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3/3

元異世界お嬢様は寝坊する

PiPiPiPiPi....

「ん…」


 カーテンの閉じられた部屋に鳴り響く電子音。部屋の住人は手慣れた様子でそれを止める。


「ふわぁ…」


 布団から出て、カーテンを開ける。窓からは朝日と呼ぶには爽やかさに欠ける日差しが差し込んだ。


「…今日も、あっついなぁ…」


 この分だと、今日も40度近い気温になるのだろうか。考えるだけで気力が削ぎ落とされていく。


「…顔洗お…」


 朝日を浴びるのは健康に良いと聞くが、この時期ではむしろ逆効果な気がしてくる。

 さっさと窓際から退散し、部屋を出て洗面所に向かうことにする。

 廊下に出ると、母が玄関で靴を履いていた。


「おふぁよぅ…」

「あら、おはよう。また夜更かし?」

「んぁ~、ちょっとね~」

「程々にしときなさいよ」

「あい…ってあれ、でかけるの?」

「そうよ。お父さん、何本か早い電車で帰ってくるみたいだから待ち構えようと思って」

「相変わらず仲のよろしいことで…」

「そのまま散歩してくるから戸締まりよろしくね~」

「はーい」


 18年前までは自分がこんなにも穏やかな朝を迎えられるなど考えられなかった。

 仲のいい両親、親との何気ない会話、どちらもかつての自分にとっては夢の中の存在だった。

 自らの命をもう一度生まれ直させる禁忌に挑む程度には、18歳だった自分を追い込む環境がそこにはあった。

 転生し、この世界が元の世界とは別であることに気がつくまで、自身の体にまたしても魔力が宿っていなかったときは、また繰り返すのかと絶望的な心持ちであった。

 ところがそもそも魔法が存在しない世界とわかったときは驚き、少し安心した。

 あのとき自分が行った儀式魔法に、世界を飛び越える力などなかったはずだが、術者の命を代償とする魔法などそうそう行使されることはない。

 その効果も人づてに伝わるしかない。

 きっと自分の世界だけで輪廻できるわけではなかったのだろうと今は解釈している。

 そもそも、前世の自分にもはや未練などないのだ。

 今のこの幸福な生を噛み締めて生きていくと心に決めたのは何年前のことだったか。


「そういえば、明後日の誕生日は豪華なディナーを作るから、楽しみにしてなさい」

「やった!ありがとうお母さん!」

「じゃ、言ってくるわね」

「気をつけてね~」


 彼女は明後日に18歳の誕生日を迎える。

 同じだけの時間をあちらで過ごした記憶があるが、今とは真逆の日々が詰まっているその記憶は、時たまフラッシュバックし彼女を苦しめる。

 豪華な家の中でも外でも、自分に向けられるのは蔑み、失望といった負の感情ばかりだった。

 一人で起き、誰もいない食堂で見た目だけは豪華な冷たくなった料理を食べ、生活感のない部屋の自分には広すぎるベッドで死んだように眠る日々。

 そんなものに比べたら、今の木造平屋生活のなんと温かみのあることか。


(うーん、流石に昨日は夜更かしが過ぎたかな…)


 顔を洗っても、こびりついた眠気を拭いきれず、ちょっとだけ、と言い訳しつつさっきまで寝ていた布団の上に寝転がる。


(あぁ、二度寝は心を潤してくれる。リリンの生み出した文化の極みだよ…)


 昨日の夜更かしの元凶のセリフを思い出しつつ、どんどん意識が遠ざかっていく


(あれ、目覚ましのスヌーズ、まだ入ってたっけ…)


 確認する間もないまま、微睡みに飲み込まれてゆく。

 次に彼女が聞くのは目覚ましの音ではなく、散歩から帰ってきた母の怒声だし、その後は遅刻したことによる担任からの説教であろう。

 そんな先のことを知る由もなく、小さな布団の上でかつては浮かべることのなかった穏やかな寝顔をする彼女は、普通の家で幸せに暮らす1人の少女でしかなかった。

次は少年に戻ります

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