第9話-8・〜愛の犠牲者
すみませんまさかの1ヶ月放置です(*с*)すんごくスランプだったんですよ!はい、ごめんなさい!とりあえず比較的大事な回なのでじっくり読んでみて下さいね☆
レイラにお姫様抱っこされ、程よいテンポで揺られいつの間にか温かい胸板に頭を預けていた。
背中の傷はすれすれで避けたからあんま深くなかったし血も固まったようだったけれど、ズキリとした痛みは残っていた。
ふと見上げると、そこには哀しみを帯びた目をした綺麗な顔が。左耳についた土星のピアスがきらきら揺れて、レイラの綺麗さを更に引き立てる。
「具合、大丈夫ですか?」
「……痛い」
「ひどい事されたようですね」
ひどい事、あの馬達の残骸がフラッシュバックする。
散らばる肉片、滴る血、真っ赤な森、そして悪魔の笑みで殺しを愉しむロジャー。
「痛かったのは……私じゃないよ」
「え?」
「ふっ……うっ」
「えっ、あっ泣かないで。何があったんですか? 話してみて下さい。話せそうですか?」
レイラは少し歩く速度を上げてある部屋の前に立った。私を支えながらドアノブに手をかけて、きゅっと回す。ついたのはレイラの部屋で、レイラはベッドの上の散乱した衣服の上に私を座らせた。
そういやレイラのカッターシャツもぼろぼろにしちゃった。
私、何してんだろ。本当に悲しくなってきた。
「うぅっ……」
うんと答えたかったのだけれど、声じゃなくて出たのは涙。
「フツキ……」
嗚咽が出そうで顔をレイラの胸板に押しつけた。
ただ泣きじゃくる私に困ったレイラは傷のない腰に手を回して、もう片方の手で頭を撫でる。
「だってぇっ、私のせいで馬がっ」
「馬?」
「ロジャーがね、殺しちゃったの。でねっ、一匹はね私の目の前で……私、本当に申し訳なくてっ」
「分かりました、もういいですよ。……辛かったでしょ?」
そう言われると更に胸が苦しくなって、レイラの背中に手を回してひたすら頷いてしまった。
「私、アリシアも馬も何もかも護ってあげられなかった!!」
「そんな事ないです、だってアリシアも姫様に護らせてしまったって泣いてましたから」
「結局出来てないじゃないっ……」
「いや、貴女は出来てました。こんなにも一生懸命努力したんだから。僕が悪いんですよ、貴女の事分かってませんでしたから」
「え?」
するとレイラは私の頬に頬をくっつけ、後頭部を大きな手で支えて息が出来ないくらい強く抱き締めた。
「あのっ……レイラ?」
「すみませんでした。本当に護らなければいけない貴女を護らなくて、ただ私情で動いて」
部屋が更にぼやけて、もう何も見えなかった。
「レイラのっ……レイラの」
「僕の、何?」
「レイラのカッターシャツ勝手に着ちゃってごめんなさい、しかもっボロボロ……」
レイラの純白だったカッターシャツはよれよれでどす黒い血がこびりつき、傷口に沿って同じように破れていた。
「いいんですよ、そんな事は」
本当に申し訳なくて、でも泣く事しか出来ない。
「ごめん、泣いてばっかで」
「もう泣かせはしません、絶対にしませんから」
「じゃあっ……どこにも行かない? 勝手に遠くに行ったりしないわよね?」
私は泣きっ面でレイラを見る。
するとレイラはくすりと笑って、私の頬を濡らす涙を大きな手の平で強く拭き、私の髪を少し掬うと軽く口付けをした。
「一生君の傍に、フツキ姫」
――どれくらいの時間が経ったのだろう?
私はしばらく泣きじゃくってて、疲れて泣き止んで今はレイラの胸板にもたれかかっている。レイラは私の肩を抱いて軽くさすっている。
ただ二人とも依然として黙ったまま。
「傷……手当てしましょうか」
「……レイラ出来るの?」
「多少。今はアリシアが使えませんからね」
するとレイラは何を思ったかくるりと後ろに向いた。
あのそれって……。
「私に脱げと?」
「背中だけで結構ですよ」
背中だけで結構ですよって背中だけ脱げる訳無いじゃない! どんな服着てるんだよ私は!
「やだやだやだ絶対やだ!」
「なっ!」
レイラは驚いてこちらに振り向く。
「私はまだまだ純情な乙女なのよ! そっ、そんなハレンチなっ!」
「ハレンチって言われても……」
救急箱を抱えたレイラは情けない顔をして、頭を掻く。
「だって考えてよ、背中見せるって前全開じゃん! レイラだって羊の顔した狼男なんでしょっ!」
「……男は皆そうですよ」
「もうっ、馬鹿ぁ!」
私は目でレイラに後ろを向くように即すと、汚れたカッターシャツのボタンを猛スピードで外してバサリと脱ぎ捨てた。
「ちょっと後ろ向いてよ!」
「あっごめん」
レイラは何を思っていたかじっとこちらを見ていた。
男の人ってやだねー。そりゃアリシアの前で脱ぐのはいつもの事だったけれどレイラの前で脱げる私はすごい女よ。
私はベッドに座り、着ていたネグリジェの肩紐を腕から外してするりと落とした。
「どうぞ」
「……はい」
私は後ろ髪を右胸の方にやり、前を脱いだカッターシャツで隠した。
「見たら刺すから」
「わかってますよ」
そう言うレイラの表情は一切見えない。
少し固くなってじっと待っていると木箱が開く音がし、カチャリとガラス瓶がぶつかり合う音。
しばらく音が止むとポン、という快い蓋が外れた音がした。
「背中触りますよ、少ししみます」
「うん」
背中に当てられた脱脂綿越しにレイラの手の温度が伝わってきて、その傍に冷たい瓶口が当てられる。
「っ!」
冷たい液体が背中を伝って傷口をじんと刺激する。レイラがそこを強く拭くから染み込んで更に痛い。少し液体を垂らしてはレイラが強く押さえて、の繰り返し。
「少し我慢して下さい」
つんとしたアルコール臭は私の鼻をついて、嫌な気持ちにさせる。
背中全体に広がる傷は私の体の髄までをも痛みで支配して、私の手は無意識にぎゅっとカッターシャツを握っていた。
「痛いですか?」
「……もっと優しくして」
「いやこれ以上はもう……」
「っ! やだ痛い」
だんだんレイラの手も腰近くまで降りてきた。
やっと終わり……、あぁしみた。ほんと痛かった。
「よし、終わりましたよ」
「やったぁー、お疲れ」
「あ、少し待って」
何?と問おうとした時だった。
後ろから思い切り抱き締められて、首筋にズキリとした少しの痛みと生暖かい感触が混ぜ合わされたような違和感を覚えた。
この感じは初めてクロウと会った時と同じ――。
ただ呆然となる私の目の前に逆さ向きのレイラの不敵な笑みがひょっこり現れる。
「僕以外の前でそんな甘い素肌曝け出しちゃいけませんよ?」
「なっ!」
「レイラ君!」
ドアが勢い良くバタンと開いた。
「大丈夫でしたか、サブリナ」
数秒前の悪魔の頬笑みは消えて、いつも通りのきりっとした顔のレイラはサブリナの方へ近寄った。
「えぇずいぶんマシよ。あの子とアリシアの手当てをするわ、フツキちゃんも急いでこちらに。二人共危ないわ」
あの子――?
「誰が貴方と一緒に二人の治療を?」
「エドイスとよ」
それだけ言うとサブリナは怪しすぎる私の姿に目もくれず直ぐ様走っていってしまった。
エドイスとよ、そう言った時のサブリナの顔はまるで苦虫を潰したような顔で。エドイスお兄さんが私に語った時のあの哀しげな表情が脳裏に浮かぶ。
「フツキ、服を着て下さい。すぐ行きましょう」
「えぇ」
私は急いで元の格好に戻って、汚くなったレイラのカッターシャツを羽織った。
「行きましょ」
レイラはこっくりと頷くと駆け足で部屋に向かって行った。
レイラが勢い良くドアを開ける。
「大丈夫ですか!?」
もうすでに部屋には私達以外のメンバーが揃っていて深刻そうな顔つきで私達を見た。
その中でベッドに寝転んだアリシアにはサブリナ、横のオレンジの髪の女の人にはエドイスがついていて魔法で何かをしている。
「レイラ、究極の選択だよ。リーダーである君が決めるといい」
椅子に座り、伏し目がちに私達を見つめたクロウがそう言った。
「この虫を全て取り除けば健康になるがアリシアの魔法耐性は全て無くなる。つまりこの虫の一部を残せば魔法耐性は出来る。けど残す事によってアリシアの体の中で徐々に虫が細胞分裂し、再び体を形成する」
「それはまたこんな目になるという事なの?」
「そういう事になるね」
レイラは苦虫を噛み潰したような顔をし、強く拳を握った。
「でも残してもまたこんな目になるなら止めた方がいいじゃない! 魔法くらいどうにかなるわよ」
「フツキ」
クロウが一言、初めて真面目に私の名を呼んだ。
「いいかい、君は隠れた魔力を持っているからこそ今まで生きてこれた部分もあった。例えば青薔薇城のティーティの眠っていた地下牢には物凄い魔力が籠もっていたはずだ、魔力無しであの部屋に入ったものなら……命に関わっていたかもしれない」
「……分からなくは無いけど」
「物理的防御は防具や体術さえあれば出来る、もちろん魔力の無いアリシアでも。でも魔力耐性を備えるには魔力もしくは免疫が必要なんだ」
「じゃあ……アリシアにもう一度苦しめっていうの? こんな目に遭えって言うの? ひどいじゃない!」
私はクロウの前まで行って、肩を揺さ振った。クロウは複雑な表情で私の手首を掴む。
「フツキ……」
「なんで? おかしい、おかしいよ! ねぇレイラはそう思わないでしょ!?」
レイラはゆっくり首を振る。
「残しましょう、フツキ」
「レイラまで……」
「アリシアには強くなってもらわなくちゃいけない。体術だけじゃ通用しない敵がこれからも出てくる」
「貴男が好きな人でしょ!?」
レイラは大きく目を見開いて、口を閉じる。クロウも、ティーティも、ジャイロも驚きの表情でこちらを見る。
ただ聞こえてくるのはアリシアの荒い息遣いと魔法が奏でる僅かな音。
「アリシアは――そんなんじゃありません、君が思っているようなそんなんじゃ。アリシアは僕の上であり、敢えて表現するなら妹のようなもの。僕が大切にしたいのは君――」
「違う。青薔薇でしょ、それはフツキじゃないわ」
バチン、ほんとにそんな音が頬の痛みと共に体に響き渡る。
「いい加減にしろよ」
「……ジャイロ」
痛みで思わず頬を押さえ、顔をしかめる。
「頭冷やせ、てめぇは。レイラだってクロウだって皆アリシアの回復待ってんだよ、お前だけがつらいんじゃねぇんだよ。――つらいからって、自分が護れなかったからっていい気になるな」
ジャイロは一睨みすると、私の横を擦り抜けて部屋を出ると扉を乱暴に閉めた。
「フツキ、腫れてるよ」
「いいのティーティ。ありがと」
ティーティはひらりと飛ぶとアリシアの額のタオルを冷やす為の水の入った桶の中から氷を一つ細い腕に抱え、私の頬に当てた。
「ティーティ、いいのよ本当に。ごめんね」
「ううん、大丈夫?」
私はティーティが支える氷を受け取り、ティーティの手を指に乗せた。
「寒いでしょ、ごめんね」
「あたしは……」
ティーティの手は水でべちょべちょに濡れ、氷のように冷たかった。
「ちょっとごめんね」
私はティーティのから離れ、アリシアの横に行きアリシアの少し熱くなった手を両手でしっかり握った。
「アリシア――、ごめんね。私駄目で、アリシアはこんなにも苦しんでいるのに私は何も成長してない。自己満足だったよね」
するとアリシアは若干汗ばんだ手で私の手をぎゅっと握り返した。
「人が……聞こえてないと思って、勝手な……げほっ」
「アリシア!?」
「寝てないわ……、私こそごめんね。――ロジャーからもっ」
「喋らなくていいわ、無理しないでこれ以上!」
するとアリシアは青白い顔をこちらに向けた。
黒い立ちリボンで束ねられていない髪は気ままに顔にかかり、真っ茶色の瞳はどこか虚ろで唇は紫色に近かった。痩せていた体は更に痩せている風に見えるし、声も震えていたのは確か。
「――貴女は昔の、お姫様だった私とよく似てる」
「え?」
「少しずつ分かればいいわ――、皆そうやって強くなる。でもね、フツキ私達は貴女が立派になるようちゃんと支えるから」
私は返事をする代わりにアリシアの手をもっと強く握った。
「それにね、貴女は友達。本当に大事な、ね。だから護らせて。貴女が強くなるなら私達も強くなるから」
「ありがと……、私も早く強くなるね。アリシアは早く元気になって」
「えぇ、その可愛い顔を崩したあの子にうんとお仕置きしなきゃ」
私が少し笑うとアリシアは苦しそうな笑顔で少し頷き、手を離した。
「皆……出てちょうだい。私こんな姿見られたくないし、げほっげほっ」
さっきまで私を握っていた手でアリシアは私達を払い、布団を被った。
「じゃあサブリナ、エドイスさん。よろしくお願いします」
「オーケーよ、皆は普通に生活していてちょうだい」
「彼女らは僕らに任せて君達は休んでくれ、あとリネットを早く迎えに行ける方法もゆっくり考えておいてくれ」
「はい」
そうして残された私達は部屋を出て、ゆっくり扉を閉めた――。
そろそろリネット救出編に入りたい!次回からはきっと半新キャラが!