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第4話-5・〜闇薔薇輪舞曲

「う……」

 異様な辺りの暗さと体に感じた重みで目覚める。体が妙に熱っぽく気だるい。目を開けると、見慣れない空間。どうやら客間のベッドに寝かされていたようだ。頭に乗せられた濡れタオルに触れると少し温くなっていた。

 そうだ、私は地下の扉を開けてしまってそのまま――。

 ふと体に目をやると色白の筋肉質な腕が私の胸を覆っていて、真横には自分の右腕を枕代わりにして眠っている人形のような顔がレイラの顔があった。

 右手には私が森でつけてしまった傷。恐らく、意識は無かったけど引っ掻いたんだと思う。血が小さなどす黒い固まりになっている。

 もしかしてずっと見ていてくれたの……?

 す……少し場所が場所だし恥ずかしいんだけど寝かしてあげなきゃ可哀相だ。

「ごめんね、レイラ」

 私は右手の傷にそっと触れ、レイラの長いまつげを指でつーとなぞる。

 いつも護ってくれているのはやっぱり貴方。ありがとう、そしてごめんなさい、レイラ。

 言葉に出来ない言葉。

 それは私にはあまりにも重たくて。弱い私にはそんなこと言えっこないわ。レイラにお説教されても仕方ないよね。

 昨日の事を一生懸命思い出してみたんだけど、ほとんど覚えていない。扉の先に何があったのかも分からなかった。私はどうなって今に至っているのか、とかも全部。

 私、どうしたらいいの、ねぇ、無力で何も出来ないよ。

 自分が情けなくて情けなくて。でも何かがせき止めていて涙も声も出ない。

 私は胸に置かれたレイラの手を両手でそっと握った。

「ごめんなさい。悪いことばかりして、ごめんなさい」

 でもやっぱり知りたい。どうしても知らなくちゃ。

 叔父さん。どうしたの? 何があったの、教えてよ……。

 起こさないようにレイラの腕をベッドに置き彼にタオルケットをかけると客間を後にした。

「やっぱり誰かがいる。私達のまわりに知らない誰かが」




   †




 風で黒いネグリジェの裾がひらひらとはためく。

 何してるんだろ、私……。

 反省したばかりなのに、やっぱり動かないと落ち着かない。まるで操られているマリオネットのようだ。見えない糸で操られる足はどこか独りでに動き出す。

 私は青薔薇園へ一人で行っていた。屋敷の東はエントランス、西は納屋、南は私の部屋が面していて、北はここ、青薔薇園があるのだ。一面中に芳しい香りが漂うこの場所は行ってはならないと叔父さんに念押しされていた場所の一つであった。ここにあるのはたくさんの青薔薇の木と所々置かれた石のモニュメントと古びた噴水だけ。夜の帳の中では不気味な世界だ。

 ここの青薔薇は叔父さんの趣味で品種改良がなされていて、形、色、大きさが異なっている。だがどの子達からも酔いそうなくらい甘い、甘い香りが漂うのだ。

 ふと横にあった強い芳香の薔薇の木に目がいった。

 この薔薇は叔父さんの部屋のデスクに入っていた薔薇と一緒……?

 青というよりは青紫に近い大輪の青薔薇。鍵を探した時、なぜかデスクの中に入っていた鮮やかな青薔薇にそっくりだった。

 あれを置いたのは誰?

 レイラ? アリシア? それともクロウ? もしかして叔父さん? いや……レイラ達はここを知っているかも分からないし違うかもしれない。

 頭の中で謎がどんどん膨らみ、私の脳はカオスと化していく。

 わからない。どうしてもわからない。私達はこれから一体どうなるっていうの――? どうやって太刀打ちしたらいいの?

「もし、誰かが私達を監視していたら?」

 考えただけで寒気がする。森での気配が本当で、何かが私達を狙っていたら?

 もしかして私が見た叔父さんの夢は誰かに操られていたもの?

 気持ち悪いくらい合致した辻褄。

 私が行動するように夢で誘き寄せて、無理矢理あの扉を開けさせて……そこから先は? 私を殺そうと? それとも足止め? いや、それは違う。私達はしばらくここに滞在する予定だもの。

 仮に相手がそれを知っていたとしたら、逆に何かを急かしている?

 うう……、駄目だわ。

 扉の先に潜むモノがよく分からないので結局は解決出来そうにない。叔父さんは扉の先の存在を知っていたのかな、だから私に口酸っぱく行くなと?

 足元の花弁を一枚摘むと私はぎゅっとそれを握り青薔薇園を後にすることにした。

 何故だろう?

 何故だか心が落ち着かない。

 突然微かな匂い――柔らかくて、懐かしくて、愛おしい匂いが鼻腔を刺激した。

「……叔父さん?」

 叔父さんの匂いだ。

 部屋に入ったから服に染み付いたのか、それとも私の情緒不安定のせいか。

 ううん、どっちだっていい。行かなくちゃ。でも何処に?

 生活する場は省こう。それなら叔父さんの部屋……はさっき行ったし。そうよ、もしかしたら私の部屋、……叔父さん!

 来た道を急いで戻って、自室まで駆け上がる。誰かさんに壊された扉を押すと何故かそこは目が眩むような青一色の世界――。優美な香りに嗅覚を奪われる。

 まさか……。

 ポケットから花弁を出し床の物を一片拾う。

 一緒……?

 手からするりと少し萎れたのと瑞々しいのと二枚の花弁が舞い堕ちる。


 ゆっくりゆっくり


  くっついては離れ。


 廻って廻って


     ぶつかって。


ひたすら地面を

 

    目指して堕ちる。


  艶やかな碧色で

   

    泣いたかと思えば


  朽ちた黒茶色で

 

     悪魔の微笑。


「気になるの?」

 私はフッと振り向き、声の主を確認した。

「クロウ……」

 黒いシルクハットから覗く夜空色の真っ黒な瞳。

 シニカルなニヤニヤ笑いをしながら彼は私の横に立った。

「体は大丈夫?」

「大丈夫よ、ありがとう」

「そりゃよかった。俺とレイラが君の中で反発してた汚い魔力を取り除いたからね」

 魔力について詳しく知らないけど魔力に綺麗、汚いなんてあるのだろうか。

「地下に眠る幽閉兵器。あれを兵器に変えたのは誰だろうね? 誰があんなに汚い魔力を施したんだろうね?」

「それはどういう意味?」

 クロウはシルクハットを被り直して床に散らばる青薔薇を手いっぱい掴み取った。

「隠された()を俺達より先に君が見つけてしまった。そして君が解放したことにより危険な枷に囚われたそれは……目覚めてしまった」

 クロウは手に力を込めて、ゆっくり開けた。手の平の青薔薇達は一瞬キラリと輝き、精気を吸いとられたかのように急激に枯れた。

「捕らえていた魔力は君に取りつこうと、君の神聖な体を蝕もうと試みたわけさ。そして俺とレイラがそれを始末したんだ」

 その魔力が私の中であんなに反発したから熱くなっていたのか。骨の髄まで溶かされそうな熱さを思い出して私は再び怖くなった。私なんかが開けてはいけないんだ、と改めて確認させられるあの出来事。叔父さんがあんなにも私に行くなと言っていたのはそれなりの理由があったんだ。

「……ごめんね、迷惑かけちゃって」

「その言葉はレイラにかけてやって。一晩中君の側に付いてたんだよ。あの人もお人好しでなかなか世渡りも口も下手だからさ」

「うん」

 本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。でも……。

「あのね……」

「何?」

「叔父さんに似た気配を感じるの。クロウには分からない?」

 クロウは目を細めて、ズボンのポケットに両手を突っ込んだ。

「……分からない。俺は何も感じないけどねぇ」

 クロウには分からないのか。この胸騒ぎは。当たり前と言えば当たり前。だってクロウは叔父さんを知らないし。

「それからこの青薔薇。何度も私の前にこうやって摘みたての青薔薇が撒き散らされてる。まるで……誰かが自分の存在を誇示するように」

 私はぐしゃりと青薔薇を踏みつける。青薔薇の花弁は柔らかく、足首を捻ると足の裏がじわりと湿っぽくなった。

「ねぇ、何か知っているの? これは……貴方の仕業?」

 彼はニヤニヤ笑ったまま私の横に並び肩を抱く。

「さぁね」

 一体、どっちのさぁね、なのよ。

 ほら、さぁ知らないね、なのか、さぁ僕に聞いても教えないけどね、なのか。

「答えてクロウ」

 依然クロウはニヤついたまま、いや、むしろ更にニヤつきに深みが増した。皮肉めいたその笑いは彼の思考を読ませさせまいとする仮面だ。

「まじで知らねぇから」

「本当なのね?」

「さぁ?」

 今度はさぞかし面白そうにクスクスと笑った。

 やっぱり意味が分からない、この人!

「……どうなのよ?」

「あなたの好きな方で」

 いやいやいや。意味不明です。最早答えになってない。

「もうっ、クロウったらちゃんと答えてよ!」

「あっは、怒った君も可愛らしいね。余計にからかいたくなる」

 再びニヤリと笑う彼。

 ああ、もう、本当に本当に本当に頭に来た。

「だからぁ! ちゃんと真面目に答えなさ……っ」

 私はクロウの黒いタートルネックの袖を引っ張った。のは良かったが形勢逆転。逆にクロウが私の力なんてかかっていないかのように、私の体を半回転させると壁にぎゅっと押しつけた。

 クロウは温かい吐息がかかるくらいまで顔を近付ける。美しい漆黒の切れ長の奥二重の目は真剣そのもの。こんなにも綺麗な人に見つめられちゃうと息が出来なくなっちゃう。シトラスの香りが私の鼻をくすぐった。

「く……」

 クロウは私の唇を長い人差し指できゅっと押さえる。

「いい、フツキ。これからはレイラの言うことをちゃんと聞きなよ? 彼なら君を絶対に護ってくれるから」

 どういうこと……?

 なかなか声にならない疑問。

 ……どこかに行っちゃうの?

「大丈夫。俺もちゃーんとフツキの成長見守ってるから。早く大人になっちゃってよね? あーんなことやこーんなことも出来るようになるからさ」

 そういうとぎゅっと私を抱き締め、またあの時のように舌で私の頬を舐めた。うえにあろうことか大きく開いたネグリジェから胸に手を滑り込ませ下着の上から触っ……いや、揉んだ。

「ひ、ひゃああああああっ! 最ッ低クロウ! 女の子の大事なトコ触るなんて最低!」

 クロウは叫び散らす私を無視し、窓辺から飛び降りる準備をしている。

「ちょ、待って! 行かないで! そうやって誤魔化さないで! ねぇ、クロウ!」

 私の精一杯の叫び声が通じたのか、クロウは一瞬動きを止めた。

「クロウい――」

「早くここを出なよ。俺は先に脱出しちゃうから! また合流しよっ。んじゃっ!」

「待って!」

 私が窓に手をかける前にクロウは飛び降り、暗闇の中へと溶けていった。

 不意にじんと寂しさと不安が襲いかかる。

「どうして行ってしまうの?」

 彼は従者と呼ばれる人であるはずなのにどうしてこうもふらふらしているのかな。

 寂しい、な。でも私がこんなにも彼のことで悲しむなんて自分でもびっくりだ。彼はいつも突然現れては消えてしまう。

 いつだって拭えない不安を残して。だから後味は最悪。

 私は青薔薇の絨毯を踏み潰しながら、ベッドに近寄りあの木箱を手に取る。

 ――真っ黒な銃。持って暗黒のボディーに施されているのは銀の蔓が巻き付いた青薔薇の彫刻。

 ずっしりとしたそれを握りかざしてみる。初めてこれを向けたのはレイラだった。それにしても叔父さんは何かを、私の身に降り掛かるモノを知っていたからこれを私に託したの?

 それとも最初私が思ったように――。

 わからない。

 物騒な銃を箱に戻し、ぺたんと床に座り込む。

 青い世界。広がる青は不安の、哀切の、郷愁の色。花弁達が微かに悲鳴をあげた気がした。

「知りたいのに……」

 どうして何も知れないの?

 青薔薇の花弁をぎゅっと握りつぶす。植物特有の匂いと青薔薇の艶やかな匂いが混じりあう。私は青い汁が指の隙間から伝っていくのをじっと見つめていた。

「クロウの馬鹿、私の……馬鹿」

 そう小さく呟いた途端、背後で扉が軋む音がした――。




はい、ごめんなさい!加筆修正前はこれでも生乳もn(黙れ 私だったら一回飛び蹴り食らわせます。次回は違う意味で、いや、ちょっと似てる意味で飛び蹴り食らわせたくなるターン。本当にごめんなさい←

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