Raid on ~襲撃~
クローラが殺戮の行軍を始めてからしばらくして、死の覚悟を決めた男の護る基地に駆けてきた者がいる。その水干姿が飛び込んできた時、エージェントの一人はクローラが現れたものと思い襲い掛かった。
「まて!!」
という声と、
「サスケさぁぁん!!!!」
という声が交錯し、声を発した少年の身体が、攻撃に入った男の鋭く長い爪の届く、ほんの一寸前でさらわれる。
そのままランマルの頭を抱えて受身を取る"サスケさん"。攻撃を行った男を追い越す速度で飛び出しダイブしたのだ。とても立っていられるような体勢ではなかった。
床に転がる二人。呆気にとられる別のエージェントたち。
「何やってんだお前は」
その後、片膝立ちになり少年を立たせると、彼は気が気でもない様子ですがりついてきた。
「助けてくださいぃぃ!!」
「助ける?」
「巌流島が!! 巌流島がぁぁぁ!!!」
「巌流島?」
ムサシのセキュリティベース、つまり本拠地である。
「クローラに襲われてるんですぅぅ!!」
「は?」
男は初め、何を言われたのか理解できなかった。
クローラはここに来るはずなのだ。そもそもアイアンウィルのユーザー以外をクローラが襲撃したことはない。
それが急にムサシの、しかもセキュリティベースを……?
いや、待て。
……男は、探る目をした。立ち上がり、少年を見下ろす。
「なに企んでやがる」
「え……?」
「俺らを吊り上げて、もぬけの空になった基地を、ヤツに狙わせるってか?」
「えぇっ!! なんでですかぁ!?」
「お前たちがクローラを操っていることは知っている」
「えぇ!?」
「"あるはずのない通路"へアイツを導いたのはお前だな?」
「……」
すがっていたランマルの、鬼気迫っていた雰囲気が霧散する。彼は、顔を落とした。唇を噛み締め、しばらく動かない。
「どうした?」
「ごめんなさい……」
「ん?」
その謝罪の意味するところ……男は身を乗り出すように少年を凝視する。
やがて……余計な音が一切ない空間で、声は、とことん小さく、しかしはっきりと紡がれた。
「僕らは……騙されたんです」
「騙された?」
「クローラは……シャドウイージス様が開発したデーターです」
ぴくり……男は眉間にしわを寄せる。
「許可がなくても基地へ無理やり侵入し、破壊を行うことのできる殺戮データー……回線が繋がっているというだけでどこでも侵入可能で、しかも特定のコードが存在しないために何の網にもかからない……脅威の戦士です」
「……」
シャドウイージスがそのような逸材を造り上げたのは偶然だった。しかしできてしまった。これはネットワークの世界では革命的なデーターだった。彼はそんな主旨の言葉をならべて、
「とはいっても、彼女はまだ実験体なんです。性能のどこに限界があるのか、どういう弱点があるのか……それを試す"場"が必要っていうことになって……」
「それがウチか」
男は、気がつけば聞き入っている。
「僕らは共闘を持ちかけられたんですぅ。当時のシャドウイージス様は、まだクローラにそれほどの自信を感じてらっしゃらなかったようでしたし、記録がたくさんとれる前に消されてしまうと不都合ということで、攻撃地点をアイアンウィル様のテリトリーに絞り、互いに情報は共有するという条件で実験をすることになりまして……」
ランマルの潜伏は彼らにとって渡りに船だった。ランマルがスパイとなり、逐一情報を流し続けた。
「それなのにあの人たちは急にこっちに牙を剥いてきたんですぅ!」
「……お前、どの面下げてきたんだ」
男が呆れたのも無理はない。
共にヤツラを騙そうと、約束した相手に騙されて、騙そうとした相手に泣きついているのだ。
「わかってますけどぉ! 頼れる人はサスケさんしかいなんですよぉ!!」
「ムサシがいるだろう」
俺よりもよほど強いはずだ。そう含んで突き放すが、ランマルは彼の冷淡になおもしがみついた。
「ムサシ様が、撃たれちゃったんですぅ!!」
「ほぅ……」
狙撃されたらしい。ランマルの表情が沈む。
「あのペティルってやつか」
「……わかりません」
今の話を信じるとすれば、恐らくそうだろう。
ムサシのセキュリティベースにどうやって侵入したかが本来疑問となるところだが、秘密裏に同盟を結んでいたのなら議論の余地はない。
「ムサシ様に言われたんですぅ! 『あの男のところへ行ってなしゃい!』って!」
それを少年は『助けを求めてこい』と言われたのだと思った。なので、無邪気に泣きついているわけだ。しかし男は首を振る。
「ランマル。お前を信じようが信じまいが、俺の責任は今、この基地を護ることにある。ムサシも戦士だ。戦いの経緯はどうであれ、戦って負けるのなら仕方のないことだろう」
「……」
「それに、ムサシがお前をここに遣わしたのは、多分お前を非難させたかったからで、俺に助けを求めたわけじゃねぇ」
ムサシも、まさかこれほどに無茶な話の筋を通そうとは思っておるまい。
「……心配すんな。ムサシも、死ぬ気がないからお前を逃がしたんだ」
なぜなら、アイアンウィルと彼の関係がそうであるように、ムサシが消えればランマルも消える。ランマルを避難させたということは、切り抜ける算段がついているということになる。
「明日の朝までここで待て。明日になれば、俺も巌流島に行こう」
ムサシは死ぬ気はないと聞いて、少年は一応の平静を取り戻しているようだった。
"巌流島"などと名がついていると、和の雰囲気漂う基地を思わせるが、アイアンウィルや他の基地となんら変わるところのない、楕円形の通路とアリの巣のような形状の"街"が飾り気もなく広がっているだけの場所である。
その殺風景にさらに哀愁を加えた静寂が今、このセキュリティベースには漂っている。
「ムサシ様……」
震える声が基地の一角に浮かび、声を発した少年はその場所にひざまずいた。
ムサシは、そこにいる。悠然と胡坐をかいて、背筋に板が入っているかのように姿勢を正したまま……。
ただし、彼とランマルの間は巨大な氷柱で遮られており、触れることは一切叶わない。目を閉じたまま、時が凍っているその姿は、生きたまま神になったようにも見える。
「スリープか」
同行したアイアンウィルのトップエージェントは呟いた。
一般のエージェントデーターにはできないが、首領であるAIエージェントデーターはゴーレムと同じく、自身に重大な異常が認められた時、自らを保護するために一切を遮断して修復に努める機構を備えている。自動ではなく本人の判断であり、本人は活動できなくなっても子飼いのエージェントたちは活動できる仕組みとなっている。
「まぁ……」
男の空気が動く。
「差し当たっての脅威はないな」
そしてきびすを返した。ランマルは目を丸くする。
「え……?」
「じゃあな」
「待ってくださいよぉ!」
「なんだよ」
「僕はどうしたらいいんですかぁ……?」
「知るかよ」
容赦のない男の歩調に、ランマルはすがりついた。
「何でそんなに冷たいんですかぁ……」
「言えた義理かよ」
「今さら言っても無駄かもしれませんけど、僕はずっと反対してたんですよぉ!」
何のいわれがあってアイアンウィルが冷や飯を食わされなければならないのか。ランマルは確かに訴えていた。
いつかクローラのような、セキュリティエージェントのだれもが手を焼く部類のウィルスデーターを、一般のハッカーたちが作成する日が来る。その前に充分な情報をクローラから得て、万全な対策を取れるようにするべきだ。……同盟を持ちかけられた時のシャドウイージス側の言い分だった。
分からないではない。確かに今、クローラの完全体が世界を暴れまわれば、どのセキュリティシステムも手に負えない。彼女のような特異なデーターが作成できてしまった以上、対策のための情報収集は急務ではあるだろう。だけど……、
「……僕があなたをサスケさんと呼びたいのはぁ、今度こそ、絶対に死なせたくないからなんです」
そんな理不尽でこの男を死なせたくない。……ランマルはパンドラという悪魔のような殺戮データーとの壮絶な戦いで大事な人を失った時のことを思った。
大好きだったサスケさんの名を呼べたら、呼ぶたびにサスケさんを思い出す。あの時、何もできなかった悔しさを思い出す。今度は絶対に、全力を尽くそうと思える。
「……こんな理不尽で死ぬなんておかしいじゃないですかぁ……」
「思い上がるなよ?」
一方で彼は、この子供に生命を握られているかのように言われるのは腹立たしい。
「俺は別に、理不尽でも何でも、戦士として立派に戦って死ねるんなら何の不満もねぇよ」
この男にとっての理不尽は、戦うわせてももらえないまま消え去ること。そして不名誉な戦いを強いられることだ。その戦いが崇高であれば、敵が誰で、どんな事情があろうが自分には関係のない話である。
が、ランマルは納得しない。
「なんでサスケさんは軽々しく死を口にするんですかぁ……」
「俺は戦うために生まれてきたんだよ!」
心は、いつも死と隣りあわせでなければならない。明日が気になれば、それだけ今日の死を恐れる。自然、行動は臆病となり、戦士たる己の責務を果たすことができなくなる。
「前に、『他人のために生まれ生きているんですか?』って聞いたら、サスケさんは否定しませんでしたよね?」
「……」
うなずきはしなかったが、そうだろうと思う。なぜなら戦うために生まれた自分がなぜ戦うかといえば、他のデーターたちを護るためである。そこに名誉があるし、その名誉があるからこそ死に意味がある。
ランマルは否定されなかったことを肯定と取り、続けた。
「じゃあ、僕のためにも生きてくださいよぉ……」
「は?」
男、ややもイラつきながら言葉を反射した。意味が分からない。ランマルもちょっと怒った顔になる。
「僕の、ために、生きて、くださいといったんですーー!」
「何を言ってるんだか本当にわからねぇ」
「僕がサスケさんのこと大好きだから死なないでって言ってるんですよぉぉ!!」
「はぁ?」
「だから僕が、サスケさんのこと……」
「言葉はわかったよ! 何で俺が好きで、俺はお前のために生きなきゃいけないんだって聞いてるんだ!」
「好きに理由が必要ですかぁ!?」
「しらねぇよ! だからなんでだって聞いてんだろ!」
「だからぁ! 好きに、理由が、必要ですかぁ!? ってば!」
なんとなく話がかみ合わない。それでも、ランマルは目の前の男に愛おしさを感じていた。




