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下書き  作者: 矢久 勝基
二幕 陰謀
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distress ~苦悩~

 世界の秩序を乱す者と、死を賭して戦い、世界を護り抜く。

 ネットセキュリティを生きるエージェントたちの基本理念であり、それを完遂することこそ彼らの最大の名誉となる。……はずが、それを行うことにより汚名を被りえる可能性など、存在していいのだろうか。

 現在、ムサシは自己修復を行っているし、シャドウイージスの"だまし討ち"でムサシ所属のエージェントも多くが傷ついている。ここでさらに世界三大セキュリティシステムの残り二つが衝突し、機能を弱体化させるリスクは、確かに計り知れない。

「要するに……」

 セキュリティベース"背水の陣"の一角、サスケは、ランマルと肩を寄せて座っている。

「シャドウイージスが諸悪の根源だとしても、世界を護る責任を果たしていることも事実だってことだ……」

 その声には覇気がない。頭を抱えて呟く言葉はまるで呪いの詠唱であるかのように黒くよどんでいる。

 彼の落胆は、さながら長く追ってきた理想が叶った瞬間、それが思い描いていたものとはまったく違うものであったというのに近い。自分が信じられる戦いを行えば、それが世界の善であることを信じていた青年には、耐えられない事実であった。

「でもぉ……」

 隣で、膝を抱えて座る少年が、大きな瞳いっぱいに彼を映して言った。

「シャドウイージス様だってムサシ様をだまし討ちにしたんですから、報復されても仕方ないんじゃないですかぁ?」

「だから、それが世界に沸いてくるウィルスデーターにとっては、思う壺になるんだよ!」

 任侠の世界なら、社会的な評価は別として、その報復は伝説にもなりえるだろう。

 しかし彼らセキュリティシステムは根本的な立場が違っている。特に彼にとって汚名となる勝利は、勝利ではなかった。

 それっきり、沈黙の漂う二人の空気。ランマルは首をめぐらせてはあれこれと言うことを考えていたが、よい言葉は思いつかず、中空を見上げてポツリと呟いた。

「シャドウイージス様は何がしたいんでしょぉ……」

 "サスケ"の言葉を聞いてランマルには思うことがある。

 シャドウイージスにしても同じ条件なのだ。あるいはこの世界のセキュリティを牛耳ろうとしているならば夢物語もはなはだしい。

 なぜなら、AIがどう思おうが人間たちがそれを許すはずがなく、事実関係の調査が進めばシャドウイージスは立場を危うくするはず。

 派手に立ち回れば社会問題となり、当然人間たちは調査や修正に乗り出すわけで、聡明で知られるシャドウイージスがそのような短慮に走るとは思えない。


 彼らとは別に、アイアンウィルも一つの疑問に至っている。

 なぜ、シャドウイージスが"巌流島"を攻撃したか、だ。

 あの神官はアイアンウィルを丸め込み、「クローラを操るのはムサシ」と植え付けた。ならば放っておいても、二者の亀裂から生じる刃が互いを傷つけることになるわけで、何も彼らが嫌疑を掛けられるような行動に出る必要がない。

 それに彼ら自身の策略で、アイアンウィルとシャドウイージスは歩み寄っていたわけだから、"巌流島"に赴いたアイアンウィルのトップエージェントを狙撃をするメリットが見当たらない。

「気でも狂ったか。あのエセ神官め……」

 アイアンウィルは左手で、存在しないキーボードを叩いた。直接話してみるのも一興だろう。

 浮かび上がるのは赤肌の神官だ。マフィアの首領じみた男はシガーをその涼しげな顔に突きつけた。

「なにか申し開きはあるかね」

「何のことでしょうか」

「貴様、どこぞの国の政治家のようだな」

 不都合が起きた時、あからさまな証拠が挙がってもしらばっくれる面の厚さはリーダーの資質の一つなのか。

「"巌流島"がクローラに襲われたのは知っているな」

「存じません」

「"巌流島"に向かったウチのエージェントも狙撃された。貴様のところの狙撃手だな」

「根拠は?」

「目視せずに狙撃できるエージェントなど、ウチもムサシも抱えてはおらんのだよ!」

「だからとてなぜ我等に嫌疑が向かうのです?」

「銃弾だよ」

 アイアンウィルはカマを掛ける。

「ウチのエージェントをナメるなよ? "巌流島"で狙撃された際、銃弾を一発持ち帰っておる。前に狙撃されたのと同じ線条痕の銃弾をな」

 そのような事実はないのだが、神官が口を挟んでくる様子はない。

「……そして、同じものがミストを管理するゴーレムからも見つかっている。……もう一度聞く」

 アイアンウィルの目が特に険しくなった。

「なにか、申し開きはあるかね?」

「……神よ……どうすればこの愚かな子羊を救えるのでしょう……」

「神に逃げるな!」

「ムサシは今や共通の敵であったはず。我等が兵を進めたことをはばかられては、前もって事実をお伝えした意味がありません」

「シャドウイージスが兵を進めてムサシを撃破したのなら、やはりクローラは貴様が作り出したことになるじゃないか」

「あなたはクローラがムサシのエージェントを撃破していくのを見ていらっしゃったのですか?」

「ム……?」

「クローラは確かに戦場におりました。ただし、我等の敵として、ですが」

 ここにきても表情一つ変えないシャドウイージスが多弁になる。

「"巌流島"が襲われたのではなく、我々が襲われたのです。残念ながら捉えきれず逃がしましたが、ムサシを追い込むことには成功しました」

「逃がした?」

 アイアンウィルは鼻で笑う。

「エージェントともあろう者が首領を護らず逃げ出したとでも言うのか?」

「それはあなたのところに逃げ込んだランマルが、そういうエージェントを抱えているムサシの事情を物語っているのでは?」

 刺すような視線を送るシャドウイージス。

「あなたは共通の敵であるはずのランマルを匿っている。これが如何なるご乱心か、逆に伺いたい。そして我等は彼のすみやかな引渡しを要求します。さもなくば……」

 彼はまるで覚醒したかのように言葉を発し続けたが、アイアンウィルは内容よりも、その"目"が、気になった。


 あからさまに怪しくても切り崩せない。真実というものは当事者よりも強権が一方的に判断しない限り、当事者が認めなければ存在しないものだ。

「銃弾はなんと説明をつける」

 という質問に対しては知らぬ存ぜぬの一点張りであり、それよりもランマルを匿う行為を激しく非難されれば、議論は平行線となる。

 この時点でシャドウイージスをどう問い正しても何も生まれまい……アイアンウィルはこの議論を打ち切った。

 将棋で膠着している時と同じだ。動かぬ戦局をつぶさに見守り、攻撃の糸口ができるまで待つしかない。……本来なら。

 彼らには時間がない。

 新たなソフトウェアがいつ到着するのかは分からないが、少なくとも千日手に飲まれては、ドロップアウトせざるをえないのは自分たちのほうであることは間違いなかった。

「失礼します」

 首領の部屋に戻ってきた"彼"も、それを理解しているようだ。

 視線を落とし、雰囲気も暗い彼からは、今までの、怖いものを知らずに突き進む雄牛のような精悍さは感じられない。が、頼りない足取りから垣間見られる彼の意思は、決して"降参"ではなさそうだった。

「決めたのか」

「……」

 たくましい体躯を持つ青年はうつむいたままだ。今も苛む葛藤が、彼を取り巻いて容易に口が開けないのだろう。

「貴様が望むなら、シャドウイージスと戦端を開こう」

 首領は、この男が言い出す希望に最大限添おうと思っている。

 どうせ消えるのだ。汚名を被ろうが無能と罵られようがかまわない。ただ、常に反発しながらも、いつもトップエージェントとしての責任を果たしてきた男に最後、花を添えてやってもバチは当たるまい。

「いや……」

 しかし男はかぶりを振る。

「たとえシャドウイージスがそうだとしても、アイアンウィルは真似をしちゃいけない……」

 セキュリティを担っている者たちの責任において、これ以上の秩序崩壊は防ぐべきだった。

「だけど、このままじゃ本当に戦えもせず、いいようにやられたまま消えることになる」

 うつむいたまま、静かに紡がれてゆく男の意思。

「俺は、戦士です。同じ消えるなら戦って消えたい」

 そしてようやく……男は顔を上げた。

「俺が、クローラと同じことをします」

「なんだと?」

「あくまで俺が一人トチ狂って、シャドウイージスの管轄基地ベースに攻撃をかけます。所長は、責任を追及された時、俺を切り離してください」

 それでクローラを誘致できるかもしれない。そういう目をしている青年に、この首領は目を細めた。

「貴様は不思議だな……」

「はい?」

「それは……貴様の意思だよ」

「意思……?」

「ワシの命令じゃない。貴様は、自分の意思で行動しようとしているだろう」

 単なる一時ファイルの分を超えた"心"であり、本来はAIエージェントである自分しか持ち得ないものだ。

 この世界のデーターたちに何が起きているのかは分からない。しかし、"それ"が己の判断で世界の秩序を護ろうとしている事は間違いない。

「しかし、いいか、貴様のやろうとしていることは人間から見れば害毒にしか映らない。ウィルスとしての汚名を被ることになるぞ」

 だが、男の覚悟はすでに決まっていた。

「……俺はそれでも戦いたい。それに、本当に汚名を被っちゃいけないのは所長、アンタだ」

 悩み葛藤した彼の心情は、そう変わっている。

「……」

「だから、所長は今までと同じようにセキュリティエージェントとしての責任を全うしてください。俺はしばらく悪者になって……糸口を探します」

 それが、彼の答えであった。

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