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第4話-1・青薔薇屋敷のユウヘイ兵器〜迷いの始まり

 大きな荷台。


 二頭の馬がパカラパカラ。


 姫様のゆりかご。悪魔の揺り椅子。


 君はきっと傷つくだろう、醜いこの世界に。


 だから知らなくていいんだ。


 守るからね?


 君は無垢な赤ん坊でいい。




 あー。眠たい、だるい。背中が痛い。

 僕は背中の痛みで最悪な目覚めを迎えた。

 荷台の下に更に収納スペースがあるのだがそこは非常用の物ばかり入っているので手荷物は荷台上にある。つまり荷物だらけの狭苦しい木製の荷台の上で体の大きな青年と二人の少女が寝ているのだ。

 フツキが馬ではしゃぐだけでなく、荷物などをハイテクだと喜んでいたのはこちらも微笑ましく思ったが、今の自分には寝床の方が大事に思えた。しかし快眠のためだけに魔法を使うなんてもっての他だ。魔力が勿体無い。

 一方幌はあくまで雨風を凌ぐ為の物なので通気性が悪くて蒸し暑い。取り外した所で日差しも厳しいしどうしようもないのだが。

 天井でゆらゆらと揺れる魔電球(自家製、つまり僕製)を見ながらブルーな溜め息をついた。

 文句はあっても贅沢する気は更々ない。旅も始まったばかりだし、どこかの政府に目をつけられたら捨てなければならない物ばかりだ。

 こうなったのは何もかも僕のせいだと数時間前アリシアにこんこんと叱られた。僕は一対複数の戦いで意識不明になる方が悪いと弁明したがアリシアの顔面右ストレートが入りかけたので言い訳はやめた。

 体に鞭を打って上体を起こす。傷はアリシアの手当てと自分で魔法治療を施したのもありだいぶ楽だ。

 普段と違い、垂らしたままの前髪を少し掻く。

 ん……? 何か今髪がギシっていったんですけど。

「か、髪がボサボサになってるじゃないですかぁぁ!」

 僕は荷台の中で吠えた。フツキが見つかったのは良かったものの、それから忙しくて寝る暇もほとんど無かったのだ。髪や身なりの手入れなど論外だ。

 ふと荷台の中を見渡すとフツキもアリシアも器用に体を丸めて眠っている……と言う事は手綱を握っているのはあいつか。

 あいつの事だからどこに連れていくかわかりませんね。このまま手綱を任すわけには……。

 僕は簡易な作りの窓を開けた。やはりシルクハットの黒髪の男が手綱を握っている。僕は前方に向かって叫んだ。

「クロウ! 一旦、馬を止めて下さい!」

「おはよう、寝坊助ちゃん」

 いちいち苛つくな……、ほんとあいつは。

 僕はあえてクロウのちょっかいを無視する。僕にとってクロウにからかわれる程、嫌な物はないのだ。クロウとは昔から腐れ縁で長い間付き合っているが今まで散々、本当に散々嫌がらせを受けてきて優しく接しようなんて微塵も思わない。

「止めて下さいって言ってるでしょ。聞こえませんでしたか? 耳大丈夫ですか? 難聴になったんじゃないですか?」

「なんてレイラ君ー? あっは、聞こえないよー、難聴じゃないけど」

 絶対に聞こえてますよね、確信犯め。

 そして僕がムカついているのを楽しんでいるかのようにクロウはへらへらと笑いながら鼻唄を歌っている。

「今すぐ、この馬車を、この場で、止めて下さいと言ってるんです!」

「なんで? めんどくさいんだけど」

 いつも人を小馬鹿にしやがって……!

 しかも止める気なんてさらさら無いから更に腹が立つ。

「……貴方も休んだ方がいいでしょう? 僕が替わってやると言っているんですよ!」

「そのわりにはレイラかなり疲れてるみたいだけど? 目の下に子熊ちゃんがいるよ〜。その年から子熊ちゃん? はは、さすがストレス社会」

「いいから止めて下さいってば!」

 黙れ。埒があかない。いい加減にしないと殴りますよ本気で。僕は心の中で愚痴る。

「昔みたいに喋ってくれたらね?」

 クロウに鼻で笑われ、僕の肩はフルフルと微かに震える。

「何、出来ないの? くーっ、ガキだね〜」

 とうとうぷつん、と僕の中の何かがキレた。

「だから! 止めろって言ってるだろうがこのエロガラスーーッ!」

 クロウの背中を見ただけであいつが究極にむかつくイヤらしい目で笑っているのが手に取るようにわかった。

 本気で失せろ。蝿、いや塵になってこの馬車に踏まれた方が世の為だ。その時、馬車を止めろなんて言われても僕は絶対に止めませんよ。僕は絶対に止めませんから!

 そんな事を心の中で暫らく唱えていた僕は感じた。自分に注がれる熱い視線を。

 はっとしてゆっくり振り返る。

 大きな目をぱちくりさせながらタオルケットで口辺りを隠し、こちらをじっと見ているのはやはり青い瞳のお姫様だった。

 ああ、しまった。出会って一週間も経たぬ間にこんな下劣な姿を見られるなんて穴があったら入りたい。

「えと……お、おはよう。今日は朝からすごく元気なのね、レイラ」

「ま、まあ。あ……あはは」

 笑えない。笑えないです。

 僕は三角にたてた膝の間に自分の顔を伏せた。

 嫌味なのか? もしかして……嫌味なんですか? フツキに嫌味を言われるなんて従者として、いや普通に男として最悪だ。

 駄目だ。今全く頭が働いていない。完全になんて言っていいか迷っている。どうして自分は肝心な時はこうも口下手なのだろうか。ベストでなくていいが、ベターな言葉も見つからないままただ馬車のがたがたという耳障りな音だけが僕らの沈黙を遮っていた。

「レ……レイラ? あ、あの、元気なのはすごくいい事だと思うわ!」

 フツキはやりづらそうに笑い、うんうんと一人頷いている。

 うんうんじゃないですよ!

 とうとうフォローまでされてしまった自分の首を絞めたくなった。

 フツキは親切心から言ったのだろうが正気でない今の僕にとっては傷口に塩を擦り込まれて更に海水をかけられて消毒液を塗られたくらいの効果だった。

 あぁ、某『エロガラス』のせいで僕、ズタズタじゃないですか……。

「「!?」」

 その時、声をあげる前に体が壁にうちつけられた。

 大きな揺れが突如、僕らを襲ったのだ。馬車が急にカーブし、停車したようだ。こんなことに反応出来ないなんて紅の(・・・)が情けない。

「いっ……」

 僕は咄嗟に身構える間もなく、思いっきり前のめりにこけた。

 ん? 床が熱を持っている。しかも甘い良い香りがして柔らかい。

「……レイラ、重い。あと、近い」

 目下には見目麗しい姫君が青薔薇色の瞳を少し潤ませて、顔を紅潮させていた。

 ご想像できるだろうか。フツキが僕の下敷きになっている姿。

 僕はあくまでもこけただけなので、男性が女性を押し倒すとかいう危険で魅惑的で妖しい格好でなく、大の字にこけた僕の下に僕の全体重がかかっているフツキがいるのだ。

「っ、すみません! 左肩は!?」

「え、えぇ……、大丈夫」

 気まずい、人生で五本の、いや三本の指に入るくらい気まずい空気だ。汚れもない弱った少女を押し倒すなんて気が引ける行為以外の何でもない。

「レイラ?」

 背後から声がした。振り向くと金髪の美少女が欠伸をしている。それから彼女は何度か目を擦り、伸びをするとはっと目を見開いた。

「何してるの!?」

「え? あっ!」

 忘れてた!

 僕はまだフツキの上に乗っかったままだった。

「違います! これ、事故です! 事故以外の何物でもないんです!」

 そう言って僕は直ぐ様飛び退き、手を上に上げた。

「ちょっと、レイラ! 姫様を襲うなんていつからそんな趣味出来た訳よ!? あぁ、姫様大丈夫? ごめんなさいね、羊の顔した狼がいて。あとでみっちりしめときますから!」

「いいえ、いいわ。本当に事故だもん」

 フツキは少し照れ笑い。そしてそんな彼女の頬はまるで咲きかけの蕾を思わせるようなほのかな桃色になっていて、何とも愛らしかった。きっとどんな男でも、一瞬は見つめてしまうに違いない。

「レイラ、顔赤いわよ」

「放っておいて下さい!」

 僕の方はと言えば茹でダコと張り合うくらい赤くなっているんだろう。鏡を見るまでもないのは自分でも分かっている。

 僕は勘違いされたのも、図星だったのも悔しくなり、押さえきれない恥辱と憤怒に後押しされて直ぐ様表に飛び出した。

「クロウ!」

「着いたよ」

「着いたよ、じゃない! お前は馬も上手く操る事が出来ないのか!?」

 クロウがくすりと笑う。 一体、僕の何がおかしい?

「今の……ダジャレ?」

 は……?

 クロウがうまもうまく、とわざわざ耳元で囁く。

 くすぐったいし気持ち悪い!

「だぁぁっ! 鬱陶しいな、もう! 違いますよ! 大体、なんでこんな所に馬車を……」

 僕はふと目線を上に向けた。

「青薔薇屋敷……?」

 そこには一面が青薔薇とその蔓で覆われた屋敷――いわゆる、フツキが今まで住んでいた所の離れにいた。

 先日訪れたばかりの青薔薇屋敷はどことなく以前と違う雰囲気が漂っていた。何かが変わっている。何だろうか、この違和感は。

「やはりここにいる(・・)んですね」

「……」

 クロウは黙るばかり。一方、フツキは荷台から飛び降りると目を大きく見開いて屋敷を眺めた。

「ここが……私が居た家なの」

 確かに美しいといえば美しく、神秘的な屋敷だが少し古っぽくどこかおぞましい何かを感じなくもなかった。

 フツキは屋敷の外観もあまり見たこと無かったのか――。当たり前か、ずっと外に出たことなどなかったのだから。

 彼女は誰にも気付かれないくらい小さな声で『叔父さん』と呟いた。

 きっと彼女の叔父は戻ってきていないのだろう、魔力で探ってみたが屋敷から人の気配は感じられなかった。彼の不在は彼女自身が一番理解しているのかもしれない、なんてふと思った。魔力なんて関係ない、直感だ。待って、待って、待ち続けた人を思う気持ちは痛いほど分かる。その人がいなかった時の悲しみは尚更。

 現実を悟ったフツキは憂愁に閉ざされていたが口唇を一度強く噛むと青薔薇色の目を細めた。

「よし! 行こ、嬢!」

「え? きゃっ!」

 いきなりクロウはフツキを後ろから掬い上げるとそのまま抱き抱えて正門まで走った。

 ちょっとスカートの中見えますって、持つなら気を遣って持ってあげ、ああっ、フツキもそれ以上暴れたら見え、って、あああもう!

 僕は咄嗟に下を向いて腕で目を隠した。

 これで見てしまってクロウにやれ変態やらやれ破廉恥やらなんて言われてヒビの入っているプライドが粉々に砕けるのは御免だ。しかもついでに飛んでくるであろうアリシアの顔面右ストレートで頬骨が粉々に砕けるのはもっと御免だ。

「アリシアも早くおいで!」

「は、はい!」

「レイラ君はみんなの手荷物運んでね? よろしくっ!」

「はいっ!?」

 思わず顔を上げる。すでに三人は門を開けて入り口近くまで行っていた。

 どうしてお前がリーダー面してるんだ、と最早つっこむ気にもなれない。一応紅薔薇の従者の僕がリーダーなんですけど。

 僕は全員が屋敷に入ったことを確認してから大量の手荷物を持ち、馬を納屋らしき場所に連れていった。

「ご苦労様でしたね、ゆっくり休んで下さい」

 僕が首元を撫でてやると馬達は鼻息を荒くしてぶるると首を振った。その表情は穏やかでどこか嬉しそうに見えた。

「あとで餌や水を持ってきてあげますからね」

 二頭の馬は仲良さげに枯草の上で歩き回っている。疲れただろうに。早く餌も水も用意してやろう。

 ふと視線を屋敷に向ける。何か嫌な予感がして、思わず眉をひそめた。第六感というか野生の勘というか。

 いや、まあ、やっぱり気のせいですかね。屋敷の雰囲気に呑まれてしまっていただけだ、でも、軍隊で来たときは――。とは言えそうこう考えても仕方がないですしね。いきなり幸先悪いことを考えるなんて僕らしくない、止そう。

 そう気を取り直して僕は一人大荷物を抱え、屋敷の中へと入っていったのだった――。





ちょっぴりコメディ。はちゃめちゃ風。いかがでしたでしょうか?皆さん何だかんだで仲良し。もちろんクロウとレイラも。あれですよ、アンパン〇ンとバイキ〇マンみたいな感じです。ちなみに藤咲の二次元で結婚したい人ランキング1位はアンパン〇ン様です、まじで。

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