子供との会話が非常に退屈なのも無理はなかった。

(あのジジイと俺は絶対にあわねえ……)

 不満は募れど彼はデーターである。このセキュリティベースを置いて、他に生きられる場所などはない。

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